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March 0631997

 勿忘草蒔けり女子寮に吾子を入れ

                           堀口星眠

忘草(わすれなぐさ)は、英名の"FORGET ME NOT"からつけられた名前。元来は恋人への切ない想いを託した命名であるが、ここでは旅立っていった娘を案じる父親の気持ちが込められている。春は別れの季節。進学や就職で、子供は親元を離れていく。親も、その日が来ることを覚悟している。が、赤ちゃんのときからずっと一緒だった吾子に、いざ去られてみると、男親にもそれなりの感傷がわいてくる。淋しい気分がつづく。このときに作者は、たぶん気恥ずかしくなるような花の名を妻には告げず、何食わぬ顔で種を蒔いたのだろう。この親心を、しかし、遠い地の女子寮に入った娘は知らないでいる。それでよいのである。(清水哲男)


April 0542005

 勿忘草わかものゝ墓標ばかりなり

                           石田波郷

語は「勿忘草(わすれなぐさ)」で春。英語では"Forget-me-not"、ドイツ語では"Vergissmeinnicht"という名だから、原産地であるヨーロッパのいずれかの言語からの翻訳だろう。命名の由来をドイツの伝説から引いておく。「昔、ルドルフとベルタという恋人同士が暖かい春の夕べ、ドナウ川のほとりを逍遙(しようよう)していた。乙女のベルタが河岸に咲く青い小さな花が欲しいというので、ルドルフは岸を降りていった。そして、その花を手折った瞬間、足を滑らせ、急流に巻き込まれてしまった。ルドルフは最後の力を尽くして花を岸辺に投げ、「私を忘れないでください」と叫び、流れに飲まれてしまう。(C)小学館」。なんとも純情な物語だが、俳句ではこうした原意を受けて詠まれるときと、花の名の由来とは無関係に詠まれる場合とがある。とくに近年になればなるほど、由来を踏まえた句が少なくなってきたのは、この種の純情があまりに時代遅れで古風と写るからにちがいない。そんななかで、掲句はきちんと由来を詠み込んでいる。「わかものゝ墓標ばかり」というのは、かつての戦争で死んでいった若者たちの墓標の多さを言っている。彼らは、まさに恋人(愛する人々)のために闘って倒れたのであり、死の間際には「私を忘れないでください」と心のうちで叫んだであろう。そしてまた、彼らは作者と同世代であった。偶然に近い状況で生き残った作者の、彼らに対してせめてもと手向けた鎮魂の句として忘れ難い。『新歳時記・春』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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