1997年2月4日の句(前日までの二句を含む)

February 0421997

 春立つと古き言葉の韻よし

                           後藤夜半

は「ひびき」と読ませる。昔から、立春の句や歌は数多い。それだけに、後代になるほどひねくりまわし過ぎた作品が目立つようになってきた。止むを得ないところではあるけれど、だからこそ、逆に立春という題材をどう扱うかは、俳人や歌人の腕の見せどころでもある。「芸の人」夜半としては、そこでしばらく考えた。考えた結果、立春のあれやこれやの情景を捨て去って、一見すると素朴な発想のこの一句に落ち着かせることにした。さすが、である。つまり、この句には古今の名句や名歌のひびきが、すべて収まってしまっているからだ。さりげなく「他人のフンドシで相撲をとる」のも、立派な芸というべきだろう。脱帽。(清水哲男)


February 0321997

 バー温し年豆は妻が撒きをらむ

                           河野閑子

つものように飲んでいると、他の客の言葉で、今日が節分であることに気づかされた。「しまった」と思うが、これから帰宅しても、子供たちと豆を撒くのには時間が遅すぎる。外は寒いし、店内は暖かくていい気分だ。それに、万事こういうことにはきちんとしている妻のことだから、自分がいなくとも、豆を撒いているにちがいない。もう少し飲んでから、帰るとしようか……。という、酒飲みならではの心理の綾。とっさの自己弁護であり自己弁解でもある。飲まない人には、面白くも何ともない句かもしれないが。(清水哲男)


February 0221997

 何といふ淋しきところ宇治の冬

                           星野立子

和十四年の宇治(京都)での句。大学に入って私が宇治に下宿したのは、この句の約二十年後ということになるが、やはり同様に淋しいところであった。喫茶店ひとつなかったから、若い人間にとっては、それこそ「何といふ淋しきところ」と感じるしかなかった。とりわけて、冬は寒く寂寥感に満ちていた。宇治川の流れは、見るだけで胸にコタえた。先年亡くなった学友で詩人の佃学と、いっそのこと「大学なんてやめちまおうか」などと語りあったことを思い出す。立子は、ここでいわば通行人として宇治の感想を述べているわけだが、通行人にまで淋しさをいわれる町は、心底淋しいところなのである。現在の宇治はにぎやかだが、いま訪れると、逆に往時の淋しさが懐しい。『続立子句集第一』所収。(清水哲男)




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