1996N1128句(前日までの二句を含む)

November 28111996

 母が家の布団の重き朴落葉

                           森賀まり

さしぶりの実家。おふくろの味など、実家を感じる要素にはいろいろとあるが、夜やすむときの布団の重さもそのひとつだ。まだ隙間風が入ってきた時代にこしらえた布団だから、分厚くて重いのである。遅寝して目覚めると、よい天気。早速、その重い布団を干そうと庭に出てみれば、大きな朴の落葉が何枚も……。布団と朴落葉のイメージは、質感も含めてどこかで類似しており、いま実家にあることの不思議な幸福感に、作者は満足しているようだ。この人の感性は鋭く、しかし表現は実に柔らかい。『ねむる手』所収。(清水哲男)


November 27111996

 河豚刺身何しんみりとさすものぞ

                           中村汀女

豚(ふぐ)は、足を運んで外に食べにいく魚である。高価だから、決心して食べにいく魚でもある。だから、いよいよ河豚の皿を前にしたときの気持ちは、普段とは違っていささか高ぶっている。人間には妙なところがあって、こういうときにはただ喜々としていればよいものを、逆に何だかしんみりとしてしまったりする。そんな理由は、とりあえず何もないというのに……。どうしてなのか……。庶民ならではの哀感。でも、こういう人を、私は好きですね。それにしても、ここ何年かの私は、河豚刺身なんぞは食べたことがない。この冬には、一大決心をせねばなるまい。(清水哲男)


November 26111996

 ふろふき味噌へ指で字をかく馬喰宿

                           奥山甲子男

理屋などの膳の上に、ちょこんと乗っている上品な「風呂吹き大根」ではない。太い大根をザクリザクリと輪切りにして茹で、無造作に大皿に盛って客に出す。したがって、たれ味噌もたっぷりだ。話の途中で、紙と鉛筆なんて面倒臭いから、目の前の皿の味噌に字を書いて何かを説明しているという構図。馬を扱う荒くれ男たちの表情までが浮かんでくる、野趣あふれる作品である。(清水哲男)




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