1996N1126句(前日までの二句を含む)

November 26111996

 ふろふき味噌へ指で字をかく馬喰宿

                           奥山甲子男

理屋などの膳の上に、ちょこんと乗っている上品な「風呂吹き大根」ではない。太い大根をザクリザクリと輪切りにして茹で、無造作に大皿に盛って客に出す。したがって、たれ味噌もたっぷりだ。話の途中で、紙と鉛筆なんて面倒臭いから、目の前の皿の味噌に字を書いて何かを説明しているという構図。馬を扱う荒くれ男たちの表情までが浮かんでくる、野趣あふれる作品である。(清水哲男)


November 25111996

 鶴の宿一人の膳を子が覗く

                           大串 章

が飛来することで有名な土地の、小さな旅館の夕膳である。宿の子にとっては、客に出されるご馳走が羨ましい。使用人などいないから、膳を運ぶ母親について部屋に入り、「いいなあ」とつい覗きこむのだ。私もかつて秋田の角館の宿屋で、同じ体験をしたことがある。あそこは、桜の名所であった。何の名所であれ、一人きりの泊りはわびしい。たまの客を迎えた宿屋の子も、それなりにわびしい気持ちなのだろう。この句がよまれた土地は、山口県熊毛郡熊毛町八代。ナベヅルの里。山口育ちのくせに、私はこの地をまったく知らない。『百鳥』所収。(清水哲男)


November 24111996

 毛皮ぬぎシャネル五番といふ匂ひ

                           杉本 寛

の場合「香り」ではなくて「匂ひ」でなければならない。その理由は、作者自身が書いている。「ホテル・オークラでの所見。勿論私に香水の種類は解らないが、同行の友が教えてくれた。モンローの下着代わりと、わざわざつけ加えて」。つまり、野暮な男どもの好奇の対象としてのシャネルなのだから、「匂ひ」でなければ句が成立しないのだ。香水といえば、タクシーの運転手の話を思い出した。「我々の最大の敵は煙草の煙じゃありません。女性の香水の匂いなんですよ。涙は出る、ひどいのになると吐き気までしてきます。でもねえ、まさかお客さんに、風呂に入ってきてから乗ってくださいよとも言えませんしね……」。(清水哲男)




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