November 161996
晩酌や吸殻積もる夜の長さ
ジャック・スタム
nightcap butts piled high nights getting longer Jack Stamm
江國滋・佐藤和夫監修 ジャック・スタム俳句集『俳句のおけいこ』(河出書房新社)より。この本は日本語と英語で書かれた「世界初の俳句集」である。作者は日本語と英語の両方で句を作った。こういう本こそインターネットにふさわしい。季語は夜長。作者は晩酌の合間にも煙草を手から離すことがなかったとみえる。それにしてもこのひとの晩酌は長いなあ。ドイツ生まれのアメリカ人。終戦後GIとして日本に駐留していた期間も含めると滞日30年。俳句とハーモニカを愛し、日本を愛して91年9月東京で死去。享年63歳。(井川博年)
November 151996
湯豆腐やいとぐち何もなかりけり
石原八束
どうですか、湯豆腐でも。冷えてきたことでもありますし……。誘って、鍋を間にしたまでは事は首尾よく運んだのであるが、その後がどうもいけない。この人と二人きりになったら、以前から切り出そうと思っていた話題が、うまく出てこない。なんとも曖昧な会話を交わしている間に、鍋のなかはほとんどカラッぽだ。ただただ、豆腐の破片のような空しい時間が過ぎていくばかり。このとき、鍋の相手は間違いなく男だろう。湯豆腐をいっしょに食べられる女とだったら、何も話に困ることもないからである。そうですよね、みなさん。とはいっても、もしかするとこれは厄介な別れ話ということも考えられる。……と、瞬間的にいま感じた方がおられたら、隅にはおけない存在とお見受けせざるをえない。『高野谿』所収。(清水哲男)
November 141996
暖炉昏し壷の椿を投げ入れよ
三橋鷹女
暖炉とは縁がないままに来た。これから先もそうだろう。ホテルなどの暖炉も、いまは装飾用に切ってあるだけだ。だから、句意はわかるような気がするけれど、実感的には知らない世界だ。ちょっと謡曲の「鉢の木」を思いださせる句でもある。そんななかで、私の知っている唯一のちゃんとした暖炉は、安岡章太郎邸の客間のそれだ。燃えていると、ほろほろと実に暖かい。豪勢な気分になる。「最近は、薪がなくてねえ…」。何年かぶりに仕事で訪れた私に、作家はふんだんに火のご馳走をしてくださった。今夜あたりも、あの暖炉はあかあかと、そしてほろほろと燃えていることだろう。(清水哲男)
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