November 131996
銀杏散るまつたヾ中に法科あり
山口青邨
舞台は東大の銀杏並木。ラジオでこの句を紹介したことがあって、聞いていた友人の松本哉が「ほうか」の音を「放歌」と理解して大いに共感したのだった。ところが後に「法科」だと知り、「なあんだ、つまらない」ということになった。このことは、もはや絶版の彼との共著『今朝の一句』(河出書房新社・1989)で、口惜しそうに当人が書いている。絵葉書的にはかっちりとよくできてはいるが、「東京帝国大学万歳」のエリート意識を嫌だと思う人には、たしかに嫌な感じだろう。ラジオで話すのも大変だが、散る場所によっては銀杏もなかなか大変である。(清水哲男)
November 121996
一樹のみ黄落できず苦しめり
穴井 太
黄落(こうらく)を、このようなアングルからとらえた句も珍しい。なるほど、普通のことを遅滞なくできない樹は、さぞや苦しいことだろう。人生の場に移して思えば、思い当たることはたくさんある。動植物を人間になぞらえる手法に、私は冷淡なほうだが、ここではなぞらえることのほうが、むしろ自然に感じられてしまう。この句を知ってしまったからには、誰だって落葉を見る目は変わるはずである。『原郷樹林』所収。(清水哲男)
November 111996
岩手けん岩手ちょうあざ鰯雲
山口 剛
言葉遊びだが、「いわ」の音韻がよく利いていて、たまにはこういう句も面白い。ほっとする。いつか見た岩手の青空を思い出した。作者は岩手県宮古市在住。そしてもうひとつ思い出したのが、荒川洋治がどこかで紹介していた中学生の句。「群馬県異常乾燥注意報」というものだ。これまた、私は大いに気に入っている。五七五と短くたって、いろいろできるのである。同人誌「鰭ひれ」第4号(96年11月)所載。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|