November 121996
一樹のみ黄落できず苦しめり
穴井 太
黄落(こうらく)を、このようなアングルからとらえた句も珍しい。なるほど、普通のことを遅滞なくできない樹は、さぞや苦しいことだろう。人生の場に移して思えば、思い当たることはたくさんある。動植物を人間になぞらえる手法に、私は冷淡なほうだが、ここではなぞらえることのほうが、むしろ自然に感じられてしまう。この句を知ってしまったからには、誰だって落葉を見る目は変わるはずである。『原郷樹林』所収。(清水哲男)
November 111996
岩手けん岩手ちょうあざ鰯雲
山口 剛
言葉遊びだが、「いわ」の音韻がよく利いていて、たまにはこういう句も面白い。ほっとする。いつか見た岩手の青空を思い出した。作者は岩手県宮古市在住。そしてもうひとつ思い出したのが、荒川洋治がどこかで紹介していた中学生の句。「群馬県異常乾燥注意報」というものだ。これまた、私は大いに気に入っている。五七五と短くたって、いろいろできるのである。同人誌「鰭ひれ」第4号(96年11月)所載。(清水哲男)
November 101996
闇に鳴く虫に気づかれまいとゆく
酒井弘司
初冬にかかると、虫の音も途絶えがちになる。そんなある夜、作者は道端の草叢で鳴く虫の音を耳にした。たった一匹の声らしい。そこで作者は、機嫌良く鳴いているこの遅生まれの虫を驚かすまいと、忍び足で行き過ぎていくというわけだ。このとき、酒井弘司はまだ高校生。この若年の感受性は天性のもので、その後の俳句人生を予感させるに十分な才質というべきだろう。『蝶の森』所収。(清水哲男)
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