蟄」隱槭′螟丈シ代∩縺ョ句

August 0181996

 旅終へてよりB面の夏休

                           黛まどか

でつくった句の典型。下手な句ではないが、この程度の発見で満足してもらっては困る。この国の詩歌が困ってしまう。いかにも、イマジネーションがひ弱いのだ。しかし、平成俳句の一断面として、記録しておく価値はあるだろう。作者について、同性の中野翠が「サンデー毎日」(6月9日号)で書いている。「……女だっていうことにそんなに甘えちゃいけない気がする。おじさんたちの純情にそんなにつけこんじゃあいけないような気がする」。『B面の夏』(1994)所収。(清水哲男)


July 2071998

 地図の上に子らと顔よせ夏休

                           上野巨水

あ夏休みだ、今年はどこへ行こうか。こんなふうに、夏休みと旅行とが結びつくようになったのは何時ごろからだったろう。「余暇の活用」などと言われはじめたのが三十数年ほど前。気運としてはそのころからあったのだろうが、実際にはここ四半世紀のことと思われる。戦前は知らないが、私の若いころには「夏は、どちらへ」という挨拶はなかった。旅があるとすれば、盆などで故郷に帰ることくらいだった。この句の発表年代は不明〔平井照敏編『新歳時記』所載〕だが、おそらくは四半世紀前くらいだろうと推定できる。つまり、こうした親子の情景が新鮮であった時代ということだ。当時は、この句を読んで羨ましくも微笑ましいと感じた読者が多数いたにちがいない。逆にトーンは抑えてあるが、作者の得意を思うべし。この句が昨日今日作られたものだったら、平凡すぎて話にもならない。まことに「歌は世につれ」るものである。そんな理屈はともかく、夏休みがはじまった。この、はじまったと思うときがいちばん楽しい。願わくば、ずうっと楽しい夏休みでありますように。(清水哲男)


July 2071999

 暑中休暇の雀来てをり朝の庭

                           清水基吉

供であれ大人であれ、夏休みの朝は格別な気分になる。とくに休暇がはじまった朝は、いつまで寝ていてもよいようなものだが、かえって早起きをしたりする。日常とは異なる生活時間の流れを意識して、軽い興奮状態になるからだろう。静かで、なんでもないように写る句であるが、そこらあたりの気分をよくとらえている。休暇であろうとなかろうと、毎朝庭に雀は来ているわけで、しかし日頃は気にもとめない存在でしかない。あわただしい朝の時間に追われて、来ていることすら意識しない場合のほうが多いだろう。それを今朝ははっきりと意識して、しばらく眺め入っているという句境。私がサラリーマンだった頃は、こういうときに何故か心の内で「ざまあ見ろ」などとつぶやいていたのは、品性下劣のなせるところか。しかし、休暇も三日目くらいになると無性に人恋しくなってきて、「ざまあ見ろ」の旗はさっさと下ろし、同僚がいそうな新宿の酒場に向かったのだから「ざま」は無かった。格好よくなかった。(清水哲男)


August 1681999

 ナフタリン痩せ夏休み半ば過ぐ

                           林 薫

フタリンとは、懐しや。秋冬物を収納した洋服ダンスを、ちょっとした小物か何かを探す必要があって開けたときの感慨だろう。ふと見ると、いくつものナフタリンがかなり痩せてきている。ナフタリン独特の芳香のなかで、不意に作者は時の流れの早さを感じた。そういえば、なんだか永遠につづきそうな感じだった子供たちの夏休みも、もう後半だ……。作者は静かにタンスを閉め、とてもやさしい心になるのである。似たような句に、安住敦の「夏休みも半ばの雨となりにけり」がある。いずれも、単調な日常のなかでの小さな異変に触発されて、時の経過に思いが至っている。とくにナフタリンの句は、芳香の懐しさともあいまって、作者の気持ちがよく伝わってくる。今宵は、京都五山の送り火だ。こうした派手な行事に接すると、否応なく時の流れを感じざるを得ないけれど、そうではない日常的な瑣末な出来事から発想された句の世界に、私はより強い滋味を感じる。(清水哲男)


August 2781999

 蜂さされが直れば終る夏休み

                           細見綾子

さされは、いたずら坊主の勲章だ。顔や手をさされて真っ赤にはれ上がっていると、仲間たちから尊敬のまなざしを集めることができる。「勇気ある者」というわけだ。何度もさされたことがあるが、あれは猛烈に痛い。徐々に患部が熱を持ち、疼いてくる。勲章なんていらないからと、ひどく後悔する。後悔するのは、さされるような振る舞いをしたからで、こちらが仕掛けなければ、蜂もさしたりはしないものだ。そんなことは百も承知で、挑発する。蜂の巣を、いきなり棒切れで叩き落としたりする。すかさず、わあっと攻撃してくる蜂の大軍を、巧みにかわしたときの得意たるや、天にも登る心地である。たとえ失敗してさされても、仲間に自慢話ができ、どっちに転んでも満足感は得られるのだが、やはり痛いものは痛い。そんな無茶をやった子の母親は、作者のように早く直ってほしいと心配する。経験上、何日くらいで治癒するかを知っている。数えてみると、直るころには夏休みもおしまいだ。いたずら坊主が学校に行ってくれるのはやれやれだが、一方で心淋しい気もしている。子供のアクシデントを素材に、晩夏の感傷を詠んだ句だ。母親ならではの発想だろう。(清水哲男)


August 3182000

 夏休み果つよ音痴のハーモニカ

                           中谷朔風

かった夏休みも、今日でおしまいだ。何事につけ、おしまいには寂寥感が漂う。作者はおそらく、休みの間中、近所の家から聞こえてくる子供の下手なハーモニカに悩まされつづけたのだろう。熱心なのは結構だが、ひどい調子外れだけは何とかならないものか、と。でも、それも今日でおしまいだと思うと、逆になんだか寂しい気持ちになってくる。ピアノやバイオリンなどよりも、ハーモニカの音色そのものが寂しさを伴っているので、寂寥効果を引き上げている。「音痴のハーモニカ」がおしまいになれば、作者の夏もおしまいである……。夏休みの終わりといえば、嶋田摩耶子に「夏休み最後の午後の捕虫網」がある。まだ宿題ができていなくて昆虫採集に励んでいるのか、あるいはいつもと同じ調子で捕虫網を振り回しているのか。いずれにしても、もう明日からはこの活発な様子は見られない。「最後の午後」と言い止めたところに、やはりいくばくかの寂寥の心が滲んでいる。「もう、秋か」。ランボーの詩句がよみがえるのも、今日。新潮社版『俳諧歳時記・夏』(1968)所載。(清水哲男)


July 1972004

 夏休み生徒の席に座りみる

                           中田尚子

者は中学教師だ。夏休み中に、仕事で学校に出かけた。誰もいないがらんとした教室で、ふと気まぐれに「生徒の席に」座ってみたというのである。それだけのことなのだが、そこで作者の感じたことは「それだけのこと」を大きく越えていただろう。生徒の席から見えるものは、教壇からのそれとはだいぶ異る。たった数メートルの位置の差しかないのだけれど、目をやる方向が逆になることによって、目線も低くなるし、同じ教室とは思えないような雰囲気に囲まれる。「それだけ」でも新鮮な発見だったろうが、このときに作者に更に見えてきたのは、いつも教壇に立って教えている自分自身の姿だったはずである。生徒たちには、いったい自分がどんなふうに見えているのか。こうやって生徒の椅子に座ってみて、はじめてわかったような気持ちになれたに違いない。ちらっと想像してみるくらいでは、こういうことは案外にわからないものだ。むろん、生徒側においても然りである。昨日の加藤耕子句の蟻ほどではないにしても、それぞれの日常的な位置や空間のありようにしたがって、それぞれの世界がおのずと形成されてきてしまう。面白いものである。『主審の笛』(2003)所収。(清水哲男)


August 0682004

 吾がかむり得ざりし角帽夏休み

                           杉本幽烏

前の句だろうか。おそらく作者は家庭の貧しさのために、勉学心はあったが、大学に行くことを断念したのだ。友人知己の誰かれが都会に遊学していくなかで、地元に残って働いている。往年の「角帽」はエリートの象徴みたいなものだったから、「夏休み」に帰省してくる学生たちの帽子は、よほど目にまぶしく沁み入ったにちがいない。羨望の念もあるだろうが、嫉妬のそれもある。そうしたコンプレックスを押し殺しつつ働く作者には、彼らの屈託のない態度も逆に辛い。大学生になった息子の角帽とも読めるが、こういう夏休みの捉え方もあったのである。さらりと読んではいるけれど、それだけに作者の哀感がしんみりと伝わってくる佳句だ。いまでは応援部くらいしかかぶらなくなった角帽だが、私が入学した昭和三十年代前半期くらいまでは、なんとかまだ生き延びてはいた。とくに新入生は、すぐにかぶらなくなったにせよ、求めなかった者はそんなにいなかったのではあるまいか。もはやエリートの象徴などとは思わなかったが、なにせ丸刈り頭に詰め襟の学生服を着ているのが普通だったので、高校時代の延長のような気分もあったと思う。帽子をかぶらないと、なんとなく落ち着かなかった。しかし、やがて丸刈り頭や学生服が廃れてきたことで、学帽も姿を消すことになる。だから、この句の味がわかる人は、ある程度の年代以上に限られてしまうだろう。『俳句歳時記・夏之部』(1955・角川文庫)所載。(清水哲男)


August 1882004

 夏休みも半ばの雨となりにけり

                           安住 敦

供たちの夏休みもいまごろになると、さすがに日に日に秋の気配が感じられるようになる。ましてや雨降りの日は、真夏の陽性な夕立などとは違って、しとしとと秋のうら寂しい雰囲気が寄せてくるようだ。子供にだってそういうことはわかるから、まだ夏休みはつづくのだけれど、「もうすぐ休みも終わるのか」という感傷もわいてくる。かっと照りつけていた日々の連続のなかでは、思いもしなかった神妙な気分になってくるのだ。掲句はむろん大人の句だが、そんな子供時代を回想しているのだろう。この原稿を書いているいまは、雨降りの夕刻だ。まだ五時過ぎだというのに、日没が早くなったこともあって、開け放った窓の外には早くも夕闇がしのびよってきた。時雨のようなかすかな雨音がしている。つい最近までの極暑が嘘のようで、まさに夏の果てまでたどりついたという実感。こういうときに、人は老若を問わず内省的になるものなのだろう。すなわち私たちの情感は、全てとは言わずとも、天候に左右され、天候に培われてきたところは大きい。この句はなんでもない句と言えば言えるが、実際にこうして雨の日に読み触れていると、もはや無縁となった子供時代の夏休みへと心が傾斜してゆく。と同時に、あのころの無為に過ごした日々と現在のそれとがひとりでに重なってくるのである。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


April 0542007

 子供よくきてからすのゑんどうある草地

                           川島彷徨子

らすのゑんどうは子供達になじみの春の草花だ。4月から5月ごろに赤紫の小さい花とともにうす緑の細い莢ができる。先っちょにくるくる巻いた蔓も愛らしく、明るい莢の中には粟粒ほどの実が一列にならんでいる。その先端を斜めにちぎり、息を吹き込んでブーブーッ鳴らして遊ぶ。カラスノエンドウの呼び名の由来は人間の食べるエンドウより小さく、スズメノエンドウよりはちょっと大きいからとか。植物の名前にカラスやスズメがつくのは大きさの目安であるようだ。昔は町のあちこちに掲句のような草地があった。放課後女の子が誘い合ってはシロツメ草で花冠を作ったり、四つ葉のクローバーを探したりした。「子供きて」だと、子供が来た草地をたまたま目にしたという印象だが、「子供よくきて」と字余りに強調した表現から、春の草花が生い茂る近所の草地に子供達が毎日賑やかに集まって来る様子がわかる。彼らを見る作者の目が優しいのは自分の子供時代の思い出を重ね合わせているからだろうか。暑くなればカラスノエンドウは荒々しい夏草に覆い隠されてしまう。次に子供達の遊び相手になるのは何だろう。そんなことを楽しく思わせる句だ。彷徨子(ほうこうし)の作品は眼前を詠んでもどこか郷愁を帯びた抒情を感じさせる。「夏休の記憶罅だらけの波止場」「鶏小舎掃除糸瓜に幾度ぶつかれる」『現代俳句全集』二巻(1958)所載。(三宅やよい)


July 3172007

 空缶にめんこが貯まり夏休み

                           山崎祐子

月20日あたりから始まる夏休みもそろそろ序盤戦終了。身体が夏休みになじんでくる頃だ。めんこ、と聞いて懐かしく思うのはほとんど男性だろう。わたしには弟がいたので、めんこ遊びのおおよそは知っているが、実際に触ったことはないように思う。長方形や丸形の厚紙でできた札を地面に打ちつけ、相手の札を裏返す。裏返ったら自分の物にすることができるので、茶筒などに入れ、まるでガンマンのように持ち歩いていた。気に入りの札をなにやら大切そうに机の端から端まで並べている弟を見て、つくづく男の子には男の子の遊びがあるものなのだ、などと思ったものだ。おそらく掲句の母親もそう感じたのではないだろうか。自分の知らない遊びに夢中になっているわが子に、成長した少年の姿を見つけ誇らしく、また、ずっと遠くにあると思っていた親離れが案外近づいてきていることを知る。掲句の少年は、9月になって新学期が始まってもまだまだ気分は夏休みのままらしく〈筆箱に芋虫を入れ登校す〉とあり、母親にひとしきりの悲鳴を与えたようだ。とはいえ、いまやどこを見ても小型のゲーム機を手にしている子供ばかり。現在めんこ販売の主流は大人のコレクションが中心となっているという。『点晴』(2005)所収。(土肥あき子)


July 2672009

 盆休み祖母に甘える母がいた

                           竹内麻里子

日も、全国の学生から公募して作った句集の中の一句です。娘の目から見た母親の姿を詠っています。ちょっとした驚きをもって、母親の姿を眺めています。自分の持っているどんな悩みにも、いつも的確に答えてくれるお母さんは、でも、もとからお母さんではなかったのだと、当たり前のことを確認しています。そうか、お母さんだって甘えられるだけではなくて、甘えたくもなるんだな、という思いは、自分がこれから歩む「時」の道筋を、すこし温かく感じさせてくれます。ところで、もう90歳に近いわたしの母親は、足腰が弱り、近所の老人会に行くのも一苦労です。先日、七夕の日に願い事をひとつ書いてくださいと言われ、「二十歳(はたち)になりたい」と書いたと、まじめな顔で言っていました。その話を聞いたときに、一瞬笑ってしまったものの、そののちにしゅんとなり、できるならそうしてあげてくださいと、わたしも真剣に願ったのです。『ことばにのせて』(2008・ブロンズ゙新社)所載。(松下育男)


July 1572013

 山に石積んでかへりぬ夏休

                           矢島渚男

い返してみれば、夏休みは、それがあること自体が重荷であった。戦争の余韻がまだ生活のなかに染みついていた時代であり、夏休みといっても、手放しの解放感が味わえるわけではなかった。ましてや暮していたのが本屋もないような山奥の農村とあっては、およそ娯楽に通じる施設があるはずもなく、学校が休みになった時間だけ、家での手伝い仕事が増える勘定だった。だが、それだけを重荷というのではない。いちばんの重荷は、夏休みを夏休みらしく過ごせないことが、あらかじめ定められていたことだった。学校からはいっちょまえに宿題や自由研究の課題が示されていたし、教師たちは口をそろえて、夏休みらしい成果をあげるようにと私たちを激励したものだった。が、そんな成果へのいとぐちさえ見いだせないというのが、子供たちの生活実態であり、それが高じて焦りや劣等感にもつながっていき、長期休暇の成果達成は慢性的な強迫観念のようにのしかかっていたのだった。いまこの句を読んで、そんなことを思う。この積まれた石は、子どもの成果達成への憧れを見事に象徴している。夏休みらしいことが何ひとつできずにいる子どもの焦燥感が、この空しい石の集積である。子どもは、大人よりもよほどおのれの悲しみのありかを知っている。『翼の上に』(1999)所収。(清水哲男)


July 2472014

 どの部屋に行つても暇や夏休み

                           西村麒麟

い昔に味わった夏休みの退屈さが実感を持って思い出される句。毎日毎日、窮屈な学校から解放されて朝寝はし放題。漫画を読もうが朝から家を飛び出して遊びに行こうが、テレビを見ようが好きにしていい天国のような生活も二,三日たてば飽きてくる。子供の出来ることなんて限られている。朝ご飯を食べたらする事もないので二階に上がってみたり、座敷で寝転んでみたり。部屋を変えてみても暇なことに変わりはなく、午後の時間は永遠かと思えるほど。掲句を読んで、子供の頃嬉しいはずの夏休みがだんだんつまらなくなってゆく漠然とした不満を言い当てられたら気がした。季節の巡りは螺旋を描いて毎年やってくる。遠い日の自分の中の名付けがたい感情をすくい取って俳句にする。その細やかな視線に共感した。『鶉』(2013)所収。(三宅やよい)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます