蟄」隱槭′髮イ縺ョ蟲ー縺ョ句

July 1171996

 公事たくむ人の見ている雲の峰

                           作者不詳

事(くじ)は訴訟。先年、はからずも名誉毀損で訴えられ、霞が関の東京地裁へ私は何度か通った。判決は棄却でさいわい勝ったが、なにせテキはその道の猛者で、法廷でやりあったその日、たまたま都心の空に猛々しいほどの入道雲を見た、ような気がする。とはいえこの句は二百年余り前の江戸の人の作です。油断も隙もならぬ憂き世を、描いて浮世絵というがごとき句、なのですなぁ。『武玉川』第十四篇所収。(小沢信男)


August 2381998

 雲の峰みるみるしらがのおじいさん

                           小沢信男

宮城の乙姫様から土産にもらった玉手箱を開けてみたら、白い煙がたちのぼり「みるみるしらがのおじいさん」になってしまったという浦島太郎。真っ白い雲の峰を仰ぎながら、作者はふと浦島伝説を思い出している。このとき、雲の峰は玉手箱からの白煙であり、作者は「しらがのおじいさん」である。なんともスケールの大きい句であるが、大きいだけに、どこか物悲しい味わいがある。ペーソスという外国語を当て嵌めるほうが、ぴったりきそうな句境と言うべきか。かといって、作者は自分が「みるみる」老いたことを嘆いているのではない。人生は夢の如しと、悟っているわけでもない。気がついてみたら「しらがのおじいさん」になっていたという、どちらかといえば自分でも得心のいかない不思議な気分を、このような表現に託したのだと思う。浦島太郎もよほどびっくりしただろうが、自然に年令を重ねているつもりの普通の人も、たまにはこのように「みるみる」歳を取ったという実感に襲われることがあるようだ。私も、ようやくそんなことがわかりかける年令にさしかかってきた。『足の裏』(1998)所収。(清水哲男)


June 0162000

 六月の樹々の光に歩むかな

                           石井露月

月(1873-1928)は子規門。主として秋田で活躍した俳人だ。したがって、句の「六月」は東北の季節感で読むべきだろう。東京あたりで言えば、清々しい五月の趣きである。技巧も何も感じられない詠み方ではあるけれど、けれん味なくすっと詠み下ろしていて気持ちがよろしい。当月は梅雨期を控えていることもあり、どこか屈折した句の多いなかで、かくのごとくにすっと詠まれると意表を突かれた感じさえしてしまう。ただし、実はこの句は露月のなかでも異色の作品なのである。本領は、漢詩文的教養の上に立った男っぽい詠み方にあった。たとえば「赤鬼の攀じ上る見ゆ雲の峰」だとか「雷に賢聖障子震ひけり」など。心情を直截に表現する俳人ではあるが、大いなる技巧派でもあったことがわかる。これらの句に比べると、掲句のリリシズムは、とうてい同じ作者の懐から出てきたとは思えない。つまり、待望の「六月」にふっと技巧を忘れちゃった……ような。それほどに東北人にとっての「六月」は、待ちかねている月だということだろう。露月の生前に、句集はない。常日頃、「句集に纏めるのは、我輩の進歩が止まったとき」と言っていたそうだ。昭和に入ってから亡くなっているが、生涯明治の男らしい雄渾な心映えに生きた人物だったと思う。『露月句集』(1931)所収。(清水哲男)


July 2872000

 にごり江を鎖す水泡や雲の峰

                           芝不器男

がった説に、「雲の峰」は陶淵明の詩句にある「夏雲多奇峯」に発したと言う。そんなことはないだろう。わざわざ外国人に教えられなくても、巨大な積乱雲を山の峯に見立てるなどは幼児にだってできる。教養の範疇に入る比喩じゃない。ときに学者は、おのれの教養に足下をすくわれる。掲句の「鎖す」は「とざす」、「水泡」は「みなわ」と読む。入江には流れてきた芥の類がたまっていて、腐乱物の発生するガスによる「水泡」がぶつぶつといくつも浮いている。茶色っぽくてきたならしい水の泡たち。見ているだけで暑苦しいが、空にはいくつもの「雲の峰」が立っており、その影をまた「にごり江」がうつしている。暑さも暑し、炎暑もここに極まったような情景だ。江戸期より「雲の峰」の作例には、積乱雲のエネルギーを讚える句が多いが、掲句は逆で、エネルギーに圧倒されている弱い心を詠んでいる。「にごり江」に、みずからの鬱屈した思いを投影しているのだろうか。でないと、わざわざ「にごり江」に見入ったりはしないだろう。地味な写生句だが、写生が写生を乗り越えていく力を感じさせられる一句だ。飴山實編『麦車』(1992)所収。(清水哲男)


August 0482000

 ワタナベのジュースの素です雲の峰

                           三宅やよい

の峰は郷愁を誘う。「子供にだって郷愁はある」と言ったのは辻征夫だが、少年期を過ごした三宅島の夏の海での感慨だったような……。沖には、きっと巨大な雲の峰が聳えていただろう。空は未来を指さすけれど、雲の峰は人を過去へと連れていく。私だけの感受性かとも思ったりするが、どうやらそうでもないらしい。それにしても「ワタナベのジュースの素」とは、懐しや。すっかり、忘れていました。よく飲みました。「ジュースの素」である粉末をコップの水に溶かすだけ。オレンジ味、イチゴ味などがあり、それぞれにそれらしい色がついていたと記憶する。一世を風靡したのは、いつごろのことだったのか。いずれにせよ、日本がまだ貧乏だった時代だ。「ワタナベのジュースの素です、もうイッパイッ」というラジオのCMソングも流行した。1962年にテレビCMで登場したコカ・コーラの歌「スカッとさわやか、コカ・コーラーッ」も同工異曲だった。無理やりに、商品名を覚えさせられたという感じ。ちなみに、コカ・コーラの戦後の日本での発売は1961年だが、戦前にも輸入されたことがあり、高村光太郎や芥川龍之介も飲んだことがあるという。難しい顔で飲んでいる様子を想像すると、ほほ笑ましくなる。『玩具帳』(2000)所収。(清水哲男)


May 2452001

 青嵐おお法螺吹きをくつがえす

                           三宅やよい

快痛快。「おお」は「大」とも読めるが、感嘆詞として読むほうが面白い。日頃から大言虚言を吐きつづけてビクともしない憎たらしい奴が、折からの「青嵐」に見ん事ひっくり返されちゃった。ザマア見やがれ、なのである。「なぎ倒す」などではなく「くつがえす」と言ったのは、むろん「論理を『くつがえす』」という概念が作者の意識にあるからだ。この句は実景として「法螺(ほら)吹き」がひっくり返った様子を想像することもできるし、比喩として「法螺吹き」が強力かつ精密な有無を言わせぬ論理(青嵐)によってやり込められたと読むこともできる。いや、その実景と比喩が重なって喚起されるから面白いと言うべきだろう。この題材にしては、少しの陰湿さも感じさせないところも素敵だ。同じ作者に「リリーフは放言ルーキー雲の峰」がある。口ばかり達者な「ルーキー」というのも、まことに可愛げがなく憎たらしい。そいつが、ついに「リリーフ」に出てきた。「ああ、こりゃもうアキまへん」と、作者は天を仰いだ。天には、モクモクと入道雲が涌き出ている。にわかに暑さが実感され、ゲームへの集中力が切れてしまった。さあて、ボチボチ引き上げるとするか。『玩具箱』(2000)所収。(清水哲男)


August 0482001

 厚餡割ればシクと音して雲の峰

                           中村草田男

党(からとう)の読者(私もそうです)は、意表を突かれたかもしれませんね。季語は「雲の峰」で夏。もこもこと大きく盛り上がった入道雲を意識しながら、何も暑い季節に「厚餡(あつあん)」を「割る」こともあるまいに、と……。要するに、飲み助は甘いものを暑苦しいと思い込んでしまっているのです、たぶんね。でも、最近酒量の落ちてきた私にはよくわかるようなつもりになっているのですが、そんなことはないようです。薄皮の饅頭(まんじゅう)でしょうか。特に冷やしてあるわけでもないのに、手にする「厚餡」入りの菓子はどこか冷たく重く感じられます。作者が言いたいのは、この「厚餡」と「雲の峰」との質感の相似性でしょう。あの「雲の峰」も、いま手にしている饅頭と同じように、そおっと丁寧に「割ればシクと音して」割れるようだ。「シク」が眼目。「パクッ」でもなければ、ましてや「バカッ」でもない。あくまでも大切に割るのですから、無音に等しい「シク」と鳴るわけですね。日本のどこかで、今日もこんなふうに「雲の峰」を眺めている人がいるのかと思うと、それだけでも心が安らぎます。『銀河依然』(1953)所収。(清水哲男)


August 1382002

 羅におくれて動くからだかな

                           正木浩一

性用が圧倒的に多いが、「羅(うすもの)」には男性用もある。作者は、たぶん身体がだるいのだろう。盛夏にさっと羅を着ると、健康体なら心身共にしゃきっとした感じがするものだが、どうもしゃきっとしない。動いていると、着ているものに「からだ」がついていかないようなのだ。その違和感を「おくれて動く」と言い止めた。ゆったりと着ているからこその違和感。着衣と身体の関係が妙に分離している感覚を描いて、まことに秀逸である。羅を着たことのない私にも、さもありなんと思われた。作者は現代俳人・正木ゆう子さんの兄上で、1992年(平成三年)に四十九歳の若さで亡くなっている。生来病弱の質だったのだろうか。次のような句もあるので、そのことがうかがわれる。「たまさかは濃き味を恋ふ雲の峰」。カンカン照りの空に、にょきにょきと雲の峰が立ち上がっている。このときは、多少とも体調がよかったようだ。雲の峰に対峙するほどの気力はあった。が、医者から「濃き味」の食べ物を禁じられていたのだ。健康であれば、猛然と塩辛いものでも食べるところなのだが、それはままならない。やり場のない苛立ちを押さえるようにして、静かに吐かれた一句だけに、よけい心に沁みてくる。『正木浩一句集』(1993)所収。(清水哲男)


August 0382004

 空港に眼鏡の力士雲の峰

                           吹野 保

語は「雲の峰」で夏。気象学的には積乱雲を指し、その壮大さはまさしく雲の峰だ。一読、虚をつかれた。いや、作者も同じ気持ちだったかもしれない。言われてみれば、なるほど「力士」にだって近視や乱視の人もいるだろう。かつて名横綱と謳われた双葉山が安芸ノ海に70連勝をはばまれたときは、よく見えないほうの目の死角をつかれたのが敗因だったという。が、土俵では誰も眼鏡はかけるわけにはいかないから、私たちは先入観として力士と眼鏡はなんとなく無縁だと思い込んでいる。それが、かけていた。思わずも彼を見やると、まぶしそうに夏空を見上げている。眼鏡がキラキラと光っている。いっしよに見上げた大空には、大きく盛り上がった真っ白な雲がにょきにょきと聳えたっていた。広い空港と雄大な雲と大きなお相撲さんと……。この取り合わせが何とも言えず気持ちがよく、作者はしばしそれこそ大きな気持ちに浸ったことだろう。こういう句は、とても想像では出てこない。実景ならではの強さがある。元気の湧いてくる句だ。『新版・俳句歳時記』(雄山閣出版・2001)所載。(清水哲男)


July 1072007

 自転車のおばちゃん一列雲の峰

                           児玉硝子

然を守るエコライフが信条の世のおばちゃんたちは自転車が大好きだ。前後に荷物を乗せ、左右のハンドルにも買い物袋を下げ、確固たるリズムでペダルを漕いで突進する。おばちゃんはいつも急いでいる。青信号が点滅すると、途端になんとしてでも今ここで渡らなくてはいけないような切羽詰まった何ごとかに迫られる。おばちゃんはたくましい二の腕を夏の日にさらし、しかし、日焼けにも気を使う女心も忘れてはいない。車の邪魔にならないように歩行者レーンを走りながら、てくてく歩く人々を甲高いベルで押しのける。礼儀を重んじるのか、気にしないのか、危険なのか、安全なのか。しぶしぶ停まった赤信号で、空に貼り付く白い雲を満足そうに見上げる。まるでおばちゃんの手によって空に干されたような立派な入道雲である。そこでふと思い至ってしまったのである。おばちゃんとは。私の愛おしい一部分であるおばちゃんとは。一列のおばちゃんたちはいっせいに、これから辻征夫の詩に登場する偉大な「ボートを漕ぐおばさん」に変身すべく急いでいるのだ。(ボートを漕ぐ不思議なおばさん→ 鈴木志郎康さんのHP)はやくあのこのうちへ行かなくちゃ 、と。『青葉同心』(2004)所収。(土肥あき子)


June 0162010

 苦しむか苦しまざるか蛇の衣

                           杉原祐之

間が抱く感情の好悪は別として、蛇が伝承や神話などに取り上げられる頻度は世界でトップといえるだろう。姿かたちや生態など、もっとも人間から離れているからこそ、怖れ、また尊ばれてきたのだと思う。また、脱皮を繰り返すことから豊穣と不滅の象徴とされ、その脱ぎ捨てた皮でさえ、財布に入れておくと金運が高まると信じられている。掲句では、残された抜け殻の見事さと裏腹に、手も足もなく、口先さえも不自由であろう現実の蛇の肢体に思いを馳せつつ、背景に持つ神話性によって再生や復活の神秘をも匂わせる。以前抜け殻は、乱暴に脱いだ靴下のように裏返しになっていると聞いたことがあったが、この機会に調べてみようとGoogleで検索してみるとそのものズバリのタイトルがYouTubeでヒットした。おそるおそるクリックし、今回初めて脱皮の過程をつぶさに見た。もう一度見る勇気はないが、顔面から尻尾へと、薄くくぐもった皮膚からつやつやと輝く肢体への変貌は、肌を粟立たせながらも目を離すことができないという不思議な引力を味わった。はたして彼らはいともたやすく衣を脱ぎ捨てていたのだった。〈雲の峰近づいて来てねずみ色〉〈蜻蛉の目覚めの翅の重さかな〉『先つぽへ』(2010)所収。
蛇の脱皮映像をご覧になりたい方はこちらから(4分/音無し)。いきなり登場しますので、苦手な方はくれぐれもご注意くださいm(_ _)m(土肥あき子)


July 0572011

 いま汲みし水にさざなみ黒揚羽

                           今井 豊

んだ水がしばらく揺らめいている様子は、「もぎたて」「捕りたて」のような生きものめいた艶めきがある。目の前にある水が立てる生き生きとしたさざなみを見つめ、その小さな波頭に思いを寄せている。ざわめく気持ちがいずれは落ち着くことが分っている、なだめるような視線である。小さな水面のさざ波は、やがて穏やかな一枚の滑らかな水のおもてになるはずだ。一方、確かに生きているにも関わらず、黒揚羽の美しさはどこかつくりものめいている。さらに「バタフライ効果」といわれる「ブラジルでの蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を引き起こす」という予測可能説が頭をよぎり、その静かな羽ばたきによってもたらされる吉凶の予感が、見る者の胸をざわつかせる。予言者めいた黒揚羽が、汲んだ水を持つ者の手をいつまでも震わせ、さざなみ立てているのかもしれない。〈せりなずな生はさみどり死はみどり〉〈もてあます時間崩るる雲の峰〉『草魂』(2011)所収。(土肥あき子)


July 1772011

 峯雲や朱肉くろずむ村役場

                           土生重次

に明暗のはっきりした句です。色、というものの鮮やかさと、白黒のメリハリ。とにかく絵画を見つめるようにして、読者は句の中に入り込んで行けます。夏の盛りなのでしょう。あぜ道を汗だくになりながら自転車を走らせて来たのでしょうか。村役場に入ってくるその人の背中越しに、雲の峰が空高く盛り上がっています。あんまり明るい外から入ってきたために、役場の中はひどく暗く感じられます。住民票の申込書に必要事項を書き、備え付けの朱肉を見れば、真っ赤なはずなのに、赤がそのまま黒ずんで見えます。あまりに明るい場所から来たせいで、目の機能がおかしくなってしまったのか。あるいは赤という色には、もともとその奥に暗闇がしまわれていて、ふとした瞬間に、その姿を見せてしまっただけなのかもしれません。『新日本大歳時記』(2000・講談社)所載。(松下育男)


August 2282012

 バリカンに無口となって雲の峰

                           辻 憲

憶を遡れば、小学生の時はいつも母がバリカンでわがイガグリ頭を刈ってくれた。(中学生になってからは、母による「虎刈り」がいやで、隣村の床屋さんまで出かけた。プロによる理髪は気持ち良かった。)頭髪が伸びると「ゴンマツ頭はみっともねエ」と母が言い、畳にすわらされてバリカンでジョキジョキ……。時々母の手のリズムが狂うと、バリカンが頭髪を食うから「痛ッ!」と叫ぶ。そうすると、バリカンで頭をゴツンとやられる。「タダでやってもらって、男の子は我慢しろ!」。相手は凶器(?)を持っているのだから、下手に逆らえない。「無口」になって我慢せざるを得なかった。あげくの果てが「虎刈り」である。掲句でそんな少年の日のことをありありと思い出した。憲さんの「無口」も実体験であろう。外はカンカン照りで、雲の峰(入道雲)がモクモク。一刻も早く飛び出して行って、友だちと_取りとか水遊びでもしたいのに、しばらくは神妙に我慢していなければならない忍耐の時間。イガグリ頭とバリカンの取り合わせが懐かしい。「虎刈り」の時代も過去の思い出話となってしまった。國井克彦に「バリカンや昭和の夏のありにけり」がある。憲は征夫の実弟で、句会ではいつも高点を獲得している。憲の句に「本郷の猫のふぐりのみぎひだり」がある。「OLD STATION」14号(2008)所収。(八木忠栄)


June 2562013

 縄跳びの二重くぐりや雲の峰

                           金中かりん

雨が続くなか、ふとした晴れ間にははっきり夏の刻印が押されたような雲が空に描かれる。縄跳びは冬の季語にもなることがあるが、この場合は夏の遊びとして扱われている。二重くぐりとは、二重跳びと呼んでいたものだと思う。一度跳ぶ間に二回縄を回す跳び方だ。縄は耳元でびゅんと風を切り、高く跳ぶ足元を心地よく二度通過する。二重跳びや、逆上がり、跳び箱など、初めて成功したときはまるで奇跡が起こったかのような嬉しさだが、一度できてしまえばあとは身体が覚えてくれている。振り返ってみれば、あれもこれもできるはずもないと思っていたことばかりだ。夏空に描かれた力瘤のような雲の峰が、新しいなにかへ力を貸してくれるように、もくもくと湧き上がる。〈鶏頭の凭れ合ひしが種子こぼす〉〈暗闇にくちなはの香の立つてをり〉『かりん(※書名は漢字)』(2013)所収。(土肥あき子)


July 0872013

 雲の峰過去深まつてゆくばかり

                           矢島渚男

そり立つ入道雲。同じ雄渾な雲を仰ぐにしても、若いころとはずいぶん違う感慨を覚えるようになった自分に気がつく。若いころには、別に根拠があるわけではないが、真っ白な雲の峰に、あるいは雲の向こうに、なにか希望のようなものの存在が感じられて、気分が高揚したものだった。それがいつの間にか、そういう気分がなくなってきて、希望的心情は消え果て、ただ意味もなく「ああ」とつぶやくだけのことで終わってしまうのがせいぜいである。自然の摂理で仕方はないけれど、老人になってくると、自然にものの見方は変化してくる。そのことに作者はもう一歩踏み込んで、希望を覚えないかわりに、つまり未来を思わないかわりに、「過去」が深まってゆくのだと言い放つ。その「過去」が豊潤なものであるかないかは別にして、老いはどんどんとおのれの「過去」を深めてゆくばかりなのである。しかも、その気分は悲しいとか哀れだとかという感情とは無関係に、わいてくる。ただ「ああ」というつぶやきとなって、自然にわいてくるのだ。そういう意味で、この句は老いることの内実を、そのありようを淡々と描いていて秀逸だ。刻々と深まりゆく過去を覚えつつ、老いた人はなお生きてゆく。何事の不思議なけれど、老いた身には、そういうことが起きてくる。『船のやうに』(1994)所収。(清水哲男)


July 1572015

 雲の峯見る見る雲を吐かんとす

                           寺田寅彦

空にぐんぐん盛りあがってゆく雲の峯は、まさに「見る見る」その姿を変えてしまう。まるで生きもののようである。見ていて飽きることがない。ダイナミックに刻々と姿を変えてゆくさまは、「雲を吐」くように見えたり、噴きあげるように見えたり、動物など生きものの姿にそっくりに見えたりして、見飽きることがない。雲が雲を吐くととらえた、そのときの様子が目に見えるようである。何年か前、わが家の愛犬が死んで遺骨にしての帰路、春の空前方に浮かんだ雲が、走る愛犬の姿そっくりに見えて感激したことがあった。寅彦は俳句を漱石に熱心に師事したけれども、句集は出していない。俳号は寅日子。しかし、「俳句の本質的概論」や「俳句の精神」「俳諧瑣談」の他、俳句に関する論文はさすがにいくつかある。他に「涼しさの心太とや凝りけらし」「曼珠沙華二三本馬頭観世音」などの句がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


July 2172015

 空中で漕ぎし自転車雲の峰

                           中嶋陽子

ダルを漕ぐ姿勢は常に地から足が離れているという事実。普段気にとめない日常の動作が、実は空中で行っているものだと気づいたとき、ものすごい芸当であるような感覚が生まれる。そういえば、かつて自転車から補助輪を外したときの喜びは途方もないものだった。大人と同じであることが大きな自信につながっていた。実際、徒歩しかなかった行動範囲がずっと自由に大きく広がった瞬間だった。むくむくと盛り上がる入道雲に「こっちへおいで」と手招きされ、どこまでも行けるような晴れ晴れした心地をあらためて思い出す。〈山の神海の神ゐて風薫る〉〈短夜の声変へて子に読み聞かす〉『一本道』(2015)所収。(土肥あき子)


August 0282015

 雲の峯通行人として眺む

                           永田耕衣

景の句として読めます。「雲の峯」に「通行人」を連ねたところに意外性があります。凡庸な発想なら、「行人」や「旅人」としたくなるところですが、遠方上空に沸き立つ大自然と都市生活者を対置したところに、大と小、聖と俗、自然と人間の違いをくっきりと浮かび上がらせています。雄大な自然を形容する季語に、平凡な日常語をぶつけることによって、お互いが言葉の源義に立ち戻りはじめます。なお、この通行人の行動を、耕衣が目指した超時代性として読むことも可能です。すると、「雲の峯」という季節の標識を、季節の通行人が眺めて通り過ぎる意となり、実景は心象風景へと転化します。『非佛』(1973)所収。(小笠原高志)


July 0372016

 雲の峰暮れつつ高き岩魚釣り

                           飯田龍太

の暮れは遅い。険しい渓谷で、岩魚の食いつきをねばる。雲の峰は刻々と変化して、渓流の流れは速い。さて、この釣り人の釣果はいかに。それよりも、谷あいに居る釣り人が空を仰げば、雲の峰は高い。雲が動き、水流に糸を垂らす僥倖。動中静在。さて、釣り人はぐいぐいと岩魚を高く釣り上げたや否や。以下、蛇足。岩魚は野生味の強い魚で、貪欲に餌に食いつくけれど、針をのみ込んだまま滝を上ろうとしたり、大暴れして逃げ果せることもしばしば。その容貌には、太古を思わせる険しさがある。私 が釣り上げて最も怖かった魚の形相は、北海道知床で釣ったオショロコマというエゾの岩魚。その日、川の畔では熊が鹿を食い、食べ残した残骸を地元の漁師がガソリンをかけて燃やしていた。『山の影』(1985)所収。(小笠原高志)


July 0672016

 薫風や本を売りたる銭(ぜに)のかさ

                           内田百閒

かさ」は「嵩」で分量という意味である。前書に「辞職先生ニ与フ」とある。誰か知り合いの先生が教職を辞職した。いつの間にか溜まり、今や用済みになった蔵書を古本屋にまとめて売ったということか。いや、その「辞職先生」とは百閒先生ご自身のことであろう。私はそう解釈したい。そのほうが百閒先生の句としての味わいが深まり、ユーモラスでさえある。これだけ売ったのだから、何がしかまとまったカネになると皮算用していたにもかかわらず、「これっぽっちか」とがっかりしている様子もうかがわれる。「銭のかさ」とはアテがはずれてしまった「かさ」であろう。だいいち「カネ」ではなく「銭」だから、たかが知れている。先生もそれほど大きな期待は、初めからしていなかったのであろう。そこまで読ませてくれる句である。それにしても、どこか皮肉っぽく恨めしい薫風ではある。本の重さよりも薫風のほうが、ずっと今はありがたく感じられるのである。私も手狭になると、たまった本を処分することがあるが、その「銭のかさ」は知れたものである。近頃は古書を買うにしても、概して値段は安くなった。百閒には傑作句が多いけれど、「物干しの猿股遠し雲の峰」という夏の句を、ここでは引いておこう。『百鬼園俳句帖』(2004)所収。(八木忠栄)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます