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July 0171996

 悔しまぎれの草矢よく飛ぶ敗北なり

                           原子公平

でもよろしい。その辺に生えている葦や薄を引き千切って、空に向かって投げる。と、いつもはうまく飛んでくれない草の矢が、どうしたことか遠くまで飛んでいった。言い争いに敗けた作者は、ここではじめて自らの完全な敗北を認める。俺も勉強し直さねばならぬと思う。このとき、読者もまた、そう思うのである。『海は恋人』所収。(清水哲男)


May 1452002

 征矢ならで草矢ささりし国家かな

                           小川双々子

語は「草矢(くさや)」で夏。蘆などの葉を裂いて、指にはさんで矢のように飛ばす。退屈しのぎに「草矢うつ正倉院の巡査かな」(鳥居ひろし)などと。掲句は、さながら現代日本の政情を風刺しているかのようだ。「征矢(そや)」は実際の戦闘に用いられる矢のことだが、遊び事の草矢が何かにささることは、まずありえない。が、我らが「国家」には簡単にささってしまうのだ。ああ、何をか言わんや、ではないか。今回の中国領事館の出来事にしても然り。目の前で不可侵権を侵害されても、ただぼおっと立っているだけ。これぞ、絵に描いたような「有事」だというのに。私だったら、かなわぬまでも大声をあげ警官を押し戻そうとしただろう。事の是非を考えるよりも、とにかく身体がそのように反応しただろう。そうすれば、警官は十中八九は退いたはずだ。彼らはみな、その程度のトレーニングは受けている。かつての安保全学連で習得した一つのことは、理念の肉体化物質化だった。ただ見ていただけの外交官には、権利を防衛する意識がまったく肉体化されていない。自分が、国家の最前線に位置している自覚すらない。「同意」はしなくとも「拒絶」もしなかった。だから、たかが草矢ごときにさされてしまうのだ。外交官が武闘派である必要はまったくないが、呆然と眺めている必要もまったくない。トレーニングが足らねえなあと、テレビ映像を見て舌打ちしたことであった。そして、征矢ならばともかく草矢がささるはずなどあるものか、ささったのであれば自分でさしたのだというのが、現段階での中国側の認識である。『異韻稿』(1997)所収。(清水哲男)


July 2072004

 川へ虹プロレタリアの捨て水は

                           原子公平

語は「虹」で夏。敗戦後、数年を経た頃の作と思われる。すなわち、まだ「川」が庶民の生活とともにあった時代だ。清冽な流れであれば飲食用にも使っていたし、そうでなくとも洗い物などを川ですませる人々は多かった。句はそんな誰かが、余って不要になった水をざあっと川に「捨て」たところだろう。見ていると、その人の手元から淡く小さな「虹」が「川へ」立ったというのである。失うものなど何もない「プロレタリアの捨て水」が、束の間の虹を描く光景ははかなくも美しいが、しかし、その虹は未来への希望にはつながらないのだ。「捨て水」という言葉には、単に水を捨てる写実的な様相と、他方には川をいわば心の憂さの捨て所と見る目がダブらせてあるのだろう。庶民であることのやり場の無い感情が、抒情的に昇華された絶唱である。既に新聞報道でご存知かとは思うが、作者の原子公平氏は一昨日(2004年7月18日)亡くなられた。八十四歳だった。一度も面識は得なかったが、当歳時記の最初の一句が氏の「悔しまぎれの草矢よく飛ぶ敗北なり」ということがあり、また何度かお手紙や句集をいただいたこともあって、残念な思いでいっぱいだ。抒情の魂を社会的に鋭くイローニッシュに開いてゆく氏の方法が、俳句のみならず、この国の詩歌に残したものは大きいだろう。慎んでご冥福をお祈りする。『海は恋人』(1987)所収。(清水哲男)


May 3052014

 大空は微笑みてあり草矢放つ

                           波多野爽波

胆な擬人法である。「大空は微笑みてあり」だから、晴れ渡った空だったのだろう。あと、草矢遊びに興じている子供の心情まで、喩えているように思う。「草矢」は芒や葦などの葉を縦に裂き、指に挟んで、飛ばすこと。高さや飛んだ距離を競ったりする。この句、下五の部分が、「クサヤハナツ」と一音字余りになっている。その一音の時間の流れが、飛んでいく草矢の時間を彷彿させる。『鋪道の花』(昭和31年)所収。(中岡毅雄)


May 2752016

 目つむりていても吾(あ)を統(す)ぶ五月の鷹

                           寺山修司

とは、タカ科の比較的小さ目のものを指す通称である。タカ科に分類される種にて比較的大きいものをワシ、小さめのものをタカとざっくりと呼び分けているが、明確な区別ではない。日本の留鳥としてオオタカ、ハイタカ、クマタカなどの種がいて、秋・冬には低地でみられる。冬の晴れ渡る空に見つけることが多いので鷹だけだと季語は「冬」の部である。荒野を目指す青春の空に大きく鷹が舞っている。五月のエネルギーが、羽ばたけ、羽ばたけと青年の心を揺さぶる。飽きずに眺める大空には舞う鷹、目をつむっても残像が舞っている。今この新緑の中に何かに魅せられた様に多くの青年達が旅立ってゆく。青年修司は二十歳で俳句を断ち別の思念へと旅立って行った。他に<恋地獄草矢で胸を狙い打ち><旅に病んで銀河に溺死することも><父を嗅ぐ書斎に犀を幻想し>など修治の青春性が残されている。「俳句」(2015年5月号)所載。(藤嶋 務)




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