駒場寮の意義についての我々の見解

駒場寮の意義についての我々の見解



製作: 駒場寮委員会文化部シリーズビラ担当
発行日: 1997年6月22日
発行: 駒場寮委員会
〒153 目黒区駒場3-8-1 東大駒場寮
TEL 03-3467-3009


はじめに


 この冊子は、97年5月20日から6月23日(発行予定)までの通算10回、駒場寮委員会が学生向けに作成した『駒場寮の意義☆シリーズビラ』と顛する一連のビラを基に、6月22日の公開シンポジウムに向けて編集し直したものです。
 駒場寮は昨年4月、学部当局によって「廃寮」宣言がなされました。以降、様々な廃寮化攻撃が学部当局によって加えられましたが、「廃寮」に反対する寮生・学生はこれを許さず、広範な支援を得て駒場寮を守り抜いてきました。
 咋年9月10日の「占有移転禁止」仮処分によって寮問題は「法的措置」段階に入っています。学部当局は寮生・学生の反対を無視し続けて「法的措置」路線を堅持し、今年3〜4月には明寮明渡し強制執行を行うに至っています。
 そのような中でも、我々はあくまで誠実な話し合いによる本質的解決を目指しています。上述のシリーズビラもその一環として出されたものです。
 なお、「法的措置」については『駒場寮問題「法的措置」関連報告集』があります。また「廃寮」の不当性については、上述シリーズビラと並行して出されたシリーズビラを基にまとめた
『駒場寮「廃寮」の不当性解説集』があります。併せてご覧下さい。
 さて、駒場寮の意義についてですが、この冊子に全てが書き尽くされたという訳ではありません。と同時に、書かれた意義が意義と呼び得るか、という問題もあります。そもそも意義というものは、個人個人がそれぞれに考えるものですから、普遍化するのは容易ではありません。ある人にとっての意義が他の人にとっては何でもない、ということはよくあることです。しかし、それでも書き出すことには意味があります。その作業抜きに駒場寮とは何か、ということを共有化することは不可能だからです。
 寮生・寮外生を問わず、ここに書き出された駒場寮の意義と自分の考える意義とを擦り合わせて下さい。そして、単なる擦り合わせに終わるのではなく、意義と呼べるものを創り出し、積み上げていって下さい。駒場寮の意義と呼ぶものの中には、将来への可能性も含まれているのです。

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はじめに | 1.駒場寮が住処にこだわる理由 | 厚生施設としての駒場寮 | 「受益者負担主義」に反対 | 入試も経済的選別装置 | 学生が学生であり続けられるために | 学寮の必要性 | 2.自主管理空間としての駒場寮 | 制度としての駒場寮自治会 | 共同生活の意義 | 自主管理を支えるイレモノ | 寮自治を支える土台 | 3.寮内外の交流の場として | 寮外生との交流の場として | 自由なサークルスペースとして | 「非日常」拡大の拠点 | 寮祭での交流 | 駒場祭と駒場寮 | 学部当局のウソ | インカレサークル | OBとの繋がり | フリースペースとして | 貸出施設を設置 | 仮宿泊制度 | 4.まとめと今後に向けて | 有機生命体 | 取り替えはきかない | やはり学生自治の拠点 | 駒場寮体験のススメ|

1.駒場寮が住処にこだわる理由



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はじめに | 1.駒場寮が住処にこだわる理由 | 厚生施設としての駒場寮 | 「受益者負担主義」に反対 | 入試も経済的選別装置 | 学生が学生であり続けられるために | 学寮の必要性 | 2.自主管理空間としての駒場寮 | 制度としての駒場寮自治会 | 共同生活の意義 | 自主管理を支えるイレモノ | 寮自治を支える土台 | 3.寮内外の交流の場として | 寮外生との交流の場として | 自由なサークルスペースとして | 「非日常」拡大の拠点 | 寮祭での交流 | 駒場祭と駒場寮 | 学部当局のウソ | インカレサークル | OBとの繋がり | フリースペースとして | 貸出施設を設置 | 仮宿泊制度 | 4.まとめと今後に向けて | 有機生命体 | 取り替えはきかない | やはり学生自治の拠点 | 駒場寮体験のススメ|

厚生施設としての駒場寮


 駒場寮は、その名の通り学生が居住するための学寮です。しかも厚生施設として非常に優れた条件を兼ね備えています。具体的に見ていきましょう。

・寄宿料+水光熱費÷寮自治会費で月5000円

 学寮は憲法に謳われた「教育の機会均等」を保障するためのものですから、厚生施設としての価値は学生の経済的負担を極力抑えることが判断基準の重要な一つとなります。勿論、「教育の機会均等」を徹底化するならば無償でなければならない訳ですが、現実的にそれが困難な中にあって、駒場寮は月5000円という安価にて住環境を提供してきました。この点に於いて駒場寮は非常に優れた厚生施設であることが分かります。学部当局が代替施設と豪語する「三鷹宿舎」では1万円以上の出費増となります。

・学内寮の経済的優位性

 通学は徒歩0分。これについての経済的優位性も明らかです。定期代がかからないだけでなく、通学時間を勉学やサークル活動、アルバイトに差し向けることが出来ます。実際、駒場寮生の多くが生活費をアルバイトで捻出していることを考えれば、学内寮であることの必要性は高くなるのです。

・その他の好条件

 広い炊事場は、文字通り自炊することを前提に設計されており、外食による出費を抑えることが出来ます(「三鷹宿舎」のキッチン設備は貧弱で自炊には不向き)。また目の前には生協があり、キャンパスの直ぐ外には商店街があります。さらに渋谷に歩いて行ける場所であることもアルバイトをする寮生にとっては非常に役立っています。

このように、単純に寮費だけでは比較出来ないことが分かると思います。生活費のアルバイトヘの依存率の違いなどから、実質負担増加額には個人差がありますが、下のような算出例がありますので、参考に掲げます。

比較の一例
 駒場寮三鷹宿舎
住居費500020000
交通費02200
通学時間060000
合計500082200

※三鷹宿舎の住居費中の光熱費はプリペイドカードシステムによる変動制である。この表では適当な数字を用いた。
※通学時間を金額に変換する際には、三鷹宿舎から駒場までの往復時間を2時間とし、アルバイトの平均時給を1000円として計算した。
※三鷹宿舎のキッチン設備は貧弱であり、自炊のしにくい環境にある。とりあえずここでは扱わない。
※左の数字は正確なものではないが、駒場寮と三鷹宿舎の機能が違う(三鷹宿舎は駒場寮の代替とはならない)一つの例として算出した。


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はじめに | 1.駒場寮が住処にこだわる理由 | 厚生施設としての駒場寮 | 「受益者負担主義」に反対 | 入試も経済的選別装置 | 学生が学生であり続けられるために | 学寮の必要性 | 2.自主管理空間としての駒場寮 | 制度としての駒場寮自治会 | 共同生活の意義 | 自主管理を支えるイレモノ | 寮自治を支える土台 | 3.寮内外の交流の場として | 寮外生との交流の場として | 自由なサークルスペースとして | 「非日常」拡大の拠点 | 寮祭での交流 | 駒場祭と駒場寮 | 学部当局のウソ | インカレサークル | OBとの繋がり | フリースペースとして | 貸出施設を設置 | 仮宿泊制度 | 4.まとめと今後に向けて | 有機生命体 | 取り替えはきかない | やはり学生自治の拠点 | 駒場寮体験のススメ|

「受益者負担主義」に反対


 駒場寮が安く住めて、かつ利便性の高いことも分かったが、それだけで「廃寮」に反対するのは寮生のエゴではないか、という人もいると思います。しかし、駒場寮の厚生施設としての意義は、単に「安い」だけにとどまるものではありません。先にも述べた通り「教育の機会均等」を実現するためには、学生への住環境提供の無償化が必要です(当然、学費も無償化すべきです)。それが現実的に困難なのであれば、少なくともどのような位置付けで寮費を支払うのか、考えることが必要となります(東大の学寮は戦後、寮費不払い闘争をしたこともある)。我々は「教育の機会均等」の精神に反する位置付けの寮費を払うべきではないと考えます。「教育の機会均等」の精神に反するものとは何か。それは「受益者負担主義」です。
 「受益者負担主義」は60年代の高度経済成長期を通じて生み出された考え方で、要するに教育を受ければその個人が見返りを得るのだから、それ相応の負担をしろ、というものです。学歴一辺倒の価値観を肯定し、またそのような社会の在り方を追認し、教育を金で売買すべき商品に転落させて、「教育の機会均等」を否定する考え方、それが「受益者負担主義」に他なりません。
 では「受益者負担主義」に基づいた寮費とはどのようなものか。具体的に言えば、それは水光熱費であり、寄宿料です。駒場寮でもそれらが全くない訳ではありません。特に水光熱費は寮費の大きな部分を占めでいます。しかし駒場寮自治会が「受益者負担主義」を認めない立場にあることには変わりありません。
 まず水光熱費について考えてみましょう。「三鷹宿舎」では全額学生負担となっていますが、これは個人の生活にかかる費用は全て個人持ち、という「受益者負担主義」を徹底化させたものです。その徹底振りは負担率に止まらず、プリペイドシステムによって、入金が0円になると自動的に電気がストップするという具合です。電力会社・ガス会社との直接契約でもこんなことは行われません。これは大学側は1銭たりとも払わないぞ、という決意表明に他ならないのですが、最初からこのような制度になっていれば、「受益者負担主義」を当然のものとして学生が“学習”する装置として機能することは明白です。
 一方の駒場寮では、84年の合意により水光熱費の半分を寮自治会が負担することになっていました(つまりそれ以前は全額学部負担だったのです)。このように負担を強いられた背景には、(水光熱費の)「負担区分を明確化せよ」との文部省の通達があったのですが、これに応ずる形を回避することで何とか「受益者負担主義」ではない支払いで学部当局と寮自治会が妥結したのです。寮生個人ではなく、寮自治会と折半するという妥結です。この時結ばれたのが、「84合意書」です。
 家賃に相当する寄宿料は、駒場寮では400円、対する「三鷹宿舎」では3300円です。何故8倍以上に吊り上げられねばならないのか。学部当局は「市価に比して格安」などと言いますが、それこそ「受益者負担主義」の本音を自己暴露するものに他なりません。「三鷹宿舎」が寮なのであれば、一般アパートではなく駒場寮と比較すべきです。
 このように「受益者負担主義」が貫徹された「三鷹宿舎」は、国立ワンルームマンションではあっても、学寮=駒場寮の代替施設たり得ないことがお分かり頂けると思います。

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はじめに | 1.駒場寮が住処にこだわる理由 | 厚生施設としての駒場寮 | 「受益者負担主義」に反対 | 入試も経済的選別装置 | 学生が学生であり続けられるために | 学寮の必要性 | 2.自主管理空間としての駒場寮 | 制度としての駒場寮自治会 | 共同生活の意義 | 自主管理を支えるイレモノ | 寮自治を支える土台 | 3.寮内外の交流の場として | 寮外生との交流の場として | 自由なサークルスペースとして | 「非日常」拡大の拠点 | 寮祭での交流 | 駒場祭と駒場寮 | 学部当局のウソ | インカレサークル | OBとの繋がり | フリースペースとして | 貸出施設を設置 | 仮宿泊制度 | 4.まとめと今後に向けて | 有機生命体 | 取り替えはきかない | やはり学生自治の拠点 | 駒場寮体験のススメ|

入試も経済的選別装置


 「第45回学生生活実態調査」(96年12月16日付け学内広報より)によれば、東大生の家庭の平均年収は1000万円を越えています(正確には1095万円。私立医科系を除いて最高水準)。
 これは何を意味しているのでしょうか。
 まず、(東大進学の是非は置くとして)熾烈な「受験競争」の中で「最難関」の東大に合格するためには、十分な中等教育が必要になる訳ですが、そのためには私立高校に入学したり、各種の受験産業に頼ったりと、多額の金が必要とされることになります。同時に、東京の高い生活費を負担出来るか否かが、東大への進学の可否に大きな影響を与えます。これらの要因から、入学に辿り着くまでに家庭の平均年収1000万円という東大生集団が形成されていくのです。
 入試が純粋に「学力的」選別装置としてのみ機能しているのではありません。入試は立派な経済的選別装置、貧乏人を選り落とす篩に他ならないということを、まず我々は認識せねばなりません。このことを改善するためには、駒場寮を残すだけではどうにもなりません。しかし駒場寮を「廃寮」にすることは、このような状況をさらに悪化させることにしかなりません。少なくとも、東大が物価高の東京にあるから進学出来ない、という受験生をいま以上に生み出すことは許されないのです。

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学生が学生であり続けられるために


 現在も不況の真っ只中です。ある日、リストラで父親が失業する、下宿のアパートの取り壊しで住処を奪われる。そのような学生が後を絶たず、駒場寮に助けを求めてきます。駒場寮は、何か起きても何とかなる、いわば学生の「駆け込み寺」のような機能を果たしてきました。駒場だけでも八千人の学部生がいます。学生を止めねばならなくなるような事態に直面する学生も出てくるでしょう。駒場寮はそのような学生が学生であり続けることを保障する場としても機能しています。

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学寮の必要性


 ここでは、学寮の経済的側面からその必要性について考えたいと思います。
 学寮は、安く居住出来る場を提供することによって「教育の機会均等」を実現する手段です(この「安く」というのは、学生という身分の特権に他ならず、それが社会への単なる甘えにならないように、その特権性を常に想起する必要があることをまず強調しておきます)。安価な寮費によって学生の経済的負担を減らすことは勿論、住居を保障しているという点が重要です。住居を確保出来ることによって学生が生活を安定させ、勉学や様々な活動を行うことが出来るようになるからです。
 「教育の機会均等」のために経済的負担を減らすならば、むしろ奨学金を給付すればよいという意見がありますが、そのような議論はまず奨学金制度の拡充の見込みがあって初めて可能になるのであって、何ら見込みもないのに目の前の駒場寮の「廃寮」を正当化する論拠とはなり得ません。駒場寮「廃寮」はまさに今、問題となっているのです。
 さらに、収入の不安定な自営業などのように、奨学金制度の基準からは給付対象外となってしまうケースも多々あることを指摘せねばなりません。また、奨学金は突然の不慮の事態に柔軟に対応出来る制度ではありません。そもそも奨学金は、紛れも無い借金です。小遣い程度の十αとして考えるならばともかく、奨学金に全面的に頼れと言うのはソフトな「受益者負担主義」の徹底化であり、到底認めることは出来ません。
 さて、駒場寮の入退寮選考は一貫して寮生自身の手によって行われてきました。選考基準は基本的に家庭の収入状況ですが、それだけで割り切れない個別の事情にも柔軟に対応して行います(例えば、一度社会人になった後に学生になったような人で、既に親から自立しているような場合、家庭の収入状況は考慮しません)。また、補充入寮も行ったり、緊急の場合は随時入寮を受け付けたりして、「必要とする人に必要な住居を」という学寮の本来的な役割を十分に果たせるよう、努力してきましたし今後も変わりありません。
 「三鷹宿舎」め選考基準は日本育英会のそれに準ずるものです。その選考基準が全く無根拠だとは言いませんが、既に存在してきた複数の選考基準をわざわざ一元化することによって、経済的困窮者の「教育の機会均等」保障のザルの目を広げる必要はありません。
 それに、日本育英会に準ずる選考基準であるということは、留年者を排除するということでもあります。留年した場合、奨学金ストップと「三鷹」追放のダブルパンチを受けることになる訳です。学生であり続けることが困難になる状況に陥るのです。このような規則は、留年するような学生はロクなことをしていない、という発想に基づいている訳ですが、必ずしもそうとは言えません。学費を稼ぐためにアルバイトを多くやらざるを得なかった結果、留年するというケースもあります。希望進学先に内定出来なかったために自主留年するケースもあります。結局、企業からの中堅労働力生産の要請に応えるべく、4年間のベルトコンベアーを乱さずに卒業して行け、という圧力の現れなのです。その規格から外れるような学生に対する救済措置は必要ない、という訳です。
 以上の通り、奨学金や「三鷹宿舎」では代替出来ない、住居を保障する学寮としての駒場寮の経済的意義がお分かり頂けたと思います。



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2.自主管理空間としての駒場寮



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制度としての駒場寮自治会


 経済的側面だけで駒場寮の意義は語り切れません。そこにはもう一つの大きな意義があります。それが自治、自主管理空間としての駒場寮の価値なのです。自主管理は制度化されたものとそうでないものがありますが、まず前者について考えてみたいと思います。

・駒場寮自治会という学生自治団体

 駒場寮の管理運営主体は駒場寮自治会です。これは駒場のジュニア・シニア・院生等の寮生によって構成される学生自治団体です。寮に関係する公式の組織は全てこの寮自治会の枠組みの中にあります。駒場寮委員会は寮自治会のいわば内閣ですが、その責任者である寮委員長は全寮投票によって直接選出され、寮委員長の指名、総代会の承認によって寮委員会が発足します。総代会とは、各部屋の代表寮生によって構成される最高議決機関であり、いわば国会に相当する組織です。このビラについて言えば、「廃寮」反対運動を進める総代会決定に従い、執行機関である寮委員会がシリーズビラを出すという具体的行動を決めて配布したものです。この他に裁判所に相当する懲罰委員会、各委員会へのチェック機関である監査委員会、行事の度に組織される寮祭実行委員会や寮オリ実行委員会などがあります。以上の通り、駒場寮自治会は独自の構成員と独自のシステムを有し、一学生自治団体として存在してきました。

・駒場寮自治会の憲法−寮規約

 寮自治会のシステムを定めた、憲法に相当するのが寮規約です。また運営方法について細かく定めた、法律に相当するのが寮規定です。寮自治会はこれらの自主的なルールに基づいて駒場寮の管理運営を行ってきました。寮規約は同時に、規約及び規定の改廃権を寮生に与え、寮自治が硬直化せずに発展していく可能性を保障しています。寮自治会は時代の要請に応えるべく、女子入寮・サークル入寮等を実施しましたが、これらは立法府たる総代会での決議を経て行われた、寮生の正当な権利に基づくものであり、学部当局が言うように「勝手に」ルールを変えたのではありません(特に女子入寮については、1年以上にわたる総代会での激論・保留の末にようやく可決されたものです)。

・入退寮選考と財政管理

 新たな寮生になる学生の選考は、駒場寮が発足して以来、一貫して執行機関である寮委員会が行ってきました(従って、学部当局の「違法な勧誘」という主張は一方的な宣伝に他ならない)。また、滅多に発動されませんが、退寮処分を下す権限も寮委員会にあります。入退寮選考は、寮生が「自分たち」を決める、自己規定なのです。
 また財政管理権は、寮自治を金銭的に支えるために不可欠です。現在、水光熱費・寮自治会費・寄宿料(代理徴収)を一括して月5000円を寮委員会が徴収しています。その内、寮委員会は寮自治会費を様々な経費に充てています(この冊子も寮自治会費で作成)。
 寮自治会は学部当局の御用団体でも委託団体でもありませんから、構成員となるべき学生を選考し、その財政基盤を確保することは当然です。勿論、それらの権限の行使に責任を負うことは言うまでもありません。

・フロア会議

 主に寮生の生活に関係する事柄を扱うのがフロア会議です。意志決定プロセスを複線化し、寮自治をより身近なものにしていく場です。いわば寮内の地方分権ですが、寮自治をより民主化していく取り組みとして昨年から開始されました。

 以上、自主管理の制度化された部分について明らかにしました。寮生が単なる「不法入居者」集団ではなく、駒場寮が駒場寮自治会という制度によって管理運営されている空間であることがお分かり頂けたと思います。

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共同生活の意義


 制度化されない自主管理とは、相部屋での共同生活のことです。駒場寮では、当然ですが、各部屋の寮生に部屋内についての一切が委ねられています。他と違うのは、各部屋が相部屋であるということです。寮生は、委ねられた一切について、自分一人で決めるのではなく、同室の寮生と相談した上で判断をしていくことになります。例えば、部屋のレイアウトをどうするのか、禁煙にするか、何を共用にするか等等についてです。そもそも入寮後、住む部屋を選ぶという最初の作業から、いろいろな部屋の住人と話をしながら決定することを経験することになります。
 各部屋の中で、民主的に決定をしていくということは、寮規約の申にいちいち明文化されている訳ではありません。しかし、民主的に部屋運営をしなければうまくいかないということは、結果として生活の至るところに現れてくるのです。そのような経験をする中で、より民主的に部屋運営をすべきだという結論に至る訳です。
 共同生活というと、規則に縛られて自由でないというネガティヴなイメージを持っている人もいるかも知れません。しかし、駒場寮では押し付けられた規則はありません。例えば禁煙にするかどうかというふうに、そもそも規則が必要かどうかから議論がなされます。プライバシーがないと言う人もいるでしょう。そういう人には、本当に共同生活で守れないものなのか、プライバシーの中身をよく考えて欲しいと思います。恐らく、引き出しにカギを付ければ済むことではないでしょうか。
 相部屋での共同生活は、限定された会議の場ではなく、まさに生活そのものの中で民主主義を学んでいく非常に重要な手段です。しかし学部当局が駒場寮の代替施設とする「三鷹宿舎」は完全個室制で、共同生活の可能性を否定しています。
 学部当局は、相部屋は時代の二−ズではないなどと簡単に主張しますが、学寮は単なるアパートではありません。生活と切り離せないところから民主主義を実践していく可能性を切り捨ててしまうことは、学寮にとって非常なマイナスなのです。

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自主管理を支えるイレモノ


 共同生活を可能にするためには、それなりのイレモノが必要です。一部屋24畳(40m2)という広さを始め、炊事場・トイレ共同などの施設面の条件が駒場寮には整っています。特に、部屋の広さ(天井の高さ)は部屋内自治に広がりを与える条件となっています。レイアウトに工夫を凝らしたり、サークルの部室としても使用したり、壁画を描いたり出来るのはまさにこの条件があるからです。
 一人当たりの面積からすれば(一部屋定員3名)、「三鷹宿舎」の一部屋13m2と殆ど変わりません。駒場寮が無駄にデカいというのは実は幻想で、むしろ共同生活をすることによって有効に利用されています。
 また、駒場寮の古さ(多少の汚さ)も多様性を許容する心理的要因として共同生活を支えています。寮生・寮利用者は、まず駒場寮の古さ(汚さ)という異質を許容するところから寮利用を始めるの(ママ)ことになります。何事に対しても見た目だけで判断すべきでないことを教える装置として寮建物が機能していると言えます。
 塵一つ落ちていない無気質(ママ)な建物からは多様性は生まれません。そのような建物は「見た目がいいこと」を価値として与える装置として機能するのです。

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寮自治を支える土台


 寮自治の制度化された部分が寮自治会なのですが、それはその制度によってのみ運営されているのではありません。共同生活の中で日常的に経験される民主主義、換言すれば日頃から意見交流している寮生同士ということを土台として存在しているのです。
 人的交流なくして意見交流はありませんし、意見交流なくして民主的運営はありません。寮自治会は上意下達の硬直化した組織ではなく、日常の共同生活の中での経験を土台とする多様性を内包する組織なのです。
 寮生による自主管理について考察しましたが、これだけでは特権者集団=寮生たちの好き勝手ということで終わってしまいます。我々はそんな「自主管理」を望んでいるのではありませんし、それは駒場寮の実態ではありません。以下、駒場寮と寮生以外の人々との関わり・学生自治に果たしている駒場寮の役割などについて考えたいと思います。



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3.寮内外の交流の場として


 駒場寮は、寮生だけが単なる寝泊まりのためだけに独占する場所ではありません。これまで一貫して学内外を問わず幅広い交流の場として機能してきました。交流の中身を必ずしも学内外で峻別出来るとは限りませんし、またその区別の帯びる意味については別に検討すべきですが、取り敢えずここでは便宜的に学内と学外に分けて考えたいと思います。

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はじめに | 1.駒場寮が住処にこだわる理由 | 厚生施設としての駒場寮 | 「受益者負担主義」に反対 | 入試も経済的選別装置 | 学生が学生であり続けられるために | 学寮の必要性 | 2.自主管理空間としての駒場寮 | 制度としての駒場寮自治会 | 共同生活の意義 | 自主管理を支えるイレモノ | 寮自治を支える土台 | 3.寮内外の交流の場として | 寮外生との交流の場として | 自由なサークルスペースとして | 「非日常」拡大の拠点 | 寮祭での交流 | 駒場祭と駒場寮 | 学部当局のウソ | インカレサークル | OBとの繋がり | フリースペースとして | 貸出施設を設置 | 仮宿泊制度 | 4.まとめと今後に向けて | 有機生命体 | 取り替えはきかない | やはり学生自治の拠点 | 駒場寮体験のススメ|

寮外生との交流の場として


 駒場寮が学内交流の活発な拠点として機能する最大の条件は、何といっても学内寮であるということです。狭い上に、片道1時間近くかかってしまう「三鷹宿舎」でこの機能を代替することは到底不可能と言う他ありません。また、大人数が入るだけの広さが確保出来るか、隣の住人に迷惑にならないか、場所が分かりにくくないか、等の様々な問題から、近所の下宿でも代替することは容易ではありません。駒場寮は、相部屋制で部屋内自治が生きており、門限もないため、交流拠点たる条件が整っていると言えます。
 このような条件に支えられ、駒場寮は学生同士の交流の場となってきました。寮生のクラスやサークルの友人が遊びに来ては、授業の空きコマにくつろいだり、酒を欽みながら夜を徹して議論を交わしたり。このような光景は、昔から続く駒場寮の「伝統」とも言うべきものです。その中から、多くのものが生まれてきました。
 昨年から学部当局の「廃寮」宣言と熾烈な恫喝によって寮生数が4分の1にも減少してしまい、寮に足を踏み入れたことすらない学生が増えました。これは当然、学内交流の場としての駒場寮の在り方を破壊するものでした。これは、学内交流の阻害となるだけでなく、駒場寮が活気を失い、いわば干物化してしまう危機でした。駒場寮の「生きた」姿は、寮生だけでなく、寮外生との活発な交流抜きにはあり得なかったからです。
 そこで駒場寮自治会は、寮生につてのない学生でも駒場寮に居場所を持てるようにして、人と人との交流の場を回復するため、クラスルームを開設することにしました。クラスルームは、制度としては新たな試みでしたが、基本的には「廃寮」攻撃の中で学部当局に奪われた学生同士の交流拠点の回復を目指す試みでした。学部当局関係者は「廃寮反対運動は後ろ向きで何にも新鮮味のない守りの運動だ」などと中傷しますが、とんでもありません。学内寮である駒場寮を「廃寮」攻撃から守ることは、取りも直さず学内交流の拠点を守ることを意味します。そのように自主的に守り抜かれた可能性ある空間からこそ、我々にとって有意義なものが生産されるとの確信の下に「廃寮」反対運動があるのです。何でも既存のものを潰して「新しい」ものに置き換えればいいというものではありません。

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自由なサークルスペースとして


 寮生の部屋がその友人を中心とした交流拠点としても機能していた訳ですが、さらに交流に重点が置かれると、その部屋は事実上の部室となります。96年3月まで駒場寮に存在した全ての部室は、寮生が部屋登録した事実上の部室でした。このような利用状況の背景には、広い空間を24時間自由に使えるということだけでなく、駒場キャンパス全体のサークルスペース不足という実態が勿論あっ  たのですが、このような利用形態が可能となった理由は、まさに部屋内自治にあります。ある部屋内の寮生が部室的な利用形態を望めば、部室として使うことが出来たのです。それで、部屋全体が部室ではなくて半分だけ部室とか、登録寮生の最低限の生活部分以外が部室とか、いろいろなケースがありました。
 学部当局の「廃寮」恫喝によって退寮したサークルも多くありました。退寮の背景には、単にサークルが不利益を被るかも知れないというだけでなく、登録しだ寮生個人が不利益を蒙るかも知れないという危惧があったのです。我々はこの点についても考慮し、96年4月以降、寮生個人単位ではなくサークル単位でも部室を持てるように規定を変更しました。その結果、再び寮内に部室を求めるサークルが現れるようになりました。現在、駒場寮内に部室を持つサークルの多くは、この新規定に基づいて入寮しています。
 このような対策は、クラスルームの場合と同様、交流拠点としての学内寮の役割を学部当局の「廃寮」攻撃から守るために執られました。そのような対策が執られた理由は、単に交流の場の需要に応えるというだけでなく、それらの交流から得られた蓄積を基に寮自治が発展してきたからに他なりません。学部当局は、当局の管理が行き届かない、学生たちの「訳の分からない」場所を駒場から消滅させようとしています。「法的措置」で学部当局の「管理不行き届き」が強調されたのは、決して偶然ではありません。しかし、我々は学部当局の管理徹底化による自主的な多様性の切り捨てが、我々にとって有意義なものを生産するとは全然考えていません。学生から自主性を奪い、自主管理を潰すことに我々は強く反対しています。
 多様な交流を基礎にして、駒場寮の自主管理が成り立ってきました。それらが駒場寮の自主管理の質に大きな影響を与えてきました。駒場寮存続運動は、口先の反対に終わるのではなく、価値あるものを守り発展させようとする努力の中で続けられてきたのです。

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「非日常」拡大の拠点


 個々人の自主性がまず第一に尊重され、意志決定への関わりが全ての構成員のごく身近に保障されていること。これが自主管理の理想です。様々な寮生(学生)が寝起きを共にしながらお互いの意見を率直にぶつけ合う、サークル的生活や自主的なサークル活動が行われる、そのような営みが駒場寮に於ける自主管理の根拠をなし、自治を支えている訳ですが、そのような空間は、学内外を問わず極めて限られているのが現実です(から、希少価値があります)。しかし不完全な形ではあれ、駒場寮に存在する以上、自主管理の理想が非現実的だとは言えませんし、社会に対しても意味を持つ在り方である筈です。その意味で、このような在り方を「非日常」と呼んでみたいと思います。
 このような在り方が、何故駒場寮に於いて可能となったのか、その歴史的背景については是非とも考えねばなりません。単に、昔からの寮生の成果とは言い切れず、エリートのための特権的な閉鎖空間であったことの裏返しに過ぎなかったということもまた事実です(戦前の第一高等学校時代、寮生は地域住民を指して「世俗人」などと呼んでいた。そのような特権意識にアイデンティティの根拠を有した閉鎖的な共同体の「自治」は単なるエリートのママゴトに過ぎない)。そのような発想を否定しながら、自主管理の理想を広めていくことは、社会的な価値を持つ行為であると考えます。駒場寮は「非日常」拡大の拠点としての意義を持っているのです。そのささやかな実践が駒場寮祭です。

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寮祭での交流


 駒場寮祭は現在、年2回程度行われています。寮祭では寮内での自主的活動を学内外にアピールするのみならず、寮生でなくても運営スタッフに迎えることによって共同して場を創造することが追求されます。その「非日常」の共同経験の中から、新たな交流が生まれ、意味あるものが創り出されると考えます。
 93年、94年には寮食堂南ホールを利用した巨大なクラブを敢行し、それぞれ1000人近くの人が広く学内外から訪れました。また、95年にはアーティストの協力を得て寮階段を壁画で、会議室を眩いピンク色で埋め尽くしました。昨年は様々な企画が行われましたが、北寮前ステージでの寮祭ライブでは学内外から30近いバンドが参加したり、新宿野宿労働者についての講演会が行われたりしました(寮祭パンフの残部がありますので、希望する方は駒場寮委員会までお申し出下さい)。特に昨年の寮祭は、自主的活動をアピールしただけでなく、「廃寮」宣言後も寮が健在であることを印象付けるものでした。
 今後も寮祭は行われます。寮生・寮外生を問わず、寮祭実行委員会はメンバーを募集します。

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駒場祭と駒場寮


 毎年11月に自治の祭典=駒場祭が行われます。この駒場祭に少なからず駒場寮も貢献してきました。クラスやサークルでの駒場祭に向けた準備や打ち合わせの場として駒場寮は機能してきたのですが、それは、前回お伝えしたような、学生同士の交流・自主的なサークル活動の場として駒場寮が機能している以上、当然のことです。
 特に、広い空間を24時間自由に利用出来る駒場寮は、準備が夜遅くまでかかってしまう、或いは物品を多数保管する空間が必要な場合に不可欠の場所です。昨年も、文III劇場に参加するクラスをはじめとする駒場祭参加クラスがクラスルームを中心に、またサークルが短期部屋貸出などで駒場寮を利用しました。

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学部当局のウソ


 駒場寮が学生の自主的活動に利用されている実態を無視出来ないと見るや、学部当局は「寮内サークルスペースの代替」と称する「キャンパスプラザ」に「学生自治の基礎であるクラス活動のための空間」を作ろうなどと宣伝してきました。ところが、「キャンパスプラザ」はもともと「廃寮」後に寮内サークルを収容する目的で計画されたものですから、狭い総面積からして「クラス活動のための空間」とはなり得ません。この点について学部当局関係者に問いただしたところ、何一つ答えることが出来ませんでした。
 いまだに最近でも「クラス活動にも使える自由なスペース」を謳っていますが(『学生の皆さんへ97(2)』)、あくまでそれを強行するならば、サークルとスペースの取り合いになるのは必至です。我々は、学生同士が相争わせられることを押し付けるような学部当局の計画からは、学生の主体性に基づく自主的活動も学生自治もあり得ないと考えています。

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インカレサークル


 学外との交流に於いて大きな役割を果たしているのが、寮内のインカレサークルです。一口にインカレサークルといってもその構成は、大部分が東大生のものから社会人の方が多いものまで様々です。勿論、駒場寮以外にもインカレサークルはありますが、駒場寮での割合は高くなっています。これは部屋内自治が尊重されていることを示すものです。
 インカレサークルが学内外を繋ぐ交流に大きく貢献するための要因は二つあると考えられます。まず、部室という活動拠点があるということです。一般的に、部室は単なる活動の場にとどまらず、ざっくばらんな会話をする交流の場として利用されています。サークルは単にサークル活動をノルマとしてこなす場ではありませんから、この交流もサークルにとって非常に重要な要素です。駒場寮の場合、24時間自由に使える部室が確保されていることがインカレサークルの安定的な活動と交流を保障しています。学内サークルよりも連絡の取りづらいインカレサークルの場合、行けばいつでも開いている部室の有無はサークルの存廃に関わる問題です。しかし、駒場キャンパスでそれが可能であるのは 駒場寮や旧物理倉庫など一部に限られており、その希少価値は一層高くなっています。
 二つ目に、駒場寮に寮生同士の繋がりがあるということです。普段から寮生・寮内サークルの繋がりがあって、学外のサークル員がインカレサークルにやってくる。この繋がりこそが、インカレサークルの交流が単にサークル内で完結してしまうのではなく、寮全体との交流となっていく契機となっているのです。言ってみれば、1人の寮生・寮内サークル生を頼って駒場寮に行けば10人の知り合いが出来る、といったところです。
 以上の二つの要因からインカレサークルによる学内外の交流が活発である訳ですが、それらは駒場寮を潰してしまっては代替されない条件です。

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OBとの繋がり


 インカレサークルという手段でなくとも、学外の人に居場所を提供しています。駒場寮のOBが、後輩の部屋や元所属サークルに遊びに来るということはしばしばあります(但し4〜50年前の元寮生が勝手に元居住部屋に入ってくるようなケースは迷惑以外の何物でもありません)。既に社会人となったOBとの交流は、高校出たての経験未熟な学生同士の交流に知的な刺激や喝、一昔前の駒場のマル秘情報をもたらしてくれます。
 もともと駒場寮には、18歳の新入生から30を過ぎた博士課程まで、経歴の差も幅広い寮生たちが住んでいます。しかし皆学生という点は同じで一定の同質性を持っており、多様性にも限界があることは否めません。同じ学生の立場を経て社会人の立場からも意見を述べることが出来るOBとの交流はより正確に社会を見つめることに役立っています。
 OBとの交流は、学生自治にとっても意味があります。特に駒場では熾烈な進振りの末に僅か2年間でほぼ全員が入れ替わってしまいます。そのような駒場で学生自治の連続性を保つことは容易ではありません。しかしOBとの日常的交流があれば、我々の入学前の出来事をリアルに知ることが出来るのです。例えば、13年前に結ばれた「84合意書」が駒場寮で風化しないのもOBとの交流によるところ大です。
 駒場寮の「廃寮」は、駒場寮を拠点としたOBとの自主的な交流・学生自治の連続性の断絶を意味します。その断絶が、学生自治にとって有益か、一体誰にとって都合のよいことなのかという視点から「廃寮」問題を考えることも忘れてはなりません。何故ならば、我々の依拠する学生自治は、学部当局に与えられたものではなく、全てこれまでの学生の自主的活動の積み重ねであるからです。当然ながら、学部当局は都合の悪いことは何一つ教えてくれません。学生は学生自身の手で学生自治を引き継いでいかねばならないのです。それは単に現在の我々にとって、というだけでなく、将来の学生にとっても重大な関わりを持つ問題なのです。
 我々は過去に固執するために「廃寮」に反対なのではありません。むしろ、「廃寮」によって将来の学生たちの自主的な交流が断絶させられ、阻害されるような事態が彼らにとって不幸な事態であると考えているからこそ「廃寮」に反対しているのです。

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フリースペースとして


 駒場寮には寮生という住人がいるので、交流の質も固定化・限定化された空間であると思われがちです。確かに、定住者の存在に由来する相対的に強い共同体意識はありますが、その意識が決して内向的・閉鎖的なものではありません。定住者が寮外に対して閉鎖的であることに駒場寮としてのアイデンティティを求め、共同体意識の根拠を持つのであれば、非常に醜悪なことです(駒場寮に限らず、大学とか東大とかいったことにも当てはまります)。しかし駒場寮に於ける自治、または人的交流がそのようなものではないことはこれまでのシリーズで伝わったと思います。
 寮内外の交流から、社会に対する自己の位置・立場性が見えてきます。住処である寮にフリースペース、というのは一見矛盾するように思われますが、駒場寮が単なる寝泊まりの場に止まらず、開かれた交流をも目指す場である以上、互いに相容れないものではありません。そしてその「フリー」を保障する自主管理が駒場寮には存在します。交流の可能性を広げるフリースペース的要素は、駒場寮的交流に内包されていたものであるばかりでなく、「フリー」を保障する自主管理空間が学内外を通じて非常に限られている現状に於いて、駒場寮がフリースペース的役割を果たすべき責任は大きいと言えるでしょう。

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貸出施設を設置


 そのフリースペース的要素をどう具体化すべきでしょうか。考えるべきは寮生・寮内サークルにつてがない場合ですが、駒場寮に於ける交流に雄でも参加出来るような入りロが必要であることが分かると思います。そこで、我々は貸出施設を制度化して管理運営することを通じて、駒場寮をより開放的な空間とする努力をしてきました。会議室やコンパルーム、南ホールをはじめとする貸出施設がそれです(詳しくは別に配布されているビラをご覧下さい)。貸出施設といっても、それが駒場寮に於ける自治の一環として運営されているということがここでは重要です。実際に使う人々(寮生を含めて)の手によって、つまり実際に使う人々の立場から、駒場寮の貸出施設は管理運営されているのです。純粋に管理人の立場から学部当局が時間を区切って貸し出し、管理する施設とは、場の位置付けが根本的に異なる訳です。
 また、貸出施設という訳ではありませんが、駒場寮にはバーやカフェなどの公共的なスペースもあります。寮内の溜まり場でお茶や酒を飲むことも出来ますが、そのようなつてがない人でも気軽に立ち寄って駒場寮に触れることの出来る場として駒場寮総代会で設置が決められ、寮生・サークル員を中心に自主的に運営されています。

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仮宿泊制度


 駒場寮は居住空間ですから、当然寝ることも可能です。友人の部屋やサークル部屋に泊まるだけでなく、寝るあてのない人でも寝られるように、一泊200円で泊まれる仮宿泊制度があります。この制度も、単に寝場所を提供するという消極的な位置付けで運営されているのではありません。駒場寮に於ける昼夜を問わない自主的活動を寮生・サークル生などの一部の定住者で特権的に独占するのではなく、より広範な人々にそこへの参加の機会を提供して交流の可能性を生み出すものとして自主的に位置付けられているのです。
 この仮宿泊制度によって、学内外を問わずこれまで多くの人々が駒場寮を利用しました。駒場寮の仮宿泊があるから、物価の高い東京に来れるという地方の学生・院生も大勢います。また、フランス、ドイツ、ベトナム、韓国、アメリカ、イスラエルなどからの旅行者も訪れて国際的な交流が自主的に行われています。外国の学生寮には泊まれるケースが多いので、外国人旅行者に対して宣伝活動をしなくても泊まれると思ってやってくるのです。学部当局は「本学に関係ない者が寝泊まりすることによって不当に恩恵を享受するのは許せない」などと言っていますが、それは彼らが宣伝する「開かれた大学」や国際交流といったことと矛盾しているとしか言いようがありません。
 今年4月以降も、学部当局の執拗な廃寮」宣伝にも関わらず、既に百数十人の人が仮宿泊制度を利用して駒場寮で夜を明かしています(ここには存続運動支援のために来た人や仮宿泊部屋以外で泊まった人は含まれていません)。延べ日数で計算すればもっと多くの人に利用されたことになります。宿泊の需要に応じて自主的に創設・運営されてきた仮宿泊制度、それを生み出した駒場寮を潰すことには何らの正当性もないのです。



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4.まとめと今後に向けて



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有機生命体


 駒場寮が寮生だけの単なる寝泊まりの場ではないこと、まして学部当局が宣伝する「暴力学生の不法占拠」という貧しいイメージが見当外れであることは、お分かり頂けたと思います。駒場寮に於ける自治・自主的活動は、そこに住み、出入りする人の数だけの大小様々な要素が不可分に絡み合った上に成り立つ、創造的営為であり、かつ創造的営為であることを目指すものなのです。
 学部当局もこのことをよく理解していました。彼らは寮問題の早い段階から「居住機能は三鷹へ、サークルスペース機能は新サークル棟(キャンパスプラザ)へ」ということを謳っていますが、これも駒場寮の学生自治に於ける様々な要素の有機的結合を解体し、寮自治を骨抜きにした上で、駒場寮を叩き漬すという方針の現れに他なりません。「廃寮」と引き換えに「CCCL計画」という「絵に描いた餅」(何と40億円の募金が前提条件とされている!完成の見込みナシ)を用意せざるを得なかったのも、そのためです。学部当局が「廃寮」攻撃によって潰そうとしているのは、寮生の寝泊まりの場としての駒場寄宿寮ではありません。「廃寮」によって狙われた最大の標的は、自治制度を背景とした学生の自主的活動の有機的繋がりに他ならないのです。
 また、(我々は可能性がないと考えていますが)仮に寮自治や自主的活動の要素が部分的に「CCCL計画」に活かされたとしても、それらは何の意味も持ち得ないでしょう。現在の駒場寮に存在している有機的結合・それを可能とした寮自治の文脈から強制的に剥ぎ取られたそれらの断片は、既に「死んだ」かけらに過ぎなくなるからです。「未来に向けた建設的な意見を」という欺瞞的な合言葉の裏で、不当にも力尽くで解体させられ、部品として抽出された、という寮の「意義」の歴史を消し去ることは出来ないからです。

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取り替えはきかない


 寮という名を持つ駒場寮の内実は、駒場寮固有のものであり、詳しくはこれまで述べてきた通りです。ユニークであるということは、取り替えがきかないということです。また、このような空間が学内外を通じて非常に限られていることも、これまで述べた通りです。取り替えようにも、その代替となり得るものが、少なくとも学内に存在していませんし、また今後の「CCCL計画」に於いても実現することはあり得ません。何故ならば、「CCCL計画」は寮の意義を解体するものであり、しかも「廃寮」の不当性を正さずに駒場寮を継承することなど出来ないからです。
 学内には、学生会館や旧物理倉庫など、駒場寮以外にも学生が管理する施設があります。それらは当然、駒場寮とは異なる機能を果たしており、駒場寮の代替とはなりません。と同時に、学生自治に果たすべき役割を駒場寮と分担してきたのです。学生自治にとって他の学生関連施設が固有の意義を有している/取り替えがきかないのと同様に、駒場寮も固有の意義を有している/取り替えがきかないのです。学部当局は、「廃寮」問題を努めて駒場寮のみの問題に限定しようとしてきました。あたかも駒場寮生のみに関わる問題であるかのように宣伝してきました。しかし、学部当局がキャンバス「再開発」に名を借りて学生自治に大々的に介入しようとしているのは、「明渡し」仮処分で暴露された学部当局の本音を紹介するまでもなく明らかです。
 今こそ、取り替えのきかない駒場寮の意義について学生一人一人が真剣に考えるべき時です。もはや代替ではないことを承知の上で、あなたは、密接な交流の場より“出会いの広場”を、苦学生でも仕送りなしで住める場より教務課2階の拡大版“美術博物館”を、あるいは手作りのカフェより“国際会議場(劇場)”を、求めますか。
 潰すのは一度で済みます。しかし二度と建てることは出来ません。学生側が毅然とした態度で駒場寮存続を訴えるべき時期にきているのです。

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はじめに | 1.駒場寮が住処にこだわる理由 | 厚生施設としての駒場寮 | 「受益者負担主義」に反対 | 入試も経済的選別装置 | 学生が学生であり続けられるために | 学寮の必要性 | 2.自主管理空間としての駒場寮 | 制度としての駒場寮自治会 | 共同生活の意義 | 自主管理を支えるイレモノ | 寮自治を支える土台 | 3.寮内外の交流の場として | 寮外生との交流の場として | 自由なサークルスペースとして | 「非日常」拡大の拠点 | 寮祭での交流 | 駒場祭と駒場寮 | 学部当局のウソ | インカレサークル | OBとの繋がり | フリースペースとして | 貸出施設を設置 | 仮宿泊制度 | 4.まとめと今後に向けて | 有機生命体 | 取り替えはきかない | やはり学生自治の拠点 | 駒場寮体験のススメ|

やはり学生自治の拠点


 これまでお伝えした通り、居住空間を拠点して学生の自治・自主的活動が生活と断絶されることなく行われているのが駒場寮です。拠点が確保されていることと、それが生活に密着していることが、学生自治の拠点としての駒場寮の質を規定しているのです。ここには駒場寮が学内寮であるということが決定的な要因として働いています。
 駒場寮、あるいは駒場寮的なものは、キャンパス内でこそ実現されます。ところが学部当局の「CCCL計画」では、この点が見事に消し去られています。その計画は、学生たちのディープな拠点をキャンバスから一掃する“みんなの場所だけど誰の場所でもない”キャンパス像を描いています。そのような場を管理統制していくのは結局、管理者として立ち現れる学部当局なのです。駒場寮は、“みんなの場所でありかつ誰かの場所”です。寮生という核が存在し、同時に寮外にも開かれて、初めて学生自治の拠点たり得るのです。

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はじめに | 1.駒場寮が住処にこだわる理由 | 厚生施設としての駒場寮 | 「受益者負担主義」に反対 | 入試も経済的選別装置 | 学生が学生であり続けられるために | 学寮の必要性 | 2.自主管理空間としての駒場寮 | 制度としての駒場寮自治会 | 共同生活の意義 | 自主管理を支えるイレモノ | 寮自治を支える土台 | 3.寮内外の交流の場として | 寮外生との交流の場として | 自由なサークルスペースとして | 「非日常」拡大の拠点 | 寮祭での交流 | 駒場祭と駒場寮 | 学部当局のウソ | インカレサークル | OBとの繋がり | フリースペースとして | 貸出施設を設置 | 仮宿泊制度 | 4.まとめと今後に向けて | 有機生命体 | 取り替えはきかない | やはり学生自治の拠点 | 駒場寮体験のススメ|

駒場寮体験のススメ


 駒場寮の意義について、長々と考察してきました。しかし、それらの意義は冊子という紙切れの上で終わらせるべきものではありません。駒場寮がより多くの人により多様に利用される中で、それらの意義も生きてくるのです。逆に、利用される実態がなければ、いくら紙切れ上の意義が素晴らしくても駒場寮はひからびて死んでしまいます。
 「理想ばかり書いて、実際はどうなんだ」という声が聞こえてきそうです。我々にも羞恥心が全くない訳ではありません。しかし学生自治は既製品ではないので、むしろその過程とそこでの経験が重要だと考えています。皆さんと、駒場寮の意義を紙切れ以上に共有し、発展させていきたいと思います。駒場寮が“みんなの場所でありかつ誰かの場所”だからです。駒場寮体験を是非お勧めします。以下に駒場寮体験の方法をご紹介しましょう。

[1]駒場寮会議に参加しよう
駒場寮会議という寮生以外にも開かれた会議が不定期的に行われています。寮問題についての予備知識がないとちょっとつらいかも知れませんが、寮委員などが説明します。
[2]貸出施設を使ってみよう
クラス・サークルで場所が必要な時がありませんか。駒場寮には会議室やコンパルーム、南ホールなどの貸出施設があり、事務室での簡単な手続きで利用することが出来ます。また、短期間継続して場所が必要な時は寮委員会に相談してドさい。
[3]オープンスペースに行こう
駒場寮には自主的に運営されるカフェやバーなどのオープンスペースがあります。「寮といっても行く目的もないし・・」という方は、是非一度足を運んで下さい。
[4]駒場寮で寝よう
24時間自由に使える駒場寮の本領(?)は夜、発揮されます。終電がなくなりそうだ、という場合は迷わず駒場寮の仮宿泊制度を利用しましょう。毎年、生協前や学生課階段で酔っ払って凍えながら始発を待つ学生が寮生に救出されて駒場寮で寝ています。
[5]駒場祭で頑張ろう
クラスでの駒場祭参加にクラスルームは欠かせません。文III劇場に参加するならば、準備を始めてもいい頃です。クラスルームを120%使って自治の祭典を成功させよう。
そして何より、[6]寮生になろう
 「廃寮」攻撃の吹きすさぶ中、現在でも100人近い寮生が駒場寮に住んでいます。学内に住んでみることで、キャンパスの見え方も違ってくるでしょう。入寮募集については、入寮募集案内のパンフ、別途ビラなどをご覧下さい。
 皆さんの駒場寮経験は、寮自治・学生自治の発展にとって意味があるだけでなく、同時並行的に「廃寮」の不当性を撃っていくものとなるでしょう。しかしそれだけではありません。その経験は、何よりも皆さん自身にとって意味あるものとなるに違いありません。
 何となく入った駒場寮での経験が、その学生に何かを気付かせ、変えてしまう契機となることがよくあります。ファミコン大好き人間が、人前で喋るのが下手な人間が、堂々と意見を述べ、工事車両の前に立ちはだかるという自己表現をするようになる。レポートばかり書いていた学生がビラを書くようになる。社会について深く考え、市民運動に参加する。――─そもそも寮運動のために寮運動しているような人は一人もいません。個々人の切っ掛けはまちまちですが、少なくとも4年間で大学から与えられる以外のものがここに存在しているのです。個性を削り取られ、平準化されることへの無意識的な反撥が、自主管理の中で顕在化するのかも知れません。それは管理されることに馴らされてしまった我々が自主性を回復するという意味かも知れません。寮OBが存続運動を支援していますが、それはノスタルジックな動機からではなく、駒場寮経験が、彼らの人生に於いてある契機となっているからなのです。
 駒場寮は、あなたに開かれています。「必要とする人に駒場寮を!」駒場寮の自主管理は、今日も続きます。



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