「知」にたいするこれ以上の絶望をくい止めるために

「知」にたいするこれ以上の絶望をくい止めるために

すべての教養学部教官に問う──モラルなき「知」をあなた方は許すのか──



駒場寮生有志


 人に何かを教えようとする者は、人一倍学ばなければならない。しかし、人に何かを教えようとする者ほど学ぼうとしない──トロツキーはどこかでこんな意味のことを書いていた。『知のモラル』という書物の出版とほぼ同時に行われた、教養学部による駒場寮の電気・ガス停止という強制的手段の行使を目の当たりにして、わたしたちはトロッキーのこの言葉が文学的才能に恵まれた革命家のたんなる思いつきなどではなく、まさしく真実の一面を言い当てているのだということを思い知らされた。

1.教養学部当局の行った暴挙


 1996年4月8日、教養学部当局は、百数十名からの寮生が住む駒場寮の電気・ガスを停止し、渡り廊下をパワーショベルで破壊した。
 現在わたしたち寮生の大半は、夜になるとろうそくをともしての生活を余儀なくされている。急遽用意された発電機は廊下と、そして数部屋に電力を供給するのが精いつばいという状況である。寮風呂のボイラーは稼働させることができないから風呂にも入れない。自炊生活者ば米を炊くこともできない。4月とはいえ、まだまだ寒い日々が続いている中、暖房器具が全く使えない寮生の中には風邪で高熱を出した者もいる。
 今回のこの強制停電措置にたいしては、学生自治会・駒場寮自治会などの学生自治団体や駒場職員組合はいっせいに抗議声明を発表し、また小川晴久氏(教授、漢文学)など教授会内部からも強い抗議の声が挙がっている。こうした声にもかかわらず、依然として電気・ガスの供給を再開しない学部当局の態度にわたしたちは強い怒りを覚える。
 小川氏によれば、今回の措置は事前に教授会で「4月初旬に電気・ガスを止めます」という了承を得てなされたものではない。市村宗武学部長と三鷹国際学生宿舎特別委員会(小林寛道委員長)が独断で強行したものである。まずかれらの責任、その人道無視の態度は厳しく糾弾される必要がある。そしてもちろん、市村学部長らの強硬措置を追認し、かれらに全権委任している教授会総体の責任も間われている。

2.「二階建ての家」での思考──『知のモラル』


 ではいつたい、こうした強硬措置を平然と行使する教養学部の教授たちとはいかなる主体なのか。何を考え、いかに発言する人々なのか。
 おりしも「東大教養学部からの挑戦」として世に問われた「知の3部作」が4月10日の『知のモラル』発売をもって完結し、生協書籍部に山積みにされている。「知の3部作」は文系の基礎演習テキストとして編集され、小林康夫・船曳健夫氏が継続編集していることから、そこには駒場の教官たち多数の学問的立場が表明されていると考えて差し支えないだろう。小林・船曳の両氏といえば、学内では駒場寮廃寮派の急先鋒として、学部長と学生との交渉において学生に口汚いヤジを飛ばしてきたことでも知られる人物である。
 明かり心ない駒場寮から生協書籍部に気分転換に出かけたわたしたちは、『知のモラル』を読んで唖然とした。そこで開陳された「モラル」を語る言葉の美しさと、それらの言葉をロにする人々が現実にあらわにしている強権的体質の醜悪さのあまりのギャツプに……。
 「美辞麗句」の一つを引用する。

自分に対して倫理的に正しいという判断をあらかじめ持ってしまっていることほど、モラルとして醜いことはありません。そうではなくて、自らの行為が正当であるかどうかの保障がなく、確固とした判断基準もないところで、しかし、みずからを基準にするのではなく、あくまでも他者を基準にして自らの行為を考えようとすることこそがモラルです.
他者に時間を与えようとすること、
他者にコミュニケーションのための言葉を与えようとすること、
他者にその来来への「開け」を与えようとすること、
――そのような気遣いこそがモラルなのだと恩います。(14、15頁) 

 きわめてまっとうな指摘である。ここでいわれていることは、「駒場寮存続」の主張を掲げるわたしたちにも突きつけられている言葉でもある。往々にしてわたしたちも、自らの正当性を不動のものとして信じて疑わない語り方をしているかもしれない。そういった点についての批判には誠実でありたいとは思う。しかし! まだ話し合いによる解決がついていない段階であるにもかかわらず、電気・ガス停止という措置で強制的に駒場寮生をたたき出そうとしている教養学部の教官が、いったいどの面下げてこうした言葉を吐けるのか。「電気・ガスを復旧して下さい」という寮生の抗議を鼻先であしらい、「学部のやった措置は全く問題がない」などとほざいておきながら、「あくまでも他者を基準にして自らの行為を考えようとすることがモラルです」だと! 「オマエがいうな!」と、吉本の芸人でなくとも「ツッコミ」を入れるであろう。
 まだある。たとえば特別委員会のメンバーである小寺彰氏は次のように述べる。

法の名の下に公正の実現を妨げようとする態度はそもそも法の碁盤にある公正を掘り崩すものです。(中略)また国際法の内容が適切でないと考えれば、自らよりよい法や公正の基準を造る活動にも参加できることを忘れてはなりませんし、またしなければならないのです(47頁)

 たとえばハーバーマスの、「法はそれ自体にあらかじめ正当性があるのではなく、むしろ法は常にその正当性についての論証を必要とする」といった議論を踏まえるならば、ここで小寺氏がいっていることは当然導き出される事柄ではある。しかし、「国有財産法」を振りかざして駒場寮生をたたき出そうとすることは、「公正の実現を妨げようとする態度」ではないのか。またこの東大では国有財産法のみを基準にすることはできず、よりよい法や公正の基準が、たとえば「東大確認書」や「84含意書」という形で蓄積されていることを小寺氏が意識的に無視していることも問題である。その小寺氏は執筆者紹介の欄で「基礎理論と解釈実践のバランスをどうとるか、難しい問題です」などとご丁寧にも述べているのだから始末が悪い。「この難しい問題の解決に私は失敗しています」とつけ加えるのが読者にたいする親切というものだろうが、そのような気遣いを小寺氏に要求しても無意味なのかもしれない。
 あるいは竹内信夫氏は「(現在の)大学の内部構造そのものが古臭いもの」になっているという認識をもち、「権威と自尊のばっこする『知』の荒野」を批判する。そしてそのさいに自らの「東大闘争」体験なるものを持ち出す。しかし、それによりかれは自己の醜悪な身体性をはからずも露呈することになった。竹内氏はこのかん、「説得隊」なる駒場寮生追い出し工作隊の一人として、寮生に恫喝を加える先頭に立ってきた人物である。そんな人物がいったいいかにして東大闘争を語りうるのか。
 竹内氏も取り上げた「全共闘」が東大闘争で告発したのものは何であったか。それは、「進歩的知識人」と呼ばれる存在が、学問という土俵では「良心的」な発言をしながら、学内での学生にたいする不当処分にたいしては口をつぐんだことの犯罪性である。理論と実践のこのグロテスクな乖離をこそ全共闘は告発したのだ。一方で「知のモラル」を語りながら、他方で強権的体質も露に駒場寮生のたたき出しに狂奔するその態度、そしてそれを「矛盾」とは感じない竹内氏のような人物に見られる感性の貧困こそが全共闘が解体の対象として選んだ東大の象徴である。
 東大闘争を経て、結局東大は何も変わらなかったと竹内氏はいう。それはある意味で正しい。しかし竹内氏よ、あなたのいう「変わらなかった東大」はあなた自身がげんざい体現しているということに早く気付くべきではないのか。せめてその自覚を持つことが最低限の「モラル」というものではないのか。
 かつてカール・レーヴィットという哲学者は、「二階建ての家」という比喩で、一階では日本的にしか思考しないくせに二階ではヨーロッパの学問が紐に通したように並べてあるという日本人の知のあり方を痛烈に皮肉ったそうである。「知のモラル」を語りながらモラルなき自己には気付かない教養学部の教官たちの愚劣さは、レーヴィットが警告を発した日本における知のありようがはらむ問題性が、きわめて根の深いものであることを示している。

3.希望はどこに


 ただそこに存在そのものとしてあるようなマロニエの木を見て嘔吐するためには、なるほどサルトルのように現象学に通暁していることが必要であるだろう。だがしかし、『知のモラル』を読んで吐き気を覚えるためにはごく普通の感性があればそれでよい。それほどの臭気がこの書物からは発せられている。もっとも「普通の感性」なるものは、東京大学のような場所に長くいればいるほど失われてゆくものであるかもしれないが。
 つまるところ、「知のモラル」を振りかざす人々の醜悪さは、かれらにとっては出会うべき「他者」の存在にたいする緊張感が全くないところに根源があるように思われる。みずからのありようを全く省みることなく、「民主主義的からだ」(船曳健夫氏)などという言葉を「教える」位置にいると思いこむことのできる自己了解のくだらなさだ。
 ならばわたしたちもあえていおう、まことに駒場寮こそ、「他者」との出会いが様々に生産的でありうる場所なのだと。ここでわたしたちにとっての「他者」とは、げんざい駒場寮廃寮計画を強行せんとなりふり構わない暴挙に出た“敵”としての教養学部の教官たちのことをのみ指すのではない。わたしたち自身──すなわち「駒場寮生」としてくくられる主体──もまた、お互いにとって他者なのである。生い立ちも違えば将来の夢も違い、むろん寮をどのような場として捉えてゆくかといったことにかんしても考え方の全く違うもの同士が、とにがくも生活を共にし、寮自治の場で対立し、識論し、何かを決定し行動する──そのプロセスの中でわたしたちはたじかに、拙いながらもこの世界に「他者」として存在する者との出会いを皮膚感覚のレヴェルで経験した。そしてその経験はより広い世界とつながってゆくさいに必要となるものをもわたしたちに教えてくれた。今も昔も、駒場寮は、あるいは駒場寮の自治は、そうしたものとして他に替え難い価値を内包しているのだ。

 昨年12月の全学投票では4200人の投票で投票が成立し、その7割が「駒場寮存続」を支持した。にもかかわらずいよいよもって強権的手段により押し進められつつある「駒場寮廃寮計画」をめぐる紛争は、このままでは泥沼である。救いはどこにあるのか。『知のモラル』を題材として教養学部の教官たちの「知」の救いようのない腐敗についてこれまで述べてきたが、じつは『知のモラル』は、駒場寮問題の今後を考えるうえでの、ある貴重な経験についても教えてくれている。それは、残念ながらというべきか、教養学部の教官の書いた文章ではない。
 「成田空港問題の原因を究明し、その現状を明らかにし、あわぜて、社会正義に適った解決の道を見出すことを目的とする調査団」、通称「隅谷調査団」座長の隅谷三喜男氏の寄せた一文がそれである。隅谷氏の文章を要約すれば、

 三里塚空港反対運動は25年間こじれにこじれた。農民側(空港反対同盟)と運輸省両者にそれぞれの「知のモラル」があった。両者だけでは対話自体の成立が困離であり、調停機関がその間にたって両者の知の統合をはかられねばならないかもしれないという認識のもと、反対同盟からの推薦者2名と運輸省からの推薦者2名、そして両者からの推薦者1名の計5名で調査団を組織し、シンポジウムを何回か開催した。調査団では、運輸省側の計画遂行が強引であったことを強調する所見を発表し、それをうけて運輸大臣は陳謝する。そして運輸省は土地収容採決を取り下げ、話し合いにはいることができた。反対同盟と運輸省は「力による闘争」に終止符をうち、話し合いにはいった。

 ということである。ムリに「知のモラル」という言葉に引っかけて書かれているきらいもあり、また成田での話し合いがいかにして可能になったのかについての把握はやや歴史性に欠ける恨みがあるにせよ、ここには一人の誠実な知識人の体験が嘘のない言葉で綴られている。隅谷氏に文章を依頼した編集者の教官たちは、隅谷氏が批判した運輸省と同じようなやり方をまさにこの駒場でやっているような人々であるということは、あるいは隅谷氏にとつては気の毒なことかもしれない。
 それでも隅谷氏のこの一文は、わたしたちに救いの手掛かりとなるものを教えてくれる。むろん救いはそのままではやってこない。必要なことは、いまなお駒場に少なからずいるはずの良心的教官たちが立ち上がって隅谷調査団に当たるものを足下のこの駒場で立ち上げることである。もちろん同じように上手くいくとは限らないだろう。しかし、三里塚でも困難にめげることのない、当事者の粘り強い努力が結実して、「円卓会議」の成功があったのだということを忘れてはならない。
 『知のモラル』の冒頭に、「我々は何よりも希望を語りたい」と書いてある。最後にも「そして希望せよ」という言葉が記されている。学内では寮生や学生の希望を押さえつけるような行動をとっている小林康夫氏や船曳健夫氏のような人物にこうしたセリフをいわれると、わたしたちの誰もが白けてしまうしかない。なりふり構わぬやり方で寮生をたたき出そうとする者たちがしたり顔で「希望」や「知のモラル」を語って恥じ入るところがないとすれば、周囲にもたらされるのは幻減、悪くすれば「知性」一般にたいする絶望のみであろう。今なお「知」に何らかの希望を託そうとする者にとって、こうした欺瞞や偽善を許しておくことは、ばかげた自殺行為か、あるいはそれ自体が人間性にたいする冒涜である。
 絶望の手前で踏みとどまり、「知」を希望へとつなげるような仕方で語り含える教官がまだこの駒場にいることをわたしたちは信じている。

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