---------------------------------------------------------------第八弾 目次 CONTENTS 8 表紙 巻頭言 成瀬豊 2 駒場寮1997 3 清掃隊報告 4 キャンパス報告 5 石田雄一 8 陳述書 小川晴久 10 ギャラリーご案内 11 寮生インタビュー 牧野祥久 12 シンポジウム告知と原稿のお願い -------------------------------------------------------------------------- aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa 駒場寮経験をつなぐ討論紙 97/3/30 投稿歓迎 い ろ は 編集/発行: 駒場寮存続を支援する会 連絡先: 目黒区駒場3-8-1東京大学駒場寮北9S 電話: ***-***-**** **-****-****(呼) 共同代表: 成瀬 豊 (95,99期寮委員長) 千葉 毅 (110期寮委員長) aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa

(共同代表・成瀬豊)
| 3・29(土) | 明寮「不動産明渡し断行仮処分」強制執行 9時頃 101号館の動きの慌ただしさに、執行を察知。寮内に連絡。 執行官と執行補助者7人が寮に来る。ガードマン100人以上、教職員数十人を動員。私服刑事とみられる者も。 10時頃 弁護士が到着。債務者は明寮を出る。サークル寮生は占有を認められず。結果、債務者認定されていない学生4名が、執行官に居住(占有権)を認定される。住人が残ったため明寮の明け渡しは完了せず。 4名のもの以外の寮内の荷物は、作業員により一号館の中庭まで強制的に運び出される。そのためのトラックが十数台。住人のいない部屋は、すべて板を打ちつけられて封鎖。一階はフロアごと封鎖。その後、明寮の電気は止められて、寮内まっ暗に。正面・裏口を各20人ほどのガードマンが固めて、人が中に入るのを阻止。4名の住人と弁護士のみが通行を許される。以後、24時間体制で明寮周囲にガードマンが常駐。 6時頃 明寮前で、抗議集会。 7時頃 学生会館で弁護士の記者会見。『抜き打ちの執行は不当。執行費用は払う必要なし』。前日に寮から『自主的に出ていくので、強制執行するな』と交渉を申し込んだが、学部側は拒否していた。このことを、学部側は記者会見で否定。また、公然と嘘をつく。 |
| 3・30(日) | 明寮「仮囲いフェンス工事」阻止 7時頃 突然、ガードマンの数が増える。そこへ資材を積んだトラックが寮前に到着。明寮を取り囲むフェンスを張ろうとする。全寮放送をかけて、寮生・支援者が駆けつける。トラックから資材を降ろさせまいと身をもって抗議。ガードマンがそれを排除しようとして、寮前は騒然となる。 9時頃 膠着状態に。事態を通行人にトラメガで情宣。学部側の要請で工事業者が来ているにもかかわらず、特別委、職員など一人も出て来ず。寮生が呼び出す。 12時頃 特別委と交渉。工事中止を拒否され、話し合い決裂。 3時頃 トラック、あきらめて帰る。 4時 ガードマンは相変わらず常駐して明寮を包囲。 翌日は、トラックは来ず。 |
| 4・2 | 学部当局、明寮の窓の封鎖工事を強行するも、寮生らが阻止 |
| 4・10 | 明寮に2回目の明渡し強制執行。2名の占有者が不在のまま、執行を完了させる。請求からもれていた住人が1名いたが叩き出される。明寮へのフェンスの搬入は寮生が阻止。
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| 4・11 | 翌日の工事をめぐって、寮委員会と三鷹特別委が未明まで交渉。結局物別れに。 |
| 4・12 | 学部、明寮をフェンスで囲う工事を強行。寮生らが抗議するも、延べ450名のガードマンにより排除。この日のガードマンは強硬で、学生の中には、眼鏡を割られたり服を破られたりする者が出た。のち、特別委と交渉。
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| 4・13 | 明寮フェンス前で、毎年恒例の花見を開催。寮生、OBなど多数が参加。 |
| 4・17 | 特別委と交渉。 |
| 4・22 | 今春の強制執行について、寮委員会・学生自治会主催の報告集会。主に新入生に対して、弁護士らが経緯を説明。 |
| 4・25 | 特別委と交渉。「CCCL計画」のうち、北寮の敷地と重なる「スポーツスクエア」を今年度概算要求していることが判明。 |
| 5・2 | 特別委と交渉。 |
| 5・3 | 寮風呂の脱衣場が学部当局によって破壊されているのを寮生が発見。
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| 5・5 | 北寮0Sに寮自治会運営のカフェがオープン。昼間のみ、コーヒー・紅茶が飲める。 |
| 5・7 | 特別委と交渉。「スポーツスクエア」の概算要求を取り下げるよう要求。 小林委員長はその可能性はある旨の発言。寮側、寮風呂の取り壊しへの反対を表明。 |
| 5・8 | 『ロッキン・オン・ジャパン』取材でミュージシャン・藤井フミヤが来寮。寮生が寮内を案内。 |
| 5・10 | 寮内および周辺を大掃除。1年生のクラスルーム利用者を中心に100名あまりの参加を勝ち取る。北寮前や南ホールなどが見違える。参加者にタイカレーをふるまう。夜、寮風呂などで交流会としてクラブ・イベント開催。 |
| 5・14 | 特別委と交渉。 |
| 5・21 | 北ホールで、佐高信と宮崎学の対談。「パーフェクTV」が番組として放送予定。 |


石田雄一(83年入学)
ヨハネス・グーテンベルク大学のあるマインツ市は司教都市で、それ相応に神学部を中心とする大学が古くからあった。しかし、18世紀の末にフランスに占領されたときにナポレオンによって大学は閉鎖され、それ以後一世紀半にわたってマインツに大学は存在せず、グーテンベルク大学は第二次大戦後に再びこの地を占領下においていたフランスによって設立された新設大学である。ドイツの大学は通常町の中にあって各学部ごとに建物が散在しており、キャンパスというようなものは特にないが、マインツのように戦後に郊外に建てられた場合には、一応日本と同様に大学が一つのキャンパスにまとまっている。駅から町の中心とは反対の方向に五百メートルほど歩き、墓地の横を通り過ぎるとそこに大学の敷地がある。入るとすぐに巨大な城門のような建物があって、ドイツ人学生は「ナチ兵舎」などと呼んでいた(ただし、実際にはフランス占領軍が戦後に用いていた建物らしい)。この建物はコの字型になっており、中庭にはマインツ市の都市貴族だったヨハネス・グーテンベルクの像がある。今ではこの建物の一階、二階には大学の事務室があり、その上の屋根裏が学生寮になっている。日本人の常識では実に奇妙なもので、ちょうど、駒場の教務課の上に学生寮があるようなものである。二人一部屋で、毎日ここを通るとピアノやその他の楽器の音が聞こえ、よく問題が起こらぬものだと考えてしまった。キャンパスのなかには家族持ちの学生のための寮もあり、それは比較的贅沢な建物である。
牧野祥久の巻| Q. | まず略歴から。 |
|---|---|
| A. | 1969年1月22日生まれです。出身は杉並、小・中・高と地元の公立学校で、高校(豊玉高校)はあまり行ってなかったけれど、ギリギリ留年せずに卒業しました。その後フリーターをしながら小金を貯め込み、突然勉強する気になって、1992年、晴れて理科類に合格、入学しました。 |
| Q. | 突然勉強する気になった理由は? 高校時代そんなにしてなかったんでしょ。 |
| A. | 数学と物理は得意な計算とパターン暗記で、化学は結構覚えてて高校時代からできて、勉強すりゃウカるかな、と。で、ウカったと。最初、大学に入りたくなかった。というより、働きたかった。兄貴もそうだった(高校→フリーター→東大)。ああこんなのもありなんだ、と。で、ブラブラしたり働いたりして、いよいよ、じゃ大学でも行くか、と。ちょうどバブルが崩壊して、仕事(警備員)も厳しくなるぞ、と。今は若くて健康だから何とかなるけど、将来は…とか。あと、金貯めて何かしようと思っていたんだけど、何ともならない。というか何していいんだかわからない、と。で、とりあえず勉強して、大学受けるか、と。で、俺、東京に住んでバイトとかその辺のこともわかってるから、東大かな、と。 |
| Q. | なるほど。ま、受かってよかったですね。駒場寮にとってもね。で、合格後入寮して、その後寮委員長(129期)になるまでの話を…。 |
| A. | まず入寮は兄貴に勧められて、入寮案内を読んでみた。そしたら@安いA近いB広いC設備が整っている(風呂・電気温水器など)で、これはいいと。授業料も生活費も全部自分で稼いでいたから、特に安い・近いというのは魅力的だった。入寮して、“自治”といってもよく分かんなかったんだけど、高校のときから革命運動に興味があって、いつか自分が投獄されるのか、と漠然と思っていた。寮に入って、総代会に出席したり、寮委員長選挙があったりして、特にボス選は対立候補が立って(もちろん争点は「廃寮」問題)、自分も駒場寮の問題について真剣に考えるようになった、と。で、当時の寮委員会は「『廃寮』反対!」と口では言ってるんだけど、本気でやる気があるのか、と。で、じゃ俺がやるか、と。他にいねーし。てなわけで、129期(’93年2月〜)の寮委員長に信任投票を経て選ばれた。 |
| Q. | 圧倒的な信任だったと覚えているんですけど。寮委員長をやって、どうでした? 大変だったこと、良かったこと。 |
| A. | 大変だった、というか、自分の限界、自分がどういう者か、短所・長所など、何となくわかっていたけれどそれを再確認した、と。 |
| Q. | で、どういうヤツだったんですか? 牧野祥久という男は。 |
| A. | 俺って真面目なんだけど…やっぱり不真面目だな、と。 |
| Q. | 僕はもう分かってるんですけど、読者にも分かるようにお願いします。 |
| A. | 本当に、真面目にやっているんだけど、あんまり「いいカッコしよう」とかいう意識がないんで、そのうちフニャ〜っと飽きたり、ダラダラしてしまったりする。根性がない? |
| Q. | 寮委員長時代は本当にご苦労だったと思います。でも君のお陰で今の駒場寮がある、まだ残っているというのは事実だと思います。で、寮委員長をやめた後、今にいたる5年間について一言。 |
| A. | 寮委員長やめた後もずっと寮委員やっているんですけど、運動の中心にいつつ、頑張ったり日和ったり。その後の寮委員長達の期待に答えたり裏切ったり、と。…で、まだいる、と。 |
| Q. | まだいられるんですね。ちなみに私は駒場に6年いましたけど。君もいよいよ6年目に突入、と。ま、これから勉強すればなんとかなるでしょ。最後に個人的な趣味とか将来の展望について。 |
| A. | 趣味はマージャン。寮の麻雀大会で優勝1回、2着が1回。将来の野望は、暖かい島でノホノホンと暮らしたいな、野望と言えるのかどうか分からないけど。まっ、あんまり働きたくないな、と。 |
| Q. | それは僕もそう思います。…それじゃ、今日は色々とありがとうございました。 |
(聞き手・柏木信泰 1997・5・9)
| 日時 | 6月22日(日) 13時 |
|---|---|
| 場所 | 東京大学教養学部 900番教室 |
| パネラー | 隅谷三喜男(元東京女子大学学長・東大名誉教授) 小出昭一郎(元山梨大学学長・東大名誉教授) 田中 秀征(元経済企画庁長官・32期寮委員長) 長谷川和彦(映画監督) 寮生・サークル生 他・多数 |


====================================================== 駒場寮という名の渾沌に一穴もあけさせまじ 「駒場寮存続を支援する会」からすべての仲間の皆さんへ。 駒場寮存続のための支援と協力と参加を呼び掛けます。 1996.4.28 「駒場寮経験者」 ======================================================