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---------------------------------------------------------------第七弾 目次
CONTENTS 7
◯巻頭言 千葉 毅‥‥‥‥‥1
◯駒場寮 1997‥‥‥‥‥2
◯提言 編集部‥‥‥‥‥4
◯ドキュメント 明渡し仮処分審尋‥‥‥‥‥5
        学生意見陳述/法的権原の所在/予算の執行期限/
        建設予定地/保安・治安上の危険性
◯寮生インタヴュー 第5回‥‥‥‥‥14
◯存続を支援する会の活動‥‥‥‥‥16
        寮フさんを新規雇用/地裁へ「慎重審議」を申入れ
◯キャンパス報告4 J・T‥‥‥‥‥19
◯明渡し仮処分関連資料‥‥‥‥‥24
        寮生への恫喝文書/高橋宗五陳述書(抄録)
        /成瀬豊陳述書/国側疎明資料リスト
◯カンパと年会費のお願い‥‥‥‥‥35
◯花見への誘い‥‥‥‥‥36
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駒場寮経験をつなぐ討論紙        97/3/30 投稿歓迎

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   ろ
      は

編集/発行:    駒場寮存続を支援する会
連絡先:        目黒区駒場3-8-1東京大学駒場寮北9S
電話:          **-****-****(呼)
共同代表:      成瀬 豊        (95,99期寮委員長)
                千葉 毅        (110期寮委員長)
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−第七弾−


 国・大学側の不動産明渡し断行仮処分申請申立てを受け、東京地裁にて 当事者の事情を聞く審尋が開始されました。キャンパスプラザの図面を出し渋るなど、一回目の審尋で早くも論拠が揺らぎ始めた国・大学側は、二回目審尋に先だち、債務者として挙げたうちの三名を取り下げてきました。
 二回目の審尋では、本紙今号の記事にあるように、国・大学側の論拠は崩壊し、裁判所もいったんは和解を勧告。しかし、国・大学側はこれを一蹴し、審尋は打ち切られました。
 3月19日、国・大学側は北・中寮建物、および渡り廊下の一部を、明渡しの対象から外してきました。そして、25日には、国側の意向を酌んだ決定が地裁より出され、この号がお手元に届く頃には、明寮および付属の渡り廊下の明渡しの仮処分が執行されることになります。非債務者として、本来は明渡しの対象にならない寮生が明寮に住んでいる以上、執行後即座に明寮取り壊しとはいかないはずですが、教養学部当局のこれまでの暴挙を考えるに、事態は楽観を許しません。
 寮生・学生の闘いはまだまだこれからです。今後とも駒場寮に、一層の支援と注目を!
 新入生を迎えた、桜咲く駒場寮でお会いしましょう。---

千葉毅(CHIBA,Takeshi)

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北・中寮前のさくら
97.3.20写真・千葉
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■駒場寮 1997

2.5国が明渡し断行の仮処分を申し立てる
2.17早大理工学部入試。受験生にビラまき
2.20法務局より寮務室に「不動産仮処分命令申立書」「疎明資料」が届く
2.21早大政経学部入試。受験生にビラまき
2.25東大前期二次試験。駒場・本郷の正門前で、受験生に入寮募集パンフを配る。教養学部長 大森彌が、個々の寮生に対して、3月5日までに明け渡さなければ、執行費用や損害賠償を請求するつもりであるという恫喝文書(本号24ページに掲載)を郵送
2.26東大前期二次試験。受験生に入寮パンフを配る。当局のスパイ学生が情宣を妨害する
夜、寮で「受験生お疲れ様コンパ」
2.28早大第一文学部入試。受験生にビラまき
3.5翌日の審尋にむけて、徹夜で作業が続く

(写真・足達)
3.610時から東京地裁で第一回審尋が開かれる。本来は非公開が原則の法廷だが、弁護士の弁護士の申し入れによって寮生・支援者50人が傍聴。国側は審尋の打ち切りを要求、しかし寮側の代理人が強く求めて、18日に2回目の審尋を開くことを約束させる
3.10東大前期合格発表。入寮パンフを配る。
夜、寮で「合格おめでとうパーティ」
3.11国側、キャンパスプラザに関する資料を地裁に提出
3.13地裁前と霞ヶ関一帯でビラ撒き。受け取り良し。夕方、寮生有志が駒場で開かれた教授会に対して抗議行動。東大後期二次試験会場に情宣
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第一回の審尋の朝
北寮前(写真・足達)
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3.14地裁前でビラ撒き。東大後期二次試験。
夜、寮で「受験生お疲れ様コンパ」
3.17寮フさん、仕事始め。寮務室周辺がきれいにかたづく
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きれいになった寮務室
(写真・千葉)
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3.182時から地裁で第二回審尋。これで審尋打ち切りが決定
慎重審議を求める97年度新入生を含む2000筆の要望書を提出
3.19地裁前でビラ撒き。地裁職員にも本件はかなり浸透している模様
国側、北・中寮について明渡し申請を取り下げる
3.21地裁前でビラ撒き
3.23東大後期合格発表。夜、寮で「合格おめでとうパーティ」
3.24地裁前でビラ撒き
3.25地裁、明寮明渡しの断行仮処分を認める決定を出す
3.26北寮前で記者会見

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特別委の失敗をあらたな対話への転換点に

                編集部
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 以下に紹介するとおり、国側は、駒場寮への寮生の居住を、(1)キャンパス・プラザ建設(2)保安・治安上の危険防止、など公益を損なうものと主張し、寮自治会ほか48名に駒場寮を緊急に明け渡すことを要求してきました。しかし審尋において国側は、当然明らかにすべき緊急性の根拠を示すことすら回避し続け、寮側が主張した、大学側と寮自治会との寮運営に関する合意についても有効な反論をすることができませんでした。その結果、緊急性の立証に自信を失った国側は、申立て趣旨を変更し、北・中寮の明渡し申立てを取り下げざるをえなかったのです。
 この結果、不当にも明寮に居住する債務者への明渡し決定は出されたものの、明渡しを求められていない明寮寮生、そして北・中寮は残ることになりました。そもそも全体計画に予算がつく見通しすら立っていないCCCL計画は、実質的な破綻を迎えようとしています。
 このことは、永野評議員を筆頭とする三鷹特別委が進めてきた「三鷹計画」の強引さとズサンさの帰結です。そもそも寮生との合意を無視した廃寮計画の決定、寮自治会、学生自治会など数々の廃寮反対決議や廃寮反対ストライキの無視、全学投票による反対を無視した電気・ガス供給の強行停止、寮生に対してチェーンソーを振り回して強行した96年4月の「渡り廊下破壊」、同年9月のいいかげんな債務者認定、そして「学内合意の尊重」を謳いながら、寮生との話し合いを拒否して仮処分裁判に訴えた姿勢。これら一連の彼らの姿勢が、駒場寮問題をこじらせた元凶なのです。
 バブル時代に構想された跡地計画の無謀さに気付き、寮と学生側が一貫して求めてきたCCCL計画の凍結と再検討を開始する時期に入ったといえるでしょう。


■ドキュメント 明渡し仮処分審尋


地裁での審尋は、裁判官を議長として、寮側弁護士と国側代理人が、駒場寮を明け渡すことの必要性について論戦を交えるという形で行われました(二回、各二時間)。
法廷内には、寮側として弁護士四人と寮生数名、国側として法務局の役人、永野評議員、右松学生課長など八人が着席、傍聴席は寮生や支援者など数十人で満席になりました。

論戦のポイント
  1. 駒場寮を廃止する権限を国がもっているのか、一方的な廃止決定は69年確認書、84年合意書違反であり、学生の自治を踏みにじるものではないのか、
  2. いま緊急に三棟とも取り壊す必要に迫られているのか、大学が計画しているキャンパス・プラザを建てる予算の執行期限はいつまでなのか、
  3. キャンプラの敷地は寮の建物とどのくらいの面積が重なることになるのか、
  4. 緊急に明け渡さなければいけないほど、寮はいま危険な状態なのか、

0. 学生意見陳述

1. 法的権原の所在

2. キャンパスプラザ予算の執行期限

3. キャンパスプラザ建設予定地

4. 保安・治安上の危険性

5. まとめ


■寮生インタビュー(第5回)


■「存続を支援する会」の活動について


  1. 寮フさんを新規雇用  95年に学部当局によって引き起こされた寮フ・スパイ事件(*1)により、寮フ制度が廃止されて以降、電話番などの寮務室の仕事は寮委員や寮生が行っていました。
     ところが、たまたま寮務室やその近くにいた寮委員や寮生が自発的に電話の取り次ぎや郵便物の分配を行うことに頼っていたため、どうしても電話や郵便物が滞りがちになったり、寮務室の清掃が不十分で新聞・雑誌・ビラなどが散乱しがちだったことは否めませんでした。
     今回、97年度の自主入寮を貫徹し成功させるため、そして寮生活のいっそうの充実をはかるために、「支援する会」からの提案により、駒場寮自治会は寮務室を抜本的に整備すること、そのために寮務室に常時在室して寮務室関係の仕事がなされるように寮フ制度を復活させることを3月総代会で決めました。
     財政上、駒場寮自治会単独では雇用できないため、駒場寮自治会と寮フ雇用に賛同する資金拠出団体(実際上は「支援する会」)により駒場寮厚生会が設立(理事長は寮委員長が兼ねる)され、その駒場寮厚生会が寮フを雇用する形態となります。「支援する会」としては寮存続のためのインフラ整備の一環と位置づけ、駒場寮厚生会の財政の半分強(毎月約5万円)を支えることを決めました。会員・支援者の方も、寮フ制度の維持のため、ぜひとも毎月継続したカンパをお願いします。
     すでに、寮フの人選や厚生会の設立手続きも終わり、寮フさんは3月17日から寮務室での勤務を始めています。当分の間、寮フさんの勤務時間は平日の12時から18時までですので、支援者の方もぜひ寮務室に顔を出して下さい。整備された寮務室に驚きながらも、寮フさんの笑顔に心和むことでしょう。
      *1:当時、学部当局によりすでに入寮募集が「停止」されており、自主入寮募集による寮生への攻撃を防ぐため、入寮者の氏名を公表していなかった(学部へは人数のみ報告)。それに対抗して、学部雇用であった寮フさんに学部当局が圧力をかけ、寮生名簿を盗み出させたのが寮フ・スパイ事件である。なお「寮フ」は、女性の場合「寮婦」、男性の場合「寮夫」とも書くが、特別に性別で分ける必然性がないため「寮フ」とカタカナで表記した。(成瀬)
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    ここが寮フさんの仕事場
    (写真・千葉)
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  2. 地裁へ「慎重審議」を申入れ  国側が強硬に審尋の早期終結を主張する情勢下、支援する会では寮委員会との連名で「慎重審議を求める申入れ」を集約し、3月18日に行われた第二回の審尋の際に地裁に提出しました。
     いろは読者の皆様には、3月9日付けで郵送にて「緊急のお願い」を送らせていただきましたが、短期間にもかかわらず、郵送や電子メールを通じて142名の方に賛同・連名を頂きました。また、寮生に対するさまざまな激励のメッセージ、そして支援する会へのカンパを2名の方から2万円いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。


    申し入れ
    1997年3月18日
    東京地方裁判所民事第九部 御中

    (氏名省略)
     私たち142名は、東京大学及び国が、駒場寮自治会、全日本学生寮自治会連合、東京都学生寮自治会連合の3団体、および寮生など個人46名を債務者として申立てている明渡し仮処分の審理について以下のように申し入れます。

    一 明渡し仮処分の緊急性は存在しない

     国側申立書は、債務者らによる駒場寮の暴力的な「不法占拠」による危険、キャンパス・プラザ整備計画予算の執行の必要性などから緊急に明渡しが必要だとしています。しかし、申立書にいう暴力的な「不法占拠」は全く根拠のないものであり、寮生は通常の生活を送っているにすぎません。また、予算の執行に関わる緊急性についても、いまだどのような工事がいかなる手順で寮の敷地に対して行われるのかすら明らかにされておらず、明渡しの緊急性を証明する根拠としては極めて薄弱です。ゆえに明渡し仮処分の申し立ては却下されるべきものです。

    二 この問題は仮処分で解決すべき問題ではない

     そもそもこの問題は、東京大学が寮生との合意事項を踏みにじり、秘密裡に廃寮計画を決定し、その後も東京大学が寮生と真摯に話し合い合意するための努力を怠ってきたことに原因があります。その間の経緯は、債務者側から提出した資料および陳述書に明らかです。したがって、問題の真の解決は、東京大学が計画決定以前に立ち戻り、債務者との間で、東京大学のキャンパスと駒場寮の将来について再び話し合うことによってしか生まれません。結論を急ぎ、単なる行政手続きとして処理すべき問題ではないのです。

    三 慎重かつ充分な審尋をお願いします

     貴裁判所が、国側代理人の強硬な即決要求を退けた先日の審尋における訴訟指揮を貫かれ、債務者の人権に配慮した公正な審理と、債務者ひとりひとりについての十分な審尋を行うようにお願いします。

■海外からのキャンパス報告シリーズ 4


今回の北米大陸からの報告で、世界5大陸のうち3大陸が制覇されました。アフリカ、ラテンアメリカへの留学経験者の方からの報告をお待ちしています。東京大学は、これらの報告を読み、自らの廃寮計画がどれほどの損失をもたらすものなのかに気づき、直ちに計画の撤回、寮生への謝罪を行うべきでしょう。今回は、ペンシルヴァニア大学から、J・Tさんに寄稿していただきました。


ペンシルバニア大学 都市・地域計画学科助手/大学院生
82-85年在寮 元98期駒場寮副委員長 J・T


大学という名のビジネス

 小生の在学する
ペンシルバニア大学は、米国東海岸のペンシルバニア州フィラデルフィア市に位置し、ちょうどニューヨークとワシントンDCの中間にある。いわゆるアイビーリーグの一つでもある。かつて野口英世が医学部に留学しており、「トムハンクスが映画『フィラデルフィア』でエイズの資料を探していた図書館のある大学」というと最もわかりやすいかもしれない。創立が1740年で独立より古く、当然私立である。ということは、授業料がとても高い。3月17日号のTIME誌は、私立大学の高い授業料の特集であり、ペンシルバニア大学が最もわかりやすい例として、写真入りで紹介されている。普通に勉強して大学、大学院とも授業料だけで年間2.2万ドルはかかる。したがって、大学4年間でかかる授業料で、中古の立派な家が買える。ただしこの「立派な家」は日本の立派な家より、かなり立派である。また、幸か不幸か受験産業がないので、家庭教師、塾の先生なんていう割のいい学生バイトはない。一般の時間給式のバイトを探さざるを得なく、$10/時以下のものしかない。昔どこかで聞いた「アメリカの学生は大学生になると自立して、自分でバイトしながら生活費と学費を稼ぐ」ということはもうあり得ない。大学院になるとかなり親のスネも細くなるのか、連邦政府からの奨学金を得ている者も多い。これも、かつての日本育英会のような利率0%なんて甘いものではなく、市場金利で借金が膨らんでいくのである。しかもアメリカの金利は高い。
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ペンシルヴァニア大の鳥瞰図
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 それでも、学歴に対するコストは惜しまない。これはアメリカの求人方法に大きく影響されているおり、日本のように、修士を出ても学士+2年分の給料しかもらえないということはない。逆に、管理職的ポストには、修士以上の学歴が要求され、加えて経験何年という明確な基準がある。特にMBA(経営学修士)についてこのことは言え、MBA 2年で10万ドルのコストがかかったとしても、ウォール街でヤッピー仕事にありつけば、すぐに10万ドルの年収が待っている。人種が分かるので、履歴書に写真を貼ってはならない。性別も年齢も書かなくて良い。人種、性別、既婚・未婚による差別は行ってはならない以上、学歴による選別は大いに行われているのだ。
 したがって、「教育の機会均等」という言葉の意味は違う。日本では「機会均等」とは貧しくとも、高等教育を受ける権利を指すが、ここではminorityでも「お金を出せば」等しく大学に来れることを言うのであって、お金がなければ自分でスポンサーを捜してから来てください、ということになる。大学内の奨学金が多いように伝えられるのは、スクールにより貧富の差が激しいため、ビジネスと直結しているMBA法律コミュニケーションのスクールで、企業・個人の冠奨学金が多いだけのことである。例えば、ペンシルバニア大学のMBAスクール、ウォートン校では、野村証券、ニッセイがスポンサーになって、冠講座を作り、"Nomura Professor of Accountng and Finance"という教授ポストが出来ている。当然、かかる企業が派遣する学生は、会社の名前を書くだけで「多大なる優遇措置」を受けるのであろう。そのほか、特定のマイノリティグループをソースとしている奨学金があるだけで、大学側が供給している奨学金は極めて限られたものである。
 大学は学歴を生産する産業であり、ビジネスの論理が徹底している。客(学生)を集められない学部は歴史があろうと教授がいようとお家取り潰しの憂き目に会う。放り出された教授は、他大学にポストを探すか、似たことをしている他学部に引き取ってもらう。逆に儲かる仕事に就けるスクールには、授業料が高くても学生が集まり、寄付を集められ、高い給料で有名教授を引き抜いてこれる。

露と消えたスレッド

 電子メールを読むためにサーバーにログインすると、最初に容疑者の写真のありかを示すURLが表示される。ロシアから来た化学者スレッドがハロウィーンの夜に、学校から2ブロックの路上で物取りにあって刺し殺されたのだ。大学がこのWantedにかけた懸賞金は1万ドルで、写真公開から数日後に逮捕された。
 新学期が始まると、何故か大学での犯罪が増える。新入りが心得ていないのか、過剰反応なのか、はよくわからない。日刊の大学新聞には、「昨日の犯罪」コーナーがあって、日に2〜3件は、キャンパス内・近所で起きた犯罪がレポートされている。大きな組織は独自に警察を経営し、鉄道は鉄道警察、郵便は郵便警察を有し、大学は大学警察(University Police)を運営している。別に地域の警察の介入から大学自治を守るために独自の警察を運営してるのでもなれれば、東大ゲバ職みたいに学生運動対策でもない。地域の警察があてにならないので、独自の警察を雇っているのだ。加えて、非武装のガードマンも大量に雇っている。
 都会にある多くの大学が似た問題を抱えている。古い大学ほどダウンタウンにあるので、問題はより深刻だ。NY州の小都市に位置するコーネル大学にいる友人の自慢は、「この大学のキャンパスでは、まだ殺人は起こっていない」である。大学で殺人事件が起こるたび、同じパターンの議論が繰り返される。犯罪の少ない郊外へ引っ越した方がいいのか?都心にある利点を捨てるのか?これまた答えはいつも同じで、都心にある利点は犯罪の多さによる欠点を上回る、と。大学のあるフィラデルフィアという街は決して安全な街ではない。
 都心にある利点としてよくあげられるのが、地域で実際に働いているプロに教えを乞うことのできること、また、実際の街に自らの考えを投げかけていくことが出来ることが上げられている。例えば、小生のいる 都市計画学科では、常勤の教授の授業より、非常勤講師(主に実際のコンサルタント、市計画委員会スタッフ)などの持っている授業が多く、プラクティカルな内容のものが学生に好まれている。逆に言うと、学科が「安くあげる」ために、非常勤を多くしているのだが。また、演習などの対象とされるサイトも、低所得者層の住む地区を如何に活性化させるか、といったものが多い。したがって、当学科や建築学科では、郊外に移転することに、極めて消極的である。大学が地域とのつながりを失えば、当然大学の人気が落ち、アイデンテティーも失われる。

学生寮 築100年!

 小生は既に二人の子持ちなので、残念ながら学生寮に住む機会を逸してしまった。大学には、大学生レベルと大学院生レベルで、まったく別の寮がある。寮とされるものは総てキャンパス内にある。キャンパス内に寮があることがキャンパスの夜間の安全性を高めることに大いに役立っており、大学側も動かす予定はない。大学生レベルはあまり勉強しないし、駒寮的に酒を飲んで騒ぐので、とても院生と一緒に住めないのだろう。大学生レベルの寮Quadrangleは、大変に印象的な建築物で、築100年、何度も改修・修復を重ねて今日にいたっている。今年度の改修は、インターネット時代に向けた高速回線(ResNet)の各部屋への導入で、これによってCATV、ISDNレベルでのインターネット接続が可能になるそうである。もちろん、取り壊そうなどという話はなく、大切に使っていくことによって、大学のアイデンティティーも維持されるということのようだ。裏を返せば、古い建物を壊せばOB/OGの帰属感が薄まり、寄付を集めにくくなるということである。
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ペンシルヴァニア大学学生寮
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 院生レベルの寮は、高層アパート群になっており、個室3つに風呂、便所、キッチンなどの共用設備がついて一つの部屋になっている。一つの部屋に住むのは同性である以外に何の共通点もなく、人種、国籍、年齢がバラバラである。当初ランダムに部屋割りされるため、居住者間に大変な軋轢が生じるそうである。特に、キッチンでのにほひ、バスの使い方、室内での宗教活動、などで揉めることが多い。分かっちゃいるけど、ちょっと、といったところだろう。結果として、部屋替えに際して、マイノリティグループで固まってしまうことも多い。しかし、留学生の中で最大数を誇る東アジア系(日台韓)は、我慢になれているのか、英語の鍛錬と思っているのか、出身国で固まるのを潔しとしないのか、結構バラバラに住みついている。
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ペンシルヴァニア大学院生寮
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 寮生間の交流は活発であるが、日本で言う寮自治に相当するものは一切無い。入退寮も全く民間のアパートと一緒である。違いは学生の身分を持った者でないと入れないこと、ぐらいなものか。いずれの学寮施設も残念ながら近隣の民間アパートより若干高い家賃を必要としている。

学生運動の無いキャンパス

 立看・ビラ類が一切無い。各種のデモンストレーション等はあるが、いわゆる「デモ」ではなく、Open Expressionと呼ばれ、昼休みに図書館前で簡単な集会を行う程度である。テーマとなるものは、カミングアウト(同性愛者が名乗りを上げる)、捕鯨反対、ペロー支持、などであり、大学の姿勢を槍玉に上げることは、行われていない。いくつかの論争は、大学新聞、インターネットを通じて行われており、手間ひまのかかる立看・ビラは流行らないようである。大学新聞が多く取り上げるものは、学長の高い給料、無駄遣い、などである。
 ペンシルバニア大学は米国で最古のStudent Unionを発足させた大学であるが、今はStudent Unionという名を使わず、Student Assembly(学生議会)と呼んでいる。いわゆる要求実現団体であるが、この議長になると、経歴書に書けて「リーダーシップがある」ということになるらしく、日本とは大きな違いである。学生議会議長は、クリントンが大統領選中にキャンパスに遊説に来た時に、市長(民主党)、学長の次に支援演説に立ち、「教育に力を入れてください。」とお願いしたのにはあきれてしまった。この時のクリントンの公約は、大学授業料の所得税額控除枠拡大だけであった。ちなみに学長、学生議会議長はいずれも女性である。今年度の新入生のうち、女性の数が男性の数を上回り、男性はマイノリティーとなった。
 メルボルン大学の松岡君のいうように、物理的に開かれたキャンパスは魅力的に見えるけれども、夕方になると建物一つ一つが学生証(当然磁気ストライプ化されている)が無いと入れないように完全にブロックされてしまう。学生が自主管理のもとに集まることによって醸成される雰囲気は学生寮以外には当然ない。

東大の再編と米国の大学

 小生がいた頃の教養学部当局は、「会計検査院が言ってきているのだから仕方がない。会計検査院は内閣からも独立しており、行政圧力とは違う。」と外圧をうけうりにするだけの存在だった。それでもとんでもない奴等だと思っていたが。最近は「大学の自治」なんて、国会で文部省の役人が「東大が決めたことのようですから。」と答弁に使う方便になってしまった。
 完全な私立ということで当大学と東大との比較は簡単ではない。幾ばくかの補助金はもらっているのだろうが、政府から大学が財務的に独立していることは大きなメリットがあり、無論デメリットもある。議会証言などで現政府の施策に批判的なコメントを加えることは教授の大切な仕事の一つである。
 しかし、学生の生活の場をスケープゴートにして新たな予算を獲得しようという汚い発想は、この大学ではあり得ない。拡大してしまった予算を抑えて、学生の負担(授業料・寮費)を如何に減らしていくか、が学長、校長の最大の仕事であり、そのためのファンドレイジングに世界中のOB/OGを総動員している。失敗すれば当然大学を去らねばならない。新たな奨学金の獲得、コストの削減はプラスとして評価される。かといって寄付行為をそのまま、日本の大学に持ち込めば、『寄付講座』みたいなことになる。
 当大学の図書館では何故か『週刊朝日』を購読しており、ついついくまなく読んでしまう。昨年12月13日号では、大先輩の田中秀征氏と江田五月氏が「母校東大で語る」というのがある。訪れるのは当然駒場寮で、元寮委員長の田中氏は「当時、駒場寮は赤い航空母艦と呼ばれていたんだ」と発言している。「教育の専門家」のはずの教養学部当局は、駒場寮無くしてどんな人材を21世紀に残せるというのだろうか。


■「明渡し仮処分」に関する資料

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寮生への恫喝文書

1997年2月25日
東京大学教養学部長 大森 彌

○○○○君


 平成9年2月5日、国は貴君を相手取って明渡し断行の仮処分を申し立てました。
 この仮処分申立が認められますと、貴君に対して仮処分の執行がなされます。具体的には、執行官の手によって、身柄および荷物等が強制的に搬出されることになります。そして、貴君がその時点で旧駒場学寮を占有していれば、この執行に要した費用は、法律上貴君の負担となることに注意してください。総額で1億円以上、1人当たり200万円以上になる可能性があるとの説明を受けております。この金額は執行に要する費用だけであり、貴君が旧駒場学寮を占有していたことに対する損害賠償とは別個のものです。そして、これは、国が貴君に対して有する債権であり、東京大学にはいっさいその支払いを猶予する権限はありません。支払いがなされなければ、貴君の財産、たとえば就職後の給料債権が差し押さえられることになります。

 教養学部長としては、貴君を国を債権者とする仮処分の債務者とすることは何としても避けたいと思います。荷物などが旧駒場学寮内に残っていても、そこを占有するつもりのない人は、すみやかにその旨を学生課に申し出てください。また、現在、旧駒場学寮建物を占有している人も、すみやかに退去し、学生課にその旨を申し出てください。3月5日までに退去が確認された場合には、貴君を国の申立の債務者リストからはずすこと、あるいは、執行の対象から外すことを、当局にお願いしたいと思います。

 なお、新しい住居が見つかるまでの臨時措置として、本年3月25日までに限り、三鷹国際学生宿舎の臨時使用を認める用意もあります。

  平成9年2月25日

東京大学教養学部長 大森 彌


陳述書(抄録)

1997年3月18日
高橋 宗五 教養学部助教授


編集部から
明渡断行仮処分の審尋では、大学内部から寮側に立つ陳述書が二通提出されました。今回ここに掲載するのは、大学当局=国側を震撼せしめたであろう、ドイツ語の高橋先生の陳述書です。問題の本質が余すところなく描き出され、内部からの貴重な論点・証言が多々盛り込まれているだけでなく、我々の生き方にも深い示唆を与える文書です。(誠に申し訳ないのですが、紙幅の都合により短縮した形で掲載します。全文のコピーを希望される方は「支援する会」にご一報下さればお送りいたします。各節の見出しは編集部によるものです。)


陳述書

東京地方裁判所 御中
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部助教授
高橋宗五

〔前文=自己紹介・陳述趣旨−−−略〕

(一)廃寮決定過程の重大な瑕疵

 〔前略〕東京大学においては医学部の学生処分事件やインターン問題に端を発する所謂「東大紛争」が一九六八年から一九六九年にかけて起こり、〔中略〕各学部の学生自治会と大学との間で所謂十項目からなる「確認書」を取り交わし、学生に学内自治を担う構成員としての権利を認めた。〔中略:その後重大な問題が生じることはなかったが〕教養学部においては、水光熱費の負担区分を巡る問題で学部と寮生が対立紛糾したことに鑑み、この問題が一応の解決を見た後、今後このようなことがないように寮関係の事柄を担当する当時の第八委員会と駒場寮自治会との間で、一九八四年に五項目の確認事項からなる所謂「合意書」が取り交わされた。
 この「合意書」の第三項には「寮生活に重大なかかわりを持つ問題について大学の公的な意志表明があるとき、第八委員会は、寮生の意見を十分に把握・検討して、事前に大学の諸機関に反映させるよう努力する」とあり、学部は重大な決定を下す際には学生の意志を出来るだけ尊重する義務を負うこととなった。しかるに一九九一年八月寮自治会は駒場寮が廃寮されるとの情報を入手し、学部に対して事実を問い合わせたところ、学部側はそのような事実はないと、虚偽の回答をし、〔中略〕学生に廃寮計画を隠し、寮生の意志を確認しないまま廃寮を決定してしまった。これは「合意書」に対する重大な違反であり、これ以後学部と寮生との間に埋め難い溝ができてしまった。
 また一九九一年十月九日の臨時教授会における決定に際して、〔中略〕学部は寮生と第八委員会との間に「合意書」が存在することを教授会構成員に明らかにし、教授会構成員が適切な判断を下すことができるように配慮することを怠り、その結果この度司法の手を煩わせる事態に立ち至った。〔中略〕
 〔一九九六年三月二五日の教職員に対する寮問題〕説明会の時点では、少なくとも一九九一年八月に寮生の質問に学部が虚偽の回答をしていたという認識が学部側にもあることが三鷹国際学生宿舎特別委員会の池田委員より明らかにされたが、このような学部側に不利な事実は表に出さないほうがよいという話になった。また学部の廃寮決定が「合意書」違反であるとする寮生の主張に対して、上記特別委員会の小寺委員から「合意書」の第三項の「努力する」という文言は義務規定ではないので、「寮生の意見を十分に把握・検討して、事前に大学の諸機関に反映させ」なかったとしても、それは「合意書」違反ではないという趣旨の説明がなされ、一九九六年七月十八日の教授会で私の行った同じ質問に対しても同様の回答がなされた。〔中略〕
 もし小寺委員の説明が正しいのであれば、この第三項は寮生にとって何ら意味を持たず、また「努力」したかしないかで紛糾する恐れがあり、これは一方の当事者である第八委員会や学部にとってもやっかいな問題を抱え込むことになりかねない。当事者双方にとって無意味であったり、将来困難な事態に巻き込まれかねない条項が含まれていると解釈することには無理がある。また小寺委員の解釈では「努力する」という言葉は「把握・検討し」と「反映させる」の両方に懸っていることになるが、この解釈にも無理がある。〔中略〕「把握・検討には特段の「努力」を必要とせず、その意志があればいつでも行いうることである。であるから「把握・検討」は「努力」の対象とは考えられない。しかるに学部は「寮生の意見」の「把握・検討」を怠ったのである。これに対して、「把握・検討」の場合とは異なり、制度的な制約から寮生の意見をすべて学部や委員会の決定に反映することができないことは十分に考えうるのであり、委員会が寮生の意見を受け入れるにも限界があることをこの「努力」という言葉が表現していると解釈するのが妥当と思われる。それ故この確認条項は、そうした制度的な制約の許す限り寮生の意見を「大学の諸機関」の決定に「反映させるよう努力する」義務を大学側が負うと解釈するのが妥当である。〔中略〕
 以上により学部が「合意書」を無視し、寮生の意見を「把握・検討」することすら怠り、さらには「事前に大学の諸機関に反映させるよう努力」もせず、それにより寮生と学部との信頼関係を損ねたのであり、今回の紛争の責任が学部側にあることは明らかである。また教育機関がこのようなことを行い、それを裁判所が追認するようでは、そこから「人に嘘をついてもよい」、或は「約束は遵守の必要がない」、さらには「社会的なルールや法律は破ってもよい」という命題を導くことが可能であり、これでは大学が学生の社会教育を行う資格があるのか疑わざるを得ない。〔後略〕

(二)廃寮決定の政治的背景
                〔この節 要約〕
 三鷹国際学生宿舎建設計画は、政府・文部省が対米貿易黒字削減→内需拡大→その一環としての国有地有効利用というアメリカ合衆国からの要求に応じる形で急遽予算を付けたものである。この話が持ち上がってから決定に至るまでの期間は僅か三ヶ月ほどしかなく、寮生・学生と十分な話合いを行い、教授会で十分に議論することは到底不可能であった。
 文部省の問題。寮問題で多くの大学が苦労しているという事実を十分把握しまた把握できる立場にありながら、このような短期間のうちに大学側に廃寮決定を求めた文部省には監督官庁として大きな落度があった。そもそも多くの大学が寮問題で苦労しているのは、文部省が寮の規格について細部まで規制し、それが学生の反発を招いているからである。特に問題なのは文部省が寮生自治を敵視し、その結果「新々寮」には寮生が交流する空間がなく、隣に誰が住んでいるか分からないという状況が生じていることである。文部省の「新々寮」規格は教育上の配慮に欠け、また大学と寮生・学生の関係を困難なものにしているという意味で二重に批判されなければならない。どのような寮を建設するかは、各大学が与えられた条件等を考慮し、教育・福利厚生等の観点から独自に計画立案すべきものであり、文部省はそれが国立大学の施設として適切なものかどうかだけを監督すれば十分である。文部省が細かな規制を押しつけることは、大学の自主性を損ねるだけでなく、現在の規制緩和の趨勢にも逆行している。

(三)CCCL計画の杜撰さ/キャンパス・プラザ予算執行の緊急性をめぐる虚偽
                〔この節 要約〕
 「CCCL駒場」計画なるものは、駒場寮廃寮後の跡地を利用するために立案されたのであって、この計画に見られる福利厚生施設が緊急に必要となり、駒場寮廃寮が決定されたのではない。
 駒場寮廃寮後に建設予定の建物の大部分については、国から予算が出る見込みがないため、費用を募金で賄うこととなった。四十億円という目標額が設定され、手始めに「自助努力」との名目で教職員を対象に募金が開始された。しかしその後の募金活動が思うように捗らず、しかも人を雇っていたことやその他の理由により、お金は増えるどころか減少の一途を辿った。この使い込みの結果、所得控除証明用の受領証に実際の寄付額よりも低い額が記されるという不明朗なことが起こっている(実際の寄付額十五万円(教授職に対する指定額)に対し、受領証では十万円)。
 申立書で大学側はこう主張している。キャンパス・プラザには、駒場寮が果たしていたサークルの活動場所を提供する機能を代替する性格もあるから、事前に予算措置を講じていた。予算執行上の見地からも、債務者らから本件建物の明渡しを受けることは一日を争う急務である。しかし寮生・学生の意向を無視し、十分な議論を尽くすことなく廃寮が決定されたことからして、この主張は成り立たない。むしろ実際には、学部は廃寮に対して出来るだけ多くの学生の賛成を得るためにこのキャンパス・プラザを立案し、予算執行の実現可能性を十分に検討することなく予算を獲得してきたのである。今回の寮問題に関連した一連の決定には、ここに見られるように思いつき的な発想によって予算を獲得してくる等の例が多く、その結果自縄自縛に陥っているのが学部の現在の姿である。
 「CCCL駒場」計画中の多くの建物が元来当てにしていた募金は長らく中止されたままであある。そこで学部は現在「国際教育研究交流センター」の概算要求を出しているが、国家財政の逼迫度や文部省の予算費目を考慮に入れると、予算獲得の可能性は低いし、まして他の施設がいつ、どのような資金で建てられるのか、目処は全くついていないのが現状である。「キャンパス・プラザ」の建設が「『CCCL駒場』計画完成へのはずみとなる」という学部の主張は、これまでと同様の人を欺く無責任な言辞である。

(四)駒場寮の建物を取り壊す必要のないこと

 〔前略〕学部は駒場寮の老朽化が甚だしく、居住に耐えないとの主張をしているが、それは修理補修を怠って来たからであって、理由として根拠薄弱であると言わなければならない。もしすべての国有財産である建物がこのような扱いを受けるとするならば、古くても使用に耐える建物を絶えず取り壊し、新しい建物を建てる必要が出て来ざるを得ず、税金を払う立場にある者としては果してこれが合理的な財政支出であるのか首を傾げざるを得ない。専門家によれば駒場寮の建物はまだ数十年使用することが可能で、かつまた大地震にも耐えられるとのことであり、また先日新聞で読んだ専門家の意見によると、鉄筋コンクリートの建物は建築後百三十年ほど経つと構造体として最も安定するとのことである。これらの専門家の意見を考慮すれば、駒場寮の建物を取り壊す合理的な理由はないと考えられる。
 また西欧では古い建造物はできるだけ修理して保存するのが社会のコンセンサスとなっており、例えばドイツ連邦共和国ではそのための法律が存在し、多くの公的資金が支出されている。日本でも最近では古い建造物だけでなく、古い町並等を保存する機運が高まっており、こうした流れは世界的な趨勢であると言える。元来木造建築が多く、また地震の多い国だけに、日本には古い歴史的な建造物が少ないのであるが、特に東京は関東大震災や第二次世界大戦中の空襲により戦後まで残った歴史的な建物は少ない。そのような中で駒場寮は六十有余年の歴史を誇り、当時のヨーロッパの最新の建築手法と表現主義様式を取り入れたこの建物はそれだけでも残すに値する……。〔中略〕
 〔中略〕……十分な予算があれば寮としてもその他の施設としても十分機能し、その予算は新しい建物を建てるに要する費用(キャンパス・プラザ予算十二億数千万円や「CCCL駒場」のための募金予定額四十億円)に比べればはるかに小さいものである。〔中略〕
 国有財産の有効利用という視点に立つならば、まずは十分な修理を行い寮として残すことを考えるべきで、もし学部が主張するように相部屋であるという理由で利用希望者が少なければ、教室やゼミ室、或は書庫、学生の学習室、休憩室等々、利用の仕方は考えればいくらでもあるし、その需要もまた十分ある。〔中略〕このような事態〔駒場キャンパスの手狭さ〕を考えるならば、現在の寮の建物を寮やその他の施設として使用するほうがはるかに合理的であり、「国有財産の有効活用」にもなる。現在のままでは教養学部の研究・教育機能がいずれ麻痺することは目に見えており、かつまた現在の文教政策が続く限り、文部省や大蔵省が研究教育のために必要十分な広さの建物を建てるための予算を付けることはありえないのであるから、寮の建物はどんな形で残すにせよ、大学側の主張とは違った意味で国有財産として「有効」に利用すべきであって、断じて取り壊すべきではない。
 さらに駒場寮の周辺には一千本を越える樹木があり、そのなかには普通関東地方や本州では見ることのできない貴重な種目がある。駒場寮の東側にある通称「一二郎池」には、ここが東京の都心かと思われるほど多くの野鳥が飛来し、小鳥たちのさえずりを聞くことができる。またこの池には湧水があるが、工事の結果この湧水が枯れ、樹木が伐採されると野鳥も来なくなる心配もある。実現の可能性は極めて少ないとは言え、もし仮に「CCCL駒場」計画が現実のものとなるならば、多くの樹木(例えばメタセコイヤやヒマラヤ杉の巨木)がその犠牲になり、環境保護の観点からも駒場寮の取り壊しや「CCCL駒場」計画には大いに問題があると言わなければならない。

(五)このような事態に立ち入った学内事情:個人的見解

〔前略〕一九八一年から一九九○年に至る十年間、大学の基本的な研究費は据え置かれたままであった。このままでは大学の研究教育は立ち行かなくなると大学関係者は危機感を抱き、何とか研究費を増やす手だてはないものかと模索が行われ、東京大学では工学部や理学部を中心とする技術・自然科学系の学部を中心に「学院化」構想が練られ、これにより予算を一挙に倍にしようという計画があったが、大蔵省の認めるところとならず、これは実現しなかった。その後法学部が、これまでの学部中心の組織を改め、教官組織を大学院を中心とするものにし、教師は大学院に所属するものの、学部へはいわば「出張」する形で今まで通り学部の教育組織は残すという組織改革を行った。これにより予算の二五%増額に成功し、以後東京大学の各学部で同様の組織改革が行われた。これを「部局化」と呼んでいる。
 教養学部でも教養課程の大幅な「改革」と部局化が行われ、新しい大学院組織が作られた。この過程で古い教官組織が解体され、新しい組織へ再配置されたのであるが、誰をどこに配置するか、それに合わせてどのような授業科目を設定するかということが大きな問題となった。各個人の業績、能力、適性等さらには個人の意見を考慮していては、総論賛成各論反対という事態になりかねず、改革は出来ないという判断から、改革を担当する「改革小委員会」を中心に作業を行った。もともと教養学部は一二年次の学生への教育を中心にして組織が組み立てられ、また人事もそのために行われていたので、これを解体し大学院組織を作るには相当の無理があった。こうした無理のあるところで「改革」を断行すれば、当然それはかなり強引なものとならざるを得ない。
 古い組織を解体し新しい組織を作るに当たり、部局化のこうした強引さ故に個々人が自己保身をはかり、またその人が属する旧組織も組織防衛という観点から行動したので、学部内での自由な発言と行動が妨げられてしまった。個人は自己保身から自由に思うところを述べるのを差し控えただけでなく、組織も個人が勝手に行動しては同じ組織に属する他の同僚に迷惑がかかるという理由で、個人に無言の圧力がかかるという構造ができてしまったのである。この部局化の過程で人間関係にひびが入り、疑心暗鬼が人の心を捉え、当時の学部の雰囲気は相当に暗く陰鬱なものであった。この部局化の結果、それまで恐らく東京大学の中で最も自由な雰囲気のあった教養学部は、学部長と二名の評議員からなる「学部長室」を頂点とする垂直的な体制が自然と出来上ったように思われる。またこれは民主主義と自由の尊さを身をもって体験した、旧制高校で学んだ最後の世代の方々が退官なさった時期とも重っている。この世代の方々は、私の個人的な印象では、若い世代よりも自由に教授会で発言なさっており、これも学部にとって大きな痛手であったと思われる。
 また駒場寮廃寮に反対しにくかったもう一つの理由としては、廃寮に反対すればそれは文部省の意向に反対するということであり、もしそのようなことを学部として行えば、部局化を文部省がすんなりと認めない恐れがあったことが挙げられる。駒場の教養学部と本郷の他学部では予算措置が異なるため、教養学部の研究条件は本郷に比べて劣悪で、このような条件を改善するためには部局化を是非とも成し遂げなくてはならなかった。部局化は当時の学部にとっていわば「国是」であり、そのため廃寮に反対するということは、この学部の「国是」に反対することを意味した。角度を変えて見れば、文部省の御機嫌を取るために部局化という「国是」から、廃寮という別の「国是」が導き出されたとも言いうるのである。
 これまでの説明から明らかなように、廃寮決定は学生や寮生への配慮と言うより、教授会の利益のためになされたという側面があることは無視できないのである。恐らくこうした事情が「合意書」無視と結び付いており、また「合意書」の存在を廃寮決定後に寮生に指摘されても廃寮方針を変更できなかった理由の一つであろう。

(六)私がこの陳述書を書く動機;日本社会の縮図としての駒場寮廃寮問題

 教授会或は学部側に如何なる事情や理由があるにせよ、廃寮決定やその後の学部の対応には問題が多く、これは批判されなくてはならない。私がこの陳述書を書くことに決めたのは、寮生への同情という動機からではない。これだけでは陳述書を書くほどの動機にはならない。陳述書を書くことは教授会をいわば敵にまわすことであり、そこまでして寮生に同情する理由は私にはないからである。しかし、既に述べたように、学部が社会的なルールを無視して寮生の権利を蹂躪することは許されないと考える。このような権利の蹂躪を黙過するようでは、この累はいずれ(或は既に)私自身に及び得ることは、幾分かの想像力があれば、十分に理解できることであるし、学内自治の担い手としての寮生の権利を守ることは、私自身の権利と市民的な自由を守ることであり、また教授会の非を正すことが教授会の構成員の一人である私の義務であると信ずるが故に、この陳述書を書いている。
 駒場寮廃寮問題は単に東京大学の問題であるに止どまらず、日本の社会全体の問題である。別の言い方をすれば、ここに日本の社会の縮図がある。それがどういう意味かを説明する代わりに、少し長くなるが、昨年六月に私が書いた文章を、冒頭部分を一部省略して引用したい。この文章は寮問題には触れてはいないが、この問題をも念頭において書かれた文章である。これは外国文学研究者の研究団体である「世界文学会」の会報「世界文学会ニュース」に掲載されたものである。新たに文章を書く時間的な余裕がないので、ご容赦願いたい。

〔紙幅の都合により、概略と最後の部分の引用だけとさせて頂きます〕

〔法的に根拠のない通達が省庁から無数に出されていることに示される日本の現状−−−法律はあってなきが如しであり、それをチェックする機能が社会や組織に組み込まれておらず、その結果、個人の人権が踏み躪られ、財産権は侵害され、時には生命の安全すら危険にさらされるという野蛮が横行しているという現状−−−から、日本人の法意識の希薄さ(普遍的な正義やモラルの観念の欠如)という問題、内輪の社会を越えた社会が日本には存在しないという問題、その結果としての個人や組織の無責任という問題(特に組織的に強制される無責任、あるいは本来責任を負う立場にない人間に責任を負わせ切り捨てるという日本的な責任の取らせ方の問題)に説き及び、こう結ばれる。−−−〕
 問題の所在が分かっても問題の解決は容易ではない。なぜなら個人が変らなければ社会や組織も変らないのであるが、その社会や組織の「全体主義」は個人が変ることを妨げているからである。この悪循環は容易に断ち切れそうにない。組織には日本的な組織に固有の無責任体制をチェックする機能が組み込まれておらず、個人にも組織の無責任や不合理に対してノーを突きつけるだけの自立性や自主性に欠けるからである。私はこの問題を手早く解決する処方箋を持ち合わせない。恐らくそのような処方箋は存在しないであろう。近代的な議会制民主主義がいち早く確立したイギリスでさえ、腐敗選挙をなくすために百年以上の歳月を要したのである。私個人としては、夏目漱石が若き芥川龍之介や久米正雄に宛てて書いた手紙の言葉を引くならば、「うんうん死ぬまで押す」しかないと思っている。社会も組織も人間の集まりであり、我々教師の職業も人間が相手である。漱石はさらに書いている。「何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。」迂遠なようであるが、恐らくこれしかあるまいというのが、最近の私の考えである。〔引用終り〕

 廃寮問題に関して学部の廃寮決定やその後の対応に問題があることは、一部の学部首脳を含め多くの人々が認めているが、和を重んずる日本的な組織運営のありかたからすると、問題が認識されてもそれを簡単には是正できない。なぜなら前任者の責任を不問に付して方針を転換することはできないし、「学部長室」と教授会はお互いにもたれ掛かり、絶えず責任の所在を不明確にしながら学部運営を行ってきたからである。その結果、教授会のメンバーは、誰かの責任を問えば、即自分の責任をも問わざるを得ない立場に置かれているのである。僅かでも責任を負うべき人間が、他人の責任を云々しにくいという事情もあり、誰の責任をも問わず既定方針に従うという惰性の中で事態が推移し、今日に至ったのである。今回裁判所に判断を委ねることになった寮問題において、寮の存続を巡る寮生と学部の対立が問題となっているように見えるが、これまで書いてきたことから明らかなように、実際は教授会自治の内実やそのあり方が問われているのであり、本来この問題は裁判で争うべき事柄ではなく、まず学部が寮生に謝罪し、学内問題として当事者が話合いで解決すべき問題である。しかるに学部は廃寮決定に問題があることに気が付きながらも、それに然るべく対処することができず、学部の責任を不問に付したまま兎にも角にも廃寮にこぎつけようとして取った彌縫策が次々と裏目に出て窮地に追い込まれ、その結果裁判所に訴えなければならなくなったのである。このような問題解決の仕方は、既に(一)で述べた如く、教育上の観点からも問題が多過ぎるばかりか、これが悪き前例となっては学部教授会にとっても悔を残すことになる。
 現在の日本には政治的にも経済的にも社会的にも大きな問題が数多くあり、ここで社会全体として方向転換ができなければ、来たるべき二十一世紀には日本の社会は立ち行かなくなるであろうと多くの人々に危惧されている。「第二の敗戦処理」が語られる所以である。しかしこのような方向転換は一朝一夕に出来るものではないし、また先見の明のある有能な政治家が一人二人いたところで、或はそうした政治家が首相になったところで問題が解決するものではない。制度改革が行われたところで、それを支えるのは一人一人の個人であり、制度改革が必要であるのみならず、個人の意識や行動が変らなければならないからである。後者の点に関して教育の果たす役割は大きいと思われる。にも拘らず最高学府としての大学が教育機関としてその役割を忘却し、大学側の落度を寮生に転嫁しているようでは、日本の将来は暗いと言わなければならない。大学は教育機関としての使命を自覚し、良識の府として、一度は見失った見識を回復し、また教授会の構成員は教育者としての自覚を高め、問題の処理に当たるべきである。
               〔後書き−−−略〕

陳述書


(第九五期・第九九期)駒場寮委員長
成瀬豊


一九九七年三月六日
             陳述書1
東京地方裁判所 御中

元(第九五期・第九九期)駒場寮委員長 成瀬豊


 以下の通り、陳述させていただきます。

 一 陳述者の地位、略歴
 私は、一九八一年四月に東京大学教養学部(前期課程理科I類)に入学すると同時に東京大学教養学部駒場寄宿寮(以下、駒場寮という)に入寮し、一九八四年三月に同大学理学部進学により退寮するまでの三年間駒場寮に在寮しておりました。その後、同大学理学部数学科を一九八七年三月に卒業し、民間企業に就職して現在にいたっています。駒場寮在寮中には、第九五期(一九八一年一〇月下旬より一九八二年二月上旬まで)と第九九期(一九八三年二月上旬より一九八三年五月下旬まで)の二回にわたり、駒場寮委員長に就任したほか、第九四期(管理部員)、第九六期(副寮委員長兼管理部長)、第九七期(管理部長)、第九八期(管理部員)と寮委員に在任していました。また、一九八一年一〇月より一九八四年三月まで東京都学生寮自治会連合(以下、都寮連という)執行委員、一九八四年三月より一九八五年三月まで都寮連副執行委員長、一九八二年一〇月より一九八五年三月まで全日本学生寮自治会連合(以下、全寮連という)中央執行委員にも在任していました。現在は、一九九六年四月に結成された『駒場寮存続を支援する会』の共同代表に就いております。
 以上の経歴から、一九八〇年代前半を中心とする時期の駒場寮の抱えていた諸問題について深く携わり、それらについて詳しく記憶しております。

 二 東京大学と駒場寮自治会の関係について

 本件債権者は、不動産仮処分命令申立書(以下、申立書という)において、「債務者らが、学生の自治等を根拠に、なお本件建物の占有権原を有する旨主張したとしても、右主張もおよそ認められるものではない。…(中略)…同寮の管理について最終的に責任を負っていたのは東京大学学長及びその執行補助者である同大学教養学部長である。…(中略)…それが東京大学学長の廃寮決定に優越し、東京大学学長の有する国有財産としての旧駒場学寮に関する管理権限を排斥する根拠とはなりえないからである」(一四〜一五ページ)旨主張しています。
 しかしながら、日本国憲法第二三条において保障されている学問の自由を現実に維持するために、大学においてはその管理運営について高度の自治が保障されてきたのは、周知の事実であります。したがって、大学における国有財産の管理運営については、管理者および補助執行者に管理権限があるとはいえ、実際には、当該大学における独自の方法によってその国有財産の管理運営がなされることも、社会通念上許されると解するべきであります。
 東京大学においては、その管理運営の基本理念は、一九六九年一月一〇日の七学部集会(七学部大衆団交)における十項目確認書(乙−1)および一九六九年二月九日の評議会決定(乙−1)に示されています。
 さて、東京大学の学寮の管理運営においては、東京大学学寮一般規則が定められていますが、この規則は非常に簡潔なものであり、具体的な管理運営の指針となるべきものは盛り込まれておらず、事実上死文化していました。実際にも、私が駒場寮委員長または寮委員在任中に同大学教養学部第八委員会(教官で組織する学寮担当の委員会であり、その後第六委員会と統合再編し学生委員会に引き継がれている)ならびに学生課と交渉ないし折衝する際にも、学寮一般規則が話題になったことは一度もありませんでした。
 東京大学における学寮の実際の管理運営については、何十年にもわたる東京大学(教養学部長が補助執行者となっている学寮においては、教養学部)と当該学寮の寮自治会との間の交渉ないし折衝によって両者の合意にいたった原則、言い換えれば大学と寮自治会との協定の積み重ねによって、なされてきたものであります。
 駒場寮に関係するものでは、とくに次のものが重要です。
 まず、一九六九年三月一日付け確認書(添付資料−1、東京大学弘報委員会発行「資料」第二〇号(一九六九年三月五日発行)所収)では、
「一 学寮が厚生施設としての役割を果して来たことを認め、その役割を発展させる立場に立って寮生の経済的負担を軽減するよう努力する。
 一 寮問題の重要性を認識し、寮生の要求の実現のため真剣に努力する。
 一 教養学部長は、駒場寮自治会を学生自治団体として認め、駒場寮自治会から要求があった場合には、誠意をもって、交渉に応ずる。
(以下、略)」
ということが、教養学部長と駒場寮自治会との間で確認されております。
 また、一九八四年三月二〇日仮調印、一九八四年五月二四日正式調印された合意書および付属文書(乙−三、以下八四年合意書という)については、合意書本文で、
「(前略)
 二、寮施設改善について
  イ)寮委員会が寮生活、寮施設改善に関して提出している諸要求のうち、妥当なものについては、学部はその実現のために努力する。
  ロ)電気容量三倍化、照明二倍化については、学部はその実施のための予算獲得に最大限の努力を払う。
(後略)」
ということが、教養学部と駒場寮自治会との間で合意され、さらに合意書付属の確認事項(同前)で、
「(前略)
 一.第八委員会は従来からの大学自治の原則を今後も基本方針として堅持し、駒場寮における寮自治の慣行を尊重する。
 二.(略)
 三.寮生活に重大なかかわりを持つ問題について大学の公的な意志表明があるとき、第八委員会は、寮生の意見を充分に把握・検討し、事前に大学の諸機関に反映させるよう努力する。
 四.大学がその財政上自主的に裁量できる部分はきわめて限定されているのが実情であるが、大学の自主性がいっそう尊重されることが望ましい。
 五.第八委員会は、新入寮生募集停止の措置を望むものではない。(後略)」
ということが確認されているのであります。
 これらから容易にわかりますとおり、申立書において債権者が主張する管理者東京大学学長およびその補助執行者同大学教養学部長の廃寮決定は、東京大学の自治の原則・慣行および教養学部と駒場寮自治会との関係における協定・慣行に、明確に反していると言えます。
 すなわち、廃寮決定が寮生活に重大なかかわりを持つ問題であることは論を待たないでありましょう。ところが、この廃寮決定は、一九九一年一〇月九日の教養学部臨時教授会、一九九一年一〇月一五日の東京大学評議会において、事実上の決定がなされていますが、駒場寮自治会の代表者である寮委員長に初めて概要説明がなされたのは、一九九一年一〇月一四日なのであります(疎甲第九号証一ページ)。さらに言えば、三鷹国際学生宿舎に関する概算要求頭出しは、寮生活に重大なかかわりをもつ駒場寮廃寮という措置を前提とする大学の公的な意志表明であり、一九九一年三月に行われていますが、一九九一年七月の東京大学教養学部学生自治会と教養学部との交渉において、「寮の建て替え計画があるか」との学生側のからの質問に対し、「…具体的計画には至っていない…」と回答しているのであります。これらの事実は、明らかに八四年合意書確認事項一、三、五なかんずく三に違背するものであります。
 債権者指定代理人でもある永野三郎氏は、「各学生団体との個別的な話し合いを含めると、計三五〇回近くに及んでいます」(疎甲第四五号証一〇ページ)旨主張していますが、この廃寮決定を不動の前提とする立場に立つ限り、言い換えればそれまでの長年の東京大学の自治の原則・慣行および教養学部と駒場寮自治会との関係における協定・慣行への違背を改める立場に立たない限り、議論の出発点からボタンの掛け違いであることは一目瞭然であり、これらの話し合いにより成果が生じないのは、当然と言えます。

 三 八四年合意書の意義と解釈について

 ところで、教養学部は八四年合意書に関連して、「一九九一年教授会決定内容の公表に先立って寮生の意見を聴取しなかったことは、合意に反するものとは考えていない」(小寺メモ、添付資料−2)旨主張しているようであります。そこでは、「一九九一年教授会決定が計画の前提であり、教授会決定以前には、聴取の対象となる計画がないと言わざるをえない」(同前)旨主張されています。
 しかしながら、同文書では「学部が文部省等と折衝し、それを受けて教授会が主体的に意志決定を行う」という旨の記載がありますとおり、公務員である学部の職員がその職務において学部長の監督下に文部省等と折衝しているわけでありますが、これが大学の公的な意志表明でないというのは、真に奇妙な論理と言わざるを得ません。
 また、教養学部は概算要求に寮自治会の意見を事前に反映させることは不可能である、さらには、「概算要求を含む」と明記していないのは概算要求を除く趣旨である旨主張しているようであります。
 これについては、八四年合意書の締結過程に遡って、同合意書の意義を説明する必要がありましょう。
 陳述者の地位、略歴で触れた通り、合意書が正式調印されたときには私はすでに在寮していませんでしたが、一九八三年秋から合意署仮調印までの交渉・折衝を中心とするほぼ全過程(以下、負担区分問題という)に立ち会った者として、以下説明します。
 そもそも、負担区分問題は、一九七九年一〇月の東京大学に対する会計検査院の実施検査の結果照会に端を発します。この照会に対して、向坊隆東京大学総長(当時)は、駒場寮自治会に事前に話し合うことなく、会計検査院に対して回答をしています(添付資料−)。この回答において「学生部長及び教養学部長を中心として、寮生に対する説得を行い、できるだけ早期に通達に則した負担区分の実施となるよう努力する所存であります」旨の約束をしているのであります。この会計検査院に対する回答が、負担区分問題の、大学としての自主的な解決を図る上で大きな障害になったのであり、このことは交渉・折衝を重ねる中で、合意書締結時までに小出昭一郎教養学部長(当時)、青柳晃一教養学部評議員(当時)、教養学部第八委員会(当時、藤本淳雄委員長)および学生課を含め、すべての交渉・折衝当事者の共通理解になっていったのであります。そこでは、今後発生するであろう寮に関係する問題に関して、大学としての自主的な解決を阻害する要因を未然に取り除く方策が協議され、それが前記合意書確認事項に結実していったのであります。その過程では、例えば一九八三年一二月末における連続一二時間ほどにわたる寮委員会と第八委員会との予備交渉などで、徹底した討議がなされたのです。このような経緯を経て締結された合意書でありますため、「寮生活に重大なかかわりを持つ問題について大学の公的な意志表明」は、債務者らの主張通り「寮生活に重大なかかわりを持つすべての問題」を対象とすると解釈するのが正しいのであり、前記会計検査院への回答の類も当然に含まれるのであります。そうすると、概算要求(頭出しを含む)も当然に前記「公的な意志表明」に含まれると類推される通りであり、このことは当時の交渉・折衝当事者の間では当然すぎるほどの前提であって、それが故に「公的な意志表明には概算要求を含む」旨の記載をする必要性を誰も指摘しなかったのであります。これを、「概算要求を含む」と明記していないのは概算要求を除く趣旨である旨主張することは、まさに歴史の偽造に値するものであるといえましょう。
 実際にも、一九八三年九月頃の負担区分問題での交渉においては、駒場寮の補修について教養学部として予算獲得の努力をしていることの例証として、寮委員会は教養学部としての「昭和五九年度概算要求事項(案)」(添付資料−4)と題する資料の提示を受けていますし、私が駒場寮退寮後の一九八四年夏、学生課を訪問した折りにも、合意書本文において教養学部が確約した駒場寮の照明倍加・電気容量三倍化に関して、その実現のため努力をしている証拠として、概算要求関係の資料の閲覧を許されたのみならず、寮委員会への伝達を依頼されたこともあります。このように、概算要求に関する資料を適当な方法により寮生に対し明らかにすること、ひいてはそれに事前に寮生の意見を反映させることは、実際に可能であり、本件廃寮決定に関し、そのようなプロセスが一切取られなかったことは、八四年合意書確認事項三に明確に違背するものと言わなければなりません。
 また、教養学部当局者の一部には、「事前に大学の諸機関に反映させるよう努力」したが反映されなかった旨の主張もあるようであります。確かに、八四年合意書は「事前に大学の諸機関に反映させる」ことではなく、そのための努力をすることを教養学部第八委員会に課しているだけです。しかしながら、確認事項がこのような文言になった理由は、同確認事項四にあるように「大学がその財政上自主的に裁量できる部分はきわめて限定されているのが実情である」という背景から、努力しても実現できない場合があることを想定したためであります。しかし、その場合も、例えば一九六九年三月一日付け確認書の「寮生の要求の実現のため真剣に努力する」、「駒場寮自治会から要求があった場合には、誠意をもって、交渉に応ずる」、また八四年合意書確認事項一「従来からの大学自治の原則を今後も基本方針として堅持し、駒場寮における寮自治の慣行を尊重する」などからわかります通り、寮生の要求を実現するために真剣に努力する責任があるのであり、そしてこのことは当然にその系として、寮生の要求の実現を期すためにいかなる努力が払われたのか、また、その努力を払っても実現しなかったのは何故なのかを、寮自治会に対して誠意をもって明らかにする教養学部の責任を導くものであります。しかし、教養学部は、この五年五ヵ月の間、これらの誠意ある対応は一切とってこなかったのが事実です。
 以上にあげたことから、駒場寮廃寮を含む三鷹国際学生宿舎構想の推進は、従来の東京大学の自治の原則・慣行および教教養学部と駒場寮自治会との関係における協定・慣行に、明確に反していると言えます。
 すなわち、廃寮決定が寮生活に重大なかかわりを持つ問題であることは論を待たないでありましょう。ところが、この廃寮決定は、一九九一年一〇月九日の教養学部臨時教授会、一九九一年一〇月一五日の東京大学評議会において、事実上の決定がなされていますが、駒場寮自治会の代表者である寮委員長に初めて概要説明がなされたのは、一九九一年一〇月一四日なのであります(疎甲第九号証一ページ)。さらに言えば、三鷹国際学生宿舎に関する概算要求頭出しは、寮生活に重大なかかわりをもつ駒場寮廃寮という措置を前提とする大学の公的な意志表明であり、一九九一年三月に行われていますが、一九九一年七月の東京大学教養学部学生自治会と教養学部との交渉において、「寮の建て替え計画があるか」との学生側のからの質問に対し、「…具体的計画には至っていない…」と回答しているのであります。これらの事実は、明らかに八四年合意書確認事項一、三、五なかんずく三に違背するものであります。
 債権者指定代理人でもある永野三郎氏は、「各学生団体との個別的な話し合いを含めると、計三五〇回近くに及んでいます」(疎甲第四五号証一〇ページ)旨主張していますが、この廃寮決定を不動の前提とする立場に立つ限り、言い換えればそれまでの長年の東京大学の自治の原則・慣行および教養学部と駒場寮自治会との関係における協定・慣行への違背を改める立場に立たない限り、議論の出発点からボタンの掛け違いであることは一目瞭然であり、これらの話し合いにより成果が生じないのは、当然と言えます。

 四 駒場寮における入退寮決定権とその運用について

 本件債権者は申立書において、「旧駒場学寮に居住できる者は、東京大学学生であってかつ管理権を有する東京大学教養学部長の入寮許可を受けた者に限られる」(六ページ)、「債務者××××、…(中略)…同××××は、東京大学学生であるが、旧駒場学寮の入寮を停止した平成七年四月以降に入寮したものであり、東京大学教養学部長の入寮許可決定を受けていないから、本件建物の使用権原を有しない」(八ページ)旨主張しています。しかし、これは一見法的な正当性を有した主張に見えますが、従来からの駒場寮の入退寮がどのように決定されてきたかを無視する乱暴な主張であります。というのは、教養学部長の入寮許可決定というのは、実態上は形式的なものであり、実際の寮運営においては、寮自治会、寮生、入寮希望者等のいずれも日常意識することのなかったものであるからです。
 駒場寮は、旧制第一高等学校の寄宿寮からの歴史を引き継いでいます。旧制時代は全寮制であったため省くとして、新制大学発足によって教養学部の寮になった当初から、全寮制でなくなると同時に、寮自治会が実際の入退寮決定権を行使してきたのであります。その行使については、駒場寮規約集(疎甲第一九号証の六)の中の寄宿寮規約第二条「東京大学教養学部学生は、寮委員会の資格審査を経て、この寮に入寮することができる」(二ページ)および入退寮および寮籍管理に関する規定(六三〜六七ページ)に基づいて、行われてきており、教養学部は駒場寮自治会の入退寮決定に対して法的正当性を付与するものとして事後的かつ自動的に承認してきたのであります。
 寮委員会における入寮銓衡(以下、入寮選考ともいう)は、寮委員会内部の事務分掌により、管理部が管轄し、前記の入退寮および寮籍管理に関する規定および管理部内規(添付資料−5)に基づいて行われてきました。入寮における教養学部との関係を示すと、管理部内規〔1〕入寮選考のA選考1)に「募集公示とともに、厚生掛に連絡する。」(三ページ。厚生掛とは学生課厚生掛のこと)とあります。
 私が在寮していた一九八一〜八三年当時における実際の事務手続きを次に説明します。まず、駒場寮自治会の執行機関である寮委員会が募集時期・募集要項を決定し、寮委員会が作成した募集案内を寮内および寮の前の掲示板に掲示します。それと同時に、厚生掛に連絡して募集案内を渡し、教養学部はその募集案内を学部が管理する掲示板にそのまま掲示していました。また、年度始めの新入生に対する入寮募集に関しては、特別に全新入生(約三〇〇〇人)に配付する入寮案内を作成するための用紙の供与を教養学部から受け、作成した入寮案内については、そのまま東京大学が新入生に配付していました。入寮選考を経て入寮許可者を決定し、寮委員会は寮の掲示版に掲示しますが、この段階では教養学部に連絡するわけではありません。入寮許可者が実際の入寮手続きを完了し居住を開始した段階で、寮委員会は異動届(一九八一〜八三年当時の名称)にその入寮者を記載し学生課に提出することになっており、これにより教養学部としての入寮許可決定なるものは自動的に処理され、寄宿料債権等が発生することになっていました。ここで、異動届とは当該月の入寮者および退寮者の一覧表であり、翌月始めに寮委員会が作成し(事務分掌は管理部)て、学生課厚生掛に提出していた書類であり、一九九〇年時点では「駒場寮生異動について(報告)」と名称・様式が変わっているようであります(疎甲第一九号証の二)。退寮についても、退寮希望者または退寮処分者が退寮手続きを完了し(退学・本郷進学等の場合は退寮手続きが未完了であってもその事由が発生した時点で)、転出した段階で異動届に記載し学生課に提出することになっていました。
 このように、実際の入退寮の決定にあたっては、いずれも寮自治会の執行機関である寮委員会が行ったものであり、これ以外の方法による入退寮(例えば教養学部が直接入寮を許可する、あるいは退寮を命ずる、など)は存在しなかったのであります。言い換えれば、新制大学発足後、教養学部と駒場寮自治会との合意の積み重ねによる協定・慣行として、駒場寮自治会が駒場寮の入退寮決定権の委譲を受け、その独占的な行使を行ってきたと言えます。
 本件申立書で債権者が主張する「旧駒場学寮の入寮を停止」とは、一九八四年一一月一四日以降の一連の入寮募集停止の通知・通達を指すものと思われますが、駒場寮自治会への入退寮決定権の委譲が教養学部と駒場寮自治会との合意によるものであり、両者の関係を規定する協定(八四年合意書確認事項三等)等によれば、一方の当事者である駒場寮自治会が一切合意していない(それどころか教養学部の提案にもとづく誠意ある協議すらなかったと聞いております)にもかかわらず、それを強行することはそもそも許されないものであります。

 五 駒場寮の入寮資格について

 本件債権者は申立書において、「旧駒場学寮は、東京大学教養学部学生及び同大学大学院総合文化研究科学生のための学寮であった」(六ページ)旨主張しています。しかしながら、これは事実と食い違いがある部分があります。
 駒場寮規約集(疎甲第一九号証の六)の中の入退寮および寮籍管理に関する規定(六三〜六七ページ)においても、寮生資格について東京大学教養学部学生という旨の規定がありますが、実際の運用取扱いとしては、駒場キャンパスに教育・研究の本拠をおく学生(大学院学生を含む)に対して、入寮資格を認めており、前記異動届に基づく教養学部の入寮許可決定なるものにおいても、そのような学生(大学院生を含む)の入寮は自動的に承認されていました。
 教養学部と駒場寮自治会との関係が正常なものであれば、教養学部が主張する入寮募集停止以後に駒場キャンパスに設置された数理科学研究科等についても、教養学部として当然に駒場寮在寮資格を認知したであろうことは容易に類推されるものであります。

 六 駒場寮の定員およびその充足率の推移について

 本件債権者は申立書において、「旧駒場学寮は老朽化が著しく、また相部屋制のためプライバシ─や個々の生活スタイルを重視する現代の若者のニーズに合致せず敬遠されがちで、経済的に必ずしも裕福でない層の自宅外通学生の多くはアパート等を利用していたことから、入寮者数は過去二〇年間にわたり収容人員(七五〇名)の半数程度でしかな」い旨(一六頁)主張しており、昭和五一年から入寮者数は定員の半分程度となり、昭和五九年には定員の半数を切ってしまって」いる旨(疎甲第四八号証二ページ)主張しています。
 しかしながら、まずご指摘しなければならないことは、ここで本件債権者が主張する根拠になっている定員七五〇名とは、一室五名を基準としたものであり、おそらく新制大学として発足した当初の学生の生活水準を基準として設定したものであるということであります。本件申立書の物件目録によれば、駒場寮の床面積は合計九〇一四平方メートルになりますが、定員七五〇名とすれば、一人あたりの床面積は、約一二平方メートルほどになりますが、一方文部省大臣官房施設部が定めた国立学校建物基準面積表の学生寄宿舎の項では、単身の場合一人あたりの最低基準面積は、一八平方メートルとなっています。逆にこの最低基準面積を基準としますと、駒場寮の床面積から計算した定員は、多くとも五〇〇人を越えることはありません(乙−一二、一四〜一九ページ)。
 実際の歴史的経緯を説明しますと、東大闘争(東大紛争)の余波を受けて一九六九年(昭和四四年)の入学試験は中止となり、この年入学の新入生はいないわけですから、一九六九年(昭和四四年)および一九七〇年(昭和四五年)の在寮生が少ないのはいわば当然であります。続いて、一九七一年(昭和四六年)は、本郷進学の時期が四月ではなく六月頃に遅れたため、その影響を受けて、新入生に対する年度始めの募集人員が少なかったためであります。その後、六月に本郷進学があって定員があいたとしても、一旦民間アパート等に入居した学生は賃貸契約の面からも年度途中に簡単に入寮できるわけではありません。これらの経緯を経て、一九七〇年代前半には一室四名(寮全体で約五八〇名)、一九七〇年代後半以降は一室三名(寮全体で約四三〇名)という状態が定着していったものであります。ちなみに一九七〇年代後半以降の約四三〇名という人数は前記の国立学校建物基準面積表によれば、一人あたり約二一平方メートルであり、不合理な数字ではありません(乙−一二)。なお、この事実は、教養学部も「二一世紀の学生宿舎を目指して」(疎甲第一〇号証)において、「現在駒場・三鷹寮の収容能力は約五五〇名、実際の寮生は約四五〇名」と、おそらく駒場寮約四三〇名という数字を前提とした人数約五五〇名が「収容能力」という用語を使って追認されているのであります。ここに出てくる数字を用いると駒場・三鷹寮を合わせた充足率は、約八二パーセントにもなることも合わせて指摘いたします。
 ところで、これらの歴史的経緯に関連して、駒場寮の「定員割れについて、私が寮委員長または寮委員に在任していた間には、交渉・折衝の場で問題として指摘され改善を指示された事実は一度としてなく、これは教養学部が容認していたことを示しています。

 七 駒寮自治会の財政について

 本件債権者は申立書において、「債務者らは、一泊二〇〇円の料金を徴収して本件建物に大学とは無関係な学外者を宿泊させ…(中略)…債務者らが国有財産を利用して利益を得ることも容認できない旨(二四〜二五ページ)の主張をしています。
 しかしながら、この一泊二〇〇円という金額は、いわば管理費にあたるものであり、寮生であればそれぞれの寮生が支払う寮自治会費の対価として享受できる駒場寮の様々な便宜を宿泊者に対しても与えることへの対価一〇〇円分と布団の使用料一〇〇円分であります。したがって、この制度によって駒場寮自治会は何ら利益を得ているわけではありません。
 また、この仮宿制度は、以前から教養学部が熟知しているものであり、私が寮委員長または寮委員に在任していた間に、問題として指摘され改善を指示された事実はなく、教養学部はこの制度を容認していたことを申し上げます。

 八 キャンパスプラザを望む学生について

 本件債権者は申立書において、「教養学部には、キャンパス・プラザの早期実現に向けて本件建物の取り壊しに積極的に協力すべきであるとの立場を示す学生も多数存在し、これらの学生と本件建物の存続を主張する債務者らとの間には深刻な対立のあることが窺われ」る旨(二七〜二八ページ)の主張をしています。
 ここでいう学生とは、月足某らのことを指すと思われますが、彼らの主張はいかなる学生自治団体にも正規の方針として採用されていない一部の集団だということを、まず指摘申し上げます。
 そのうえで、疎甲第四六号証の添付資料10をご覧いただきたいのですが、この添付資料の先頭部分にこの電子メールの発信人として表示されている**こそが、その月足某なのであります。この電子メールは三鷹国際学生宿舎特別委員会に宛てたものと思われますが、この電子メールのもととなった『いろは』は、私が代表をつとめている駒場寮存続を支援する会が発行する討論紙であり、本件債権者指定代理人でもある永野三郎氏、小林寛道氏を含む教養学部の主要な教官にもお送りしているものであります。ところが、駒場寮存続を支援する会が直接送っている紙版の『いろは』を添付資料として用いるのではなく、月足某からの電子メールを印刷したものを採用していることは、教養学部として月足某との連絡が日常的でごく普通の出来事であることを示しているのであります。それは、とりも直さず、「本件建物の取り壊しに積極的に協力すべきであるとの立場を示す学生」集団が、自立的な集団ではなく、教養学部の後ろ楯があって始めて存在しうる集団である可能性を排除できないことを示しているのであります。

 九 最後に
──仮処分申立の却下と裁判所の和解勧告を望む──


 以上、本件申立について、いくつかの論点にわたって陳述してきましたが、全体を通じて言えることは、本問題は学内問題であって、学問の自由を保障するため高度な自治を社会的にも付与されている大学の自治の範囲内で解決すべき問題であるし、またそれができる問題であるということです。見方を変えれば、三鷹国際学生宿舎の建設と駒場寮廃寮の問題について、大学の自治の範囲内の問題として解決がはかれないようであれば、それは最早大学の自治の自殺行為であると言えましょう。
 東京地方裁判所におかれましては、以上の諸点をご賢察いただき、何とぞ本件仮処分申立を却下していただくと同時に、従来の東京大学の自治の原則・慣行および教養学部と駒場寮自治会との関係における協定・慣行に立ち戻りつつ、かつ適切な条件の下で和解するよう債権者に勧告されるようお願い申し上げて、私の陳述を終えます。
− 以 上 −

国側疎明資料リスト


疎甲第一号証 国有財産台帳
疎甲第二号証 文部省所轄国有財産取扱規程
疎甲第三号証 東京大学所属国有財産取扱規程
疎甲第四号証 臨時教授会議事抄録(1991/10/09)
疎甲第五号証 「平成3年10月15日評議会記事要旨」
疎甲第六号証 拡大教授会及び教授会議事要旨(1995/09/21)
疎甲第七号証 「平成7年10月17日評議会記事要旨」
疎甲第八号証 「国有財産(建物・工作物)の取りこわしについて」(1996/04/05)
疎甲第九号証 年表「三鷹国際学生宿舎建設及び駒場寮廃寮問題の経緯」(1996/05/15)
疎甲第一○号証「21世紀の学生宿舎を目指して」(1991/10/17)
疎甲第一一号証の一 『学内広報』(1991/10/21)
疎甲第一一号証の二 「三鷹国際学生宿舎(仮称)」に関するアンケート(1991/12/05)
疎甲第一一号証の三 『学内広報』(1992/01/20)
疎甲第一一号証の四 「質問状」(1992/02/14)
疎甲第一一号証の五 「質問状に対する回答」(1992/0 2/22)
疎甲第一二号証 「駒場寮廃寮による在寮期限について」(1995/09/21)
疎甲第一三号証 「廃寮」告示(1996/03/13)
疎甲第一四号証 『学内広報』(1995/10/23)
疎甲第一五号証 「駒場学寮の在寮期限について」(1996/03/13)
疎甲第一六号証 市村学部長名の「廃寮」通知(1996/04/01)
疎甲第一七号証 「廃寮」掲示(1996/04/01)
疎甲第一八号証 仮処分調書
疎甲第一九号証の二 執行異議申立書
疎甲第一九号証の二 異動報告(1990/01/16)
疎甲第一九号証の三 卒業証明書
疎甲第一九号証の四 退学証明書
疎甲第一九号証の五 退学証明書
疎甲第一九号証の六 駒場寄宿寮規約
疎甲第一九号証の七 『緑の旗』第583号(1996/11/01)
疎甲第一九号証の八 住民票
疎甲第一九号証の九 住民票
疎甲第一九号証の一○ 東京大学三鷹国際学生宿舎入居届
疎甲第一九号証の一一 住民票
疎甲第一九号証の一二 住民票
疎甲第一九号証の一三 住民票
疎甲第一九号証の一四 住民票
疎甲第二○号証の一 「退去命令」掲示(1996/04/05)
疎甲第二○号証の二 「学外者退去の命令」(1996/05/01)
疎甲第二○号証の三 「学外者退去の命令」内容証明郵便(1996/05/01)
疎甲第二一号証 「駒場祭準備のための駒場寮活用法!」(1996/09/13)
疎甲第二二号証 駒場祭準備のための寮利用を訴えるビラ(1996/10/22)
疎甲第二三号証 駒場祭準備のための寮利用を訴えるビラ(1996/11/11)
疎甲第二四号証 自習室利用を訴えるビラ(1996/09/05)
疎甲第二五号証 「学生の皆さんへ」反論ビラシリーズ2(1996/05/08)
疎甲第二六号証 「盗電を禁止する」(1996/05/24)
疎甲第二七号証の一「Q3キュービクル内異常電圧発生報告書」(1996/11/25)
疎甲第二七号証の二「Q3号変電所点検記録簿」(1996/11/23)
疎甲第二八号証の一「不審火」「放火」関連新聞記事
疎甲第二八号証の二「駒場で連続放火」新聞記事(『東京大学新聞』1996/04/16)
疎甲第二九号証 「暴力事件について」報告書 (1996/10/31)
疎甲第三○号証の一「銀杏並木セツルメント」ビラ(1996/01/19)
疎甲第三○号証の二「駒場寮廃寮反対運動の暴走を憂慮する」(1996/01/23)
疎甲第三○号証の三 自治会正副ビラ(1996/01/26)
疎甲第三一号証 「学生の皆さんへ」7(1996/06/17)
疎甲第三二号証 CCCLカラーパンフレット(1994/07/20)
疎甲第三三号証 「平成8年度国立学校施設整備費(第1次)の決定について」
(1996/09/05)
疎甲第三四号証 「平成8年度国立学校施設整備費実施計画案の作成について」
(1996/02/13)
疎甲第三五号証の一〜四三 在学証明書
疎甲第三五号証の四四 「実家等、通学可能拠点の一覧」
疎甲第三六号証 「駒場学寮廃寮に伴う特別措置」(1995/10/17)
疎甲第三七号証の一「駒場学寮廃寮に伴う特別措置」に基づく三鷹国際学生宿舎
への入居募集について(1996/02/15)
疎甲第三七号証の二「駒場学寮廃寮に伴う特別措置」に基づく三鷹国際学生宿舎
への入居募集について(1996/04/03)
疎甲第三八号証 三鷹国際学生宿舎カラーパンフレット
疎甲第三九号証の一「駒場国際交流奨学金募集のお知らせ」(1995/05/19)
疎甲第三九号証の二「駒場国際交流奨学金募集のお知らせ」(1996/05/08)
疎甲第四○号証 プレハブ平面図
疎甲第四一号証 「1996年度駒場寮入寮募集案内」パンフレット
疎甲第四二号証の一「1996年度9月補充入寮募集選考実施要項」
疎甲第四二号証の二「1996年度10月補充入寮募集選考実施要項」
疎甲第四三号証 『学内広報』(1996/07/15)
疎甲第四四号証 陳述書1(東京大学教養学部等学生課長 右松鉄人)
疎甲第四五号証 陳述書1(東京大学教養学部評議員永野三郎)
疎甲第四六号証 陳述書2(右松鉄人)
疎甲第四七号証 報告書(東京大学経理部主計課長上國料伸一)
疎甲第四八号証 陳述書3(右松鉄人)
疎甲第四九号証 陳述書(東京大学教養学部教授生井澤寛)
疎甲第五○号証 陳述書4(右松鉄人)
疎甲第五一号証 陳述書(東京大学教養学部教授大貫隆)
疎甲第五二号証 陳述書2(東京大学教養学部教授永野三郎)
疎甲第五三号証 陳述書1(東京大学教養学部長市村宗武)
疎甲第五四号証 『厚生補導必携』(第一法規版)
疎甲第五五号証 陳述書2(東京大学総合文化研究科長・東京大学教養学部長 
市村宗武)
疎甲第五六号証 異議申立に対する「決定」(1997/01/29)


カンパと年会費をお願いします

  1. 裁判費用  昨年9月の占有移転禁止仮処分から今回の明寮明渡し仮処分に至るまで、法廷においても寮存続の闘いが続けられています。今のところ主に三人の弁護士の献身的な活動によって、訴訟資料の作成など裁判闘争が支えられています。しかし、寮財政の悪化から、弁護費用や必要経費すら十分に払えているとはいえない状況です。今後も裁判所に提出する膨大な資料を作成する費用などに、かなりの出費が予想されます。支援する会でも裁判闘争を支えるための資金援助の必要を痛感しています。
  2. 寮フさんの雇用  別項でもお知らせしたとおり、寮務室で電話の応対などをやって下さる寮フさんを、寮で雇うことになり駒場寮自治会と支援する会により駒場寮厚生会が設立されました。支援する会では、寮フさん雇用のために毎月5万円を分担していく予定です。

  3. 『支援する会』の活動拡大  会報『いろは』の購読料は年会費1000円になっております。まだ一度も払っておられない方は、ぜひともお忘れなく。また、寮存続の闘いは、長期化する見通しが出てきましたので、支援する会としては、インフラ整備などにもいっそうの力を入れていきたいと思っています。今後、新入寮生を迎えて行くためにも、支援活動の強化が必須です。明るい展望が見えて来た今がひとつの正念場だと思われますので、ぜひカンパのご協力をお願いします。
1.「駒場寮存続を支援する会」は、以下のことに取り組んでいます
        ■討論紙「いろは」の発行■駒場寮と周辺の清掃活動への参加■寮風呂
        復興への取り組み
        ■駒場寮への安定した電気供給■以上を実現するための資金集め
2.会報発行、上記の支援活動にカンパをお願いします
        さくら銀行 中野新橋支店(普通口座)
                        口座番号        *******
                        口座名称        駒場寮存続を支援する会 難波卓志
        郵便振替        口座番号       *****-*-******
                        口座名称        駒場寮存続を支援する会
                        (賛同費千円、カンパ使途の指定があれば通信欄に明
                        記して下さい)
3.「いろは」への投稿を待ってます
        駒場寮への期待、寮生への激励、存続運動への意見、私の駒場寮経験など
        駒場寮存続を架け橋にした文章を載せていきます。
4.そして是非とも賛同、なにより参加をお願いします。
        定例会議は月二回
        第二、四日曜日 午後2時から北寮9S
                        連絡先  〒153東京都目黒区駒場3-8-1 東大駒場寮北9S
                                                ***-***-****


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宴・96.3.31
(写真・根上)
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廃期越え一周年 大花見会

                日時 4月13日(日) 12時から
                場所 北寮前一帯 

企画 特別ゲスト来訪予定
   恒例のアレもやります
   酒、食い物の持ち込みもドンドンお願いします
   その他、もろもろのイベントあり
   お楽しみに

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駒場寮という名の渾沌に一穴もあけさせまじ

「駒場寮存続を支援する会」からすべての仲間の皆さんへ。
駒場寮存続のための支援と協力と参加を呼び掛けます。
1996.4.28 「駒場寮経験者」
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