欲望を抑圧する人間は、抑圧できるほど弱い欲望しか持たないから抑圧するのだ。抑圧者たる理性は、欲望から居場所を奪い、満たされない欲望を抑えこむ。
 そして抑圧された欲望は、次第に受け身にまわり、欲望の影に過ぎないものに落ちぶれる。
 この歴史は失楽園に書かれており、抑圧者すなわち理性はメシアと呼ばれている。
 また、もとは大天使で、天空に号令をかけていた者は、悪魔あるいはサタンと呼ばれ、罪と死を子に持つ。
 しかし、ヨブ記では、ミルトンのメシアはサタンと呼ばれている。
 それは、この歴史が両陣営に認められているからである。
 理性には、追放されたのは欲望のように見えただろう。しかし、悪魔の側からすれば、落ちたのはメシアであり、メシアは混沌から盗んだものによって天国を作ったのである。
 これは、福音書を読めばわかる。キリストは、理性が観念を築く基礎を与える聖霊すなわち欲望の派遣を父に祈っている。聖書のエホバは、燃えさかる炎のなかに住む彼の者にほかならない。
 死後、キリストがエホバになったことを思い出せ。
 しかし、ミルトンにおいては、父なる神は運命であり、御子は五感で測れる存在であり、聖霊に至ってはどこにもいない!
 注意。ミルトンが天使と神を描くときに窮屈そうで、悪魔と地獄を描くときに力を発揮したのは、彼が真の詩人であり、知らぬ間に悪魔の陣営に属していたからである。





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