愛のキルト

森原智子



北アメリカに わたしのキルトが待っている 「泣く柳」と命名されて 棺をおおう 特別な黒いキルトで 陽に透かせると 無数の昆虫の寝相がみえた 蛙は虫ではないけれど 芭蕉の蛙は虫であっていい くぐもっていったまま存在していることで といえば 女友だちが 「泣く」と「柳」では すこうし つきすぎてはいないかしら そうかもしれない そうでないかも いきなりで悪いけれど あの 制服の金ボタンは 胸の肉より すこうし はなれるようにつけたものだ 浮いているようにね 空へむかって ぶらぶらする想いのことを言うなら すこうし のところで ぶらぶらの人生に 困ったことない? たとえば 地に植えつけた たくさんの 涙の茎のように ふるえても みえることが

Booby Trap No. 25



愛のキルト-タイトな感情-断片

タイトな感情

森原智子



正月ってなぜか消化が悪い 誰かがどこかで決めていることらしい 広い海面に すべての 船は傾いた形をしたまま とどまって見えるが 本当は 少しずつ動いている 薄い服を キリもなしに脱ぐ 舞台のように それが タイトな感情ほど 気味が悪い 枯れ井戸の底で 羽化遂げる 蝶蝶を見た 欠けた月が出る空の下で 渡っていく 一月の五日間が あるようだ 行ってしまう 死んでいってしまうのだ 両性具有の蝶の股間に 不健康な旅が光り 裏海では どこまでも 幻の藻菊が 未生のものを追っていった

Booby Trap No. 26



愛のキルト-タイトな感情-断片

断片

森原智子



T その横笛は 息絶えるときひとこえ鳴った   空中に肺臓のない鳥が一羽いる U 長い手紙を好まないのは 物理的にも長いからだ。今日も横断歩道を白くらく   らくと渡ってくる V 狂人は先ず狂人を模倣する 彼女は地下鉄の壁のシミに沿って背中で歩くので   私もそうしたが 赤いクレヨンを持っていなかったから迫力に欠けたのだ W 大久保のガード下には 三つの凸凹がある。凹についてなら娼婦のハイヒール   と 老客が杖をあずけるところ X マンションの一室。フロアに新聞を敷いて素足を楽しんでいる若い女をカメラ   が三時間追っている Y 錆びた錠前はどの建て物にもピッタリと似合うので 論理をこえている Z ぐったりと手肢を垂らして車椅子にのっていた少女の亡霊が   深夜のセブンイレブンで あんまんのうえにピンクの花印を一心につけていた

Booby Trap No. 28


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