97 横浜球場で野球観戦(6月7日) |
写真97-3 横浜市に住むようになってからはまだ8年ほどだが、野球は20年以上前から大洋(現横浜)ファンである。生きている間は優勝する姿を見ることができないかと思っていたが、2年前に優勝することができた。しかし、横浜ベイスターズという名前には、未だに馴染めないでいる。大洋の代わりに横浜というのはまあよいのだが、ホエールズという名前が好きだった。それはともかく、大学時代から親しくしていた友人が同じ大洋ファンであることを3年前に偶然に知り、お互いに驚いていたのだが、いっしょに観戦しようということになり、この6月7日に出かけた。彼は東京から来るので、JR根岸線関内駅で待ち合わせることになる。私は、事務所で5時まで仕事をして、センター北駅に向かって歩き始めた(写真97-1、写真97-2)。事務所を出たところで携帯に電話がかかってくる。彼はちょっと遅れるということ。それではと、センター北のマクドナルドでちょっと腹ごしらえをする(写真97-3)。 写真97-11 地下鉄に乗れば(写真97-4)、40分ほどで関内に着いてしまう(写真97-5)。センター北駅までの歩きにかかった30分と比べると、不思議な感じがする。地下鉄関内駅は、JRの関内駅とは少し離れたところにある。横浜市庁の手前で右に曲がればよかったのだが、すでに始まっている試合の歓声が耳に入ったので、球場のすぐ横まで行ってしまった(写真97-6)。そのまま、球場のある横浜公園沿いに根岸線のガードまで行き(写真97-7)、ガードから後戻りするような形で関内駅に向った(写真97-8、写真97-9)。友人はまだ到着していなかったので、関内駅のまわりをうろうろ歩く(写真97-10〜写真97-12)。関内駅構内で横浜の応援グッズを売っているのには驚いた。 写真97-14 友人とは無事合流でき、球場に戻る。横浜球場に来るのは、約10年ぶりである。当時の同僚に、「オレも大洋ファンなんだけど、横浜球場に行かないか」と誘われ、「1塁側は熱狂的なファンがいて危ないから3塁側に入ろう」と言われて、へーそんなもんかと思って3塁側に入ったら、大洋ファンよりも危険そうな阪神ファンがどっさりいた。要するに、阪神ファンの同僚にまんまと騙されたのだが、私は球場で観戦したことがほとんどなかったもので、うぶだったのである。悔しいことに、その試合は阪神に負けたが、屋根のない球場で飲むビールはうまかったし、適度にすいていてゆったり座れたし、帰りには中華街で食事をしてきたので、それなりに満足できた。この日の連れは、正真正銘の横浜ファンだが、やはりそれほど頻繁に球場に足を運んでいるわけではないので、2人とも入口がすぐにはわからなくて、3塁側の応援席の方に行ってしまい、10年前のことを思い出した。球場のまわりを半周し、1塁側内野自由席前に来ると、そこはすでに満席で、ライト側外野スタンドに入った(写真97-13〜写真97-16)が、ここも座れるところは残っていなかった。10年前なら座れないなんてことは考えられなかったが、一昨年に優勝し、昨年もAクラスになったので、ファンの期待が高くなってしまったのだろう。 写真97-19 結局、ライトスタンド最上段の通路の手すりに寄りかかりながら、立ち見することにした。マルハのちくわを肴にまずはビール。試合は3回裏まで終わって3-2で横浜が勝っていたが、4回表にピッチャー小宮山が広島8番打者の瀬戸にあっさりホームランを打たれて3-3の同点になった。しかし、5回裏に打者17人の猛攻で1イニング最多得点タイ記録の13点を取り、試合を決めた(写真97-17〜写真97-21)。私も友人も最初はスタンドの応援についていけなかったが、長々と続く攻撃の過程でリズムを少しずつ覚え、得点時にはまわりといっしょにバンザイをして、気持ち良く酔っ払っていった。その後、広島の方も打者一巡の攻撃で追い上げたが、結局横浜が勝った(写真97-22〜写真97-25)。お世辞にも誉められた試合内容ではないが、横浜ファンとしてはとにもかくにも勝ったので満足である。 写真97-27 ヒーローインタビューが終わり、横浜ファンも帰り始める(写真97-26)。ライトポール際には、ベーブ・ルースのプレートが飾ってあった(写真97-27)。試合中はもちろん外野席から内野席に移ることはできないが、試合後は内野席を通って外に出ることができる(写真97-29、写真97-30)。通路は帰る人でごった返していた(写真97-28、写真97-31)。それにしても、これらの写真が全部フラッシュなしで撮れたのだから、球場の明るさというのは相当のものである。 写真97-33 球場(写真97-32)から大桟橋通りを渡って、中華街に向かう。すぐに入口の門が見えてくる(写真97-33)。試合のあとの食事場所ということでは、横浜球場は優れている。10年前に来たときには、この中華街に向かう道で当時阪神にいたパリッシュ選手を見かけた。ヤクルト時代、ワニを食べる男として有名になった選手である。やはり、試合後は中華街で食事というところだったのだろう。この日の私たちは、門からすぐ近くの店に入り、1時間半ほど食べて飲んだ。球場ですでに缶ビールを3本ほど飲んでいた上に、横浜が勝ったので、2人ともかなりご機嫌で閉店まで粘ってしまった。11時過ぎにJRで帰る友人と別れ、地下鉄関内駅から帰った(写真97-34〜写真97-36)。 写真97-36 この試合のあと、横浜ベイスターズは連敗を重ね、かつての定位置(借金を返せないBクラス)に落ちていった。7月3日現在で29勝35敗の借金6で5位である。この調子で負けていけば、外野スタンドで座れないというようなことはなくなるだろう。 (参考地図) 00/7/3 |
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