85 久本、下作延、溝口、二子(4月4日)



写真85-5  (承前)久本に入って、まず目についたのは、川崎北税務署の入口(写真85-1)だが、建物は離れたところにあるらしく、入口からはよくわからない(写真85-2)。このあたりから再び商店が増えてくる(写真85-3)。右側には洗足学園が見えてくる(写真85-4)。商店街の間に龍台寺入口という看板があったので(写真85-5)、そちらに行ってみる。県道14号線と平行して細いくねくねと曲がった道があり、龍台寺はその道に面して建っていた(写真85-6、写真85-8)。天台宗で調布の深大寺と関係がある。表の看板にも書かれていたように、毘沙門天(写真85-7)が信仰を集めたようだ。
写真85-13  寺を出てからも、旧道らしき道を溝口の方に向かって歩いたが、新道に戻る道はなかなか見つからなかった。富士通ゼネラルの体育館(写真85-9)の手前でようやく県道14号線に戻る。洗足学園の門のところだった(写真85-10)。洗足学園の敷地はその後も続き、端(写真85-13)まで来たときには、もうJR武蔵溝ノ口駅はすぐそこだった(写真85-14)。その間、反対側には、大蓮寺(写真85-11)という浄土宗の寺があり、レストランの奥に桜が咲いているところがあったが(写真85-12)、なかには入らなかった。
写真85-16  久本神社(写真85-15)は、駅が目の前に見えるところにあった。本殿は鉄筋コンクリートで、境内は駐車場になってしまっている。その先に市民プラザ線溝口駅というバス停(写真85-16)があったが、これは溝口駅前のほかのバス停(写真85-18、写真85-46)と区別するための呼称らしい。ここからは高田町(写真56-5)、有馬第2団地(写真40-34)行きが出ている。駅前のビルを横目に見ながら歩いていると(写真85-17)、東急溝の口駅前に出てきた(写真85-18、写真85-19)。広いバス乗り場がある。そのまま東急のガードを潜り、交差点(写真85-24)を1つ過ぎると、下作延に入る。
写真85-25  下作延で撮ろうとしたのは、高津区役所である(写真85-21)。区役所だけではなく、福祉事務所、保健所なども同居している。区役所の横は、国道246号線を通らずに梶ヶ谷に出るための抜け道で、車で何度か通ったことがある。区役所のまわりの商店街も何やらもの珍しい気持ちがしたので写真に撮った(写真85-20、写真85-22、写真85-23)。区役所を見られたので、ガード近くの交差点に戻る(写真85-24)。庚申塚があって、そこには市の案内板までついていた(写真85-25)。あとで地図を見ると、ここは溝口、久本、下作延の3つの町(これらはどれも昔からの村名でもある)の境界になっていた。最近、ようやくそういうことも勉強し始めたのだが、庚申塚と塞の神は同じような存在で、村の境界で外部から悪神が入ってくるのを防ぐ役割を与えられていたという。ここに庚申塚があるのは、意味のあることなのだ。
写真85-30  県道14号線は、写真85-24の交差点で右に曲がり、南武線を渡る大山街道と合流する。この大山街道の方に溝口神社があるはずなので、そちらに歩いていこうとしたら、東急溝の口駅と平行に南武線を渡る歩道橋が見えた。そこで、歩き始めた道を一度庚申塚の近くまで戻り、東急のガード下近くまで行って(写真85-26)、歩道橋を渡った(写真85-27、写真85-28)。考えてみれば、溝口も小杉(71回)と同様に、電車ではよく通過するが、下車してゆっくり歩いたことのない街だった。特にJRの駅から離れたこのあたりは歩いたことがなかった。歩道橋からは溝の口駅西口商店街という看板が見えていた。下北沢や吉祥寺などにもこういう商店街があるが、私はこういう街の雰囲気が好きなのである。歩道橋を下りると、早速そちらの方に行ってみた(写真85-29〜写真85-31)。あまり景気がよいというわけではなさそうだったが、裸電球がいい雰囲気だった。
写真85-39  商店街を抜けたあとも同じ太さで道は続いており、大山街道と再び合流した。合流してすぐ、栄橋交差点に出た(写真85-32)。ここからバス通りを国道246号線の方に少し歩いてみたが、溝口神社はこちらではないなと思って引き返し、栄橋交差点からのびる細い路地に入った(写真85-33)。すると、溝口神社を見つける前に宗隆寺という日蓮宗の寺があった(写真85-34、写真85-37)。浜田庄司の墓があるという(写真85-35)。墓地の裏に桜が咲いていてきれいだった(写真85-36)。路地をさらに歩いていくと、溝口神社の裏側に出た(写真85-38)。この散歩では、神社の裏口から入って正面から出て行くのがなぜか通例となっている。本殿(写真85-39)には酒樽が積み上げてあった。
写真85-49  溝口神社の正面の入口(写真85-40)は大山街道に面していた。駅のまわりばかりを歩いていて、駅の真ん前に行っていないので、どうにかしてそちらの方に歩いていきたいと思い、遠くからも見える駅ビルを目印にこれと思う道を歩いていった(写真85-41〜写真85-43)。あとで地図を見ると、ちょっと遠回りをしていたようなのだが、何とか駅前に着いた。ここは数年前に再開発されたところで、14年ほど前に下車したときには、このような風景ではなかった。2階建てになっている駅前広場の1階は自動車のためのスペースで、人間のためのスペースは2階である。まずは2階に上がって、丸井の建物とホテルMETSの間の建物の間の道を見下ろす(写真85-44)。それから東急、JRの改札口の方に歩く(写真85-45)。JRの入口を遠巻きに見ながら(写真85-46、写真85-47)、まずは東急溝の口駅の入口の前に出る(写真85-48)。それから、JRの改札口に回る(写真85-49)。JRの改札口は2階にあり、ホームは1階にあるので、改札前からホームを見下ろせる(写真85-50)。それから再びホテルMETSの方に歩いて(写真85-51)、1階に下りてみるが(写真85-52)、道を渡ることもできないのでまた2階に戻った(写真85-53)。
写真85-60  まだ元気があるので、二子玉川に向かって歩こうと思ったが、どの道を通ったらよいだろうか。駅前広場にある地図を見ると、ここに入ってくるときに通ったマルエツ前の道(写真85-54)を通れば、そのまま高津駅の近くに出るらしいことがわかった。しばらくはすごい人だったが、二ヶ領用水に架かった橋(写真85-55)を渡ったあたりから人が減った。左を見ると、帝京大学溝口病院(写真85-56)があった。そこで病院に向かって歩き、東急のガードを潜って右を見ると、もう高津駅のホームが見えた(写真85-57)。そのまま線路に沿って歩く。高津駅の改札口(写真85-61)は、府中街道(写真85-58、写真85-59)に面しており、横に古い東急の車両が飾られている(写真85-60)。それだけではなく、ホームのガード下全体が電車とバスの博物館(写真85-62)になっている。
写真85-74  高津駅を通り過ぎたあとも線路沿いに歩いていったが(写真85-63、写真85-64)、そのうち道が線路から離れていって、大山街道に出た(写真85-65)。東京側を見ると(写真85-66)、二子神社の入口(写真85-67)が見えた。参道(写真85-68)を歩いて本殿(写真85-69)の前に出ると、その先はもう多摩川だった。参道の横には、神社の付属施設の二子会館(写真85-70)があり、横には二子公園があって、岡本太郎作の岡本かの子文学碑があった(写真85-71)。神社と川の間を走る多摩沿線道路(写真85-72〜写真85-75)を渡り、河川敷に出てみた(写真85-76〜写真85-77)。あとは、川を渡るだけで都内に入る。しかし、その前に二子新地駅を見ておこう。多摩沿線道路を再び渡って公園の横の道を歩く(写真85-78、写真85-79)。古い電柱に二子三業地の文字があった(写真85-80)。(続く)

参考地図[溝口][二子神社]

00/4/24


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