82 川向町、折本町、東方町、池辺町(杉山神社)、佐江戸町(3月21日) |
写真82-1 車のブレーキが壊れて川向町の工場に修理に出さなければならなくなった。ふだんなら妻に実家の車を借りてもらって、2台で出かけて修理車を置いて、妻の車に乗って帰ってくるところだが、この日は妻には用事があって、私一人で行かなければならなかった。いや、行かなければならなかったという言い方は、少し違うかもしれない。散歩の習慣ができる以前なら、妻が都合のつく日まで待って、帰りの足を確保していただろう。しかし、今度はこれ幸いと車を置いてから散歩に出かけたのだった。 写真82-6 川向町は、都筑区の最南端の鶴見川沿いにある。工場は、川向町のなかでも東の方、第三京浜港北インターの東側にある。さらに東に行くと、大熊川を境として港北区新羽町(69回、73回参照)に入る。まずは工場から、港北インターの方に向かって歩いていった(写真82-1、写真82-2)。ほどなく、第三京浜本線の下を通る(写真82-3、写真82-4)。高架を潜り抜けた先には、港北インターの料金所がある(写真82-5、写真82-6)。港北インターは何十年も前に作られたインターチェンジなので、つい数年前に作られたばかりの都筑インター(写真27-30)と比べるとゲートが少なくて渋滞しやすい。また、本線とインターチェンジからの道の合流部分も短く、初心者ドライバーの心臓を縮み上がらせる。料金所を出た車はすぐに第三京浜港北IC入口交差点で新横浜元石川線にぶつかる。横断歩道はないので、歩道橋に上って周囲を撮る(写真82-7〜写真82-10。横断歩道があっても、写真を撮るために歩道橋を渡るだろうが)。緑産業道路と交差する第三京浜入口交差点まで、新横浜元石川線を新栄高校南側交差点(写真81-1、写真81-2)の方に向かって歩く(写真82-11)。途中で鶴見川の支流である江川を渡るが(写真82-12)、ここで川向町から折本町に入る。 写真82-24 緑産業道路は、以前も自宅から歩いてきたことがある(写真69-45)が、そのときは新羽の方に歩いていった。この日は逆に中山の方に向かって歩く(写真82-13〜写真82-15)。この道は、産業道路と言うだけあって、工場が多い。同じような風景が続くとか、殺風景だとか言うこともできるかもしれないが、信号のある交差点ごとに写真を撮って、何とか同じような風景の違いに慣れようとした。最初の折本交差点は撮り忘れたが、東方町に入って、テクノゾーン入口(写真82-16、写真82-17)、前耕地(写真82-18)、東方町(写真82-19)、池辺町に入って岩崎橋(写真82-21〜写真82-23)とその南の山崎パン(写真82-20)、そして梅田橋(写真82-27〜写真82-30)とその近辺の東京エレクトロン(写真82-24)と大日本印刷(写真82-25、写真82-26)である。途中、岩崎橋から梅田橋までは、道路工事をしていた。あとで地図を見ると、この部分には作る予定の道が点線で描かれていた。その点線の部分がすでに道路になっていて、私はそこを通ったようである。まず車線の半分だけを作って、車が通れるようにしておいてから、もう半分を作っていたのだろう。 写真82-35 梅田橋は、横浜上麻生線との交差点で、ここで緑産業道路から離れて横浜上麻生線に入る。正確に言うと、横浜上麻生線のすぐ北側に平行してのびる遊歩道を見つけ(写真82-31)、そこを歩いた(写真82-32)。歩き始めてすぐに神奈川陸運支局というのがあった(写真82-33〜写真82-36)。どうやら、自動車の登録のためにこなければならない場所らしい。しかし、こんなところに来た記憶はなかった。どうしてだろうと思ったが、登録はディーラーがやってくれていたのである。なるほど。少し歩くと、都田小学校入口交差点(写真82-37〜写真82-39)が横に見え、さらに池辺町交差点(写真82-40)の近くに出てきた。ここから都田中学校入口交差点(写真82-43、写真82-44)までは、遊歩道を離れて横浜上麻生線を直接歩く。都田中学校入口交差点は、富士見が丘交差点(写真81-75)を通る新道との分かれ道である。この新道は、昨年発行の私の地図には載っておらず、今年版には載っていたので、この1、2年の間に開通したものだと思われる。ここで新道を少し歩いた(写真82-45、写真82-46)が、そのまま富士見が丘に向かおうとしたわけではない。確かこちらの方に神社があるはずだと思ったからきたのである。開戸交差点(写真62-20)の立体交差の一部がすでに見えていたが、手頃な側道が見つかったので、そこを右に曲がる。 写真82-50 考えたことは間違っておらず、そこから200mも歩かないうちに杉山神社が見つかった(写真82-48、写真82-49)。スーパー(写真82-47)と向かい合っている。それにしても、杉山大明神とはどういう神様なのだろう。山田神社(写真5-13)など、あちこちで見かけた力石と同じようなものが飾ってあったが(写真82-50)、これは明治初期の寄進者の名前が明記されていて、さし石、地雷石と書かれており、力石の名前はない。杉山神社を後にして、入ってきた側道をそのまま歩く。4つ角(写真82-52)に出たので左に曲がってみると、都田中学校の校門に出た(写真82-51)。4つ角まで戻って、先ほどの道の続きを歩くと、左右に寺が見えた。右の寺の入口はなかったので、左の寺に入る。長王寺という真言宗の寺である(写真82-53〜写真82-55)。大きなイチョウがあって、乳出しイチョウというのだという案内板が2つ(横浜市教育委員会と神奈川県)あったが、どの部分を乳と呼んでいるのかよくわからなかった(写真82-54)。歩いてきた道の続きをさらに歩くと都田小学校の西門(写真82-56)に出て、道はそこで小学校に行く手をさえぎられるように右に曲がっていた。そして小学校の外れ(写真82-57)で別の細い道と交差していた(写真82-58)。先ほど右手に見えた寺の入口を探すために、この道に入る。宗忠寺という浄土宗の寺だった(写真82-59、写真82-60)。寺の紋章は別にあるようだったが、門にはなぜか徳川の葵の紋章が付いていた。何か関係があるのだろうか。 写真82-64 この道をさらに歩いていくと、先ほど通った都田小学校入口交差点(写真82-37)に出てきた。確かに、都田小学校入口には違いない。遊歩道の先ほど通らなかったところを歩くと、下藪根公園と自治会館があった(写真82-61)。そして、再び都田中学校入口交差点(写真82-62)に出てきた。ここからは遊歩道はなかったので、横浜上麻生線(旧道)を直接歩く。池辺白ゆり幼稚園(写真82-63)というのは、写真こそ残っていないが、中原街道にも入口があった。その先に雰囲気のある細道があって(写真82-64)、歩いていった先には観音寺という寺があった(写真82-65、写真82-66)。観音寺という寺は東山田にもあるが(写真8-12)、東山田は天台宗、こちらは真言宗である。池辺町の交番(写真82-67)が近くにあった。さらに西に歩くと、藪根交差点(写真82-68)があり、以前来たことのある佐江戸交差点(写真82-69)に出た(続く)。 (参考地図[港北インター]、[梅田橋]、[池辺杉山神社]) 00/4/21 |
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