81 折本町、東方町(東方天満宮の梅)、池辺町、葛が谷(2000年3月2日) |
写真81-1 10月から毎日2回ずつ犬の散歩をする上に、事務所を往復するようになって、毎日コンスタントに6000歩から8000歩は歩くようになった。そのため、当初の散歩の目的である運動不足はかなり解消された。その一方で、写真を撮るための散歩はエスカレートして、ちょっと近場を歩いただけでは満足できなくなってしまった。そうすると、忙しいときにはなかなか出かけられない。それでも、月に1、2度は出かけようと思い、10月(76回)、11月(79回)は出かけたが、11月の後半から忙しくなってしまって、2月までカメラを持っての散歩には行かなかったのである。しかし、日々の事務所との往復でも、次第に木々が春めいてきて、梅の花などが見られるようになってくると、どうしても行きたいところが出てきた。それが、東方天満宮である。天満宮と言えば梅である。高田の天満宮(写真19-7)はどうだか知らないが、東方町の天満宮に梅があるということは、前の年の梅が終わった頃から知っていた。見逃してしまうとまた1年見られない。家に届いた市の広報で、2月末の土日に梅祭りというのをすることがわかった。その前後なら間違いなく咲いているだろう。そこで、3月に入って早々に、無理して出かけることにした。 写真81-8 忙しいことに変わりはなかったので、少し手抜きをすることにした。仲町台駅の1つ手前のバス停、新栄高校南側(写真81-1、写真81-2)までニュータウン循環の市バスに乗っていったのである。ここまでの道は何度も歩いている(34回、51回、69回)。もちろん、まだ歩いていない道はいくらもあるはずだし、1度歩いた道でも、2度目には別のものを見付けたりするものだが、それで目的地に行けなければしょうがないので妥協することにしたのである。ここから新横浜元石川線を新横浜に向って少し歩く(写真81-3)。次の交差点は、長福寺東側(写真81-4〜写真81-6)。車でここを通るたびに長福寺というのはどういう寺なのだろうと思っていたので、西に入ってみると、すぐに寺が見つかった(写真81-7)。真新しい寺内社の熊野権現(写真81-8)と墓地の観音像(写真81-9)が目を引く。新栄高校南側交差点から坂道を下ってきたが、墓地は再び坂を上っていったところにあり、大熊川の向こう側にある折本小学校などが見えた(写真81-10)。 写真81-17 新横浜元石川線に戻ると、すぐに次の長福寺南側交差点(写真81-11〜写真81-13)がある。ここで新横浜元石川線から離れて側道に入る。この道は車でも通ったことがなく、初めて通る道である。地図を見ると大熊川の北200mほどのところを川と平行に曲がりくねってのびているが、それもほんの数百mの間だけである。写真81-14の店を過ぎて大きく右に曲がり、振り返っても新横浜元石川線は見えなくなる。この日はたまたま葬式があったらしく、途中の道に案内の人が立っていたが、畑の向こうの式場には無数の花輪が立っていた(写真81-15)。側道に入って2つ目のバス停である折本北(写真81-16、写真81-17: センター南からこの側道を通って仲町台に向かう市バスが走っている)からは都筑工場(写真44-74)の煙突が見えた。折本町から離れ東方町に入るところ(写真81-18)で、最初の寺、源東院の前に出た(写真81-19、写真81-20)。境内に神社がある(写真81-21)。 写真81-24 道は源東院の前で大きく曲がってから畑の横に出てくる(写真81-22)。その畑の端のあたりで再び道は大きく曲がり(写真81-23)、目的の天満宮の前に出てくる(写真81-24)。鳥居の横に消防団の車庫がある。その隣にはさらに町内会館(写真81-32)もあって、神社が町内会と一体化している。それはともかく、梅は期待通りに満開だった(写真81-25、写真81-27、写真81-28)。本殿(写真81-26)には中年の女性のグループが腰掛けて話をしていた。散歩の途中で休んでいるらしい。帰りは裏参道を通ってみる(写真81-29、写真81-30)。梅がすぐ目の前まで伸びていたので、アップでも撮ってみる(写真81-31)。そして、町内会館(写真81-32)の横に出てきた。 写真81-38 町内の中心といっても、神社と消防団の車庫と町内会館があるだけで、すぐにまた田園風景に戻ってしまう(写真81-33)。200mほど歩いたところに龍雲寺という次の寺があった(写真81-34、写真81-35)。本堂(写真81-36)は、坂道(写真81-37)を少し上がったところにあった。これら3つの神社、寺は、どれも北側の道よりも高い位置にある。道に戻ってから、入口にある石仏を見て(写真81-38)、さらに西に歩く。龍雲寺から200mほどで東方町から離れ、池辺町に入る。数沢バス停(写真81-39)まで来たところで、バス通りから離れて南に向かう側道に曲がった。側道に入ったのは、坊方天満宮というもう1つの天満宮がこちらの方にあるからである。曲がってすぐに細い川を渡った(写真81-40)。歩いているときには、大熊川を渡ったのだと思っていたが、あとで地図を見ると、これはまったく別の浄念寺川というものらしい。川を渡ると上り坂で(写真81-41)、上り切ったところは三叉路になっていた(写真81-42、写真81-43)。天満宮はどちらか。右を見ると上り(写真81-44)、左を見ると下り坂である。たぶん上り坂の方だろうと思って右に曲がったが、上り坂の頂上には小さな祠があるだけだった(写真81-45)。あとで地図を見ると、三叉路に着いてしまう前に左に曲がらなければならなかったらしい。 写真81-51 林を抜けたところで再び三叉路があり、ここで右に曲がった。畑(写真81-46)を通り過ぎたところにまた三叉路があって、ここでは左に曲がった。すると、先の方に車が走っている道が見えた(写真81-47)。その道は予想通りに中原街道で(写真81-48)、星谷交差点(写真62-17、写真81-49)はすぐそばだった。数沢(写真81-39)で曲がっていなければ、ここにまっすぐに向かっていたはずだった。ここで左に曲がる。バスは星谷交差点で中原街道に入ってしまうので、ここからはバス通りではない。まずは、茅葺きの家を見付ける(写真81-50)。その先はスクラップの車が積み上げられている(写真81-51)。道と平行して川が流れているが(写真81-52、写真81-53)、これは先ほどの浄念寺川とはまた別の川である。坊方天満宮は見つからなかったが、川沿いに梅林を見つけて目を楽しませる(写真81-54)。道の反対側も畑(写真81-55)だが、奥にニュータウンが見える。そして、横浜上麻生線の新道と言うべき去年できたばかりの太い道に出る(写真81-56)。 写真81-64 すぐ横にあった一の丸歩道橋に上り、周囲を見る(写真81-57、写真81-58)。都筑工場の煙突の前に富士塚が見えた(写真81-59)。以前、この富士塚に上ったときに梅の実を見た(写真64-61)ことを思い出し、もう1度富士塚に行って梅の花を見ようと思った。横浜上麻生線の新道を市ヶ尾の方に少し歩き(写真81-60、写真81-61)、二の丸交差点の手前で北に曲がった(写真81-62)。畑のなかの道を少し歩くと、富士塚が見えてきたが(写真81-63)、何やら少し様子が違う。頂上に上るための階段が取り付けられているのである。そして正面に向かうと、ここが以前とはまったく違う場所になってしまったことがわかった(写真81-64)。梅の木は無惨に伐り取られて、1本しか残っていなかった。がっかりして頂上に上ってみる気にもならなかった。 写真81-72 富士塚の登山口から右を見ると、正面に都筑工場の煙突が立っていた。直接関係があるわけではないけれども、富士塚がこうなってしまったのはお前のせいだと恨めしく見上げた(写真81-65)。そのまま都筑工場の敷地のすぐ手前まで歩いていった。都筑工場はフェンスで覆われており、その外側に細い道があった(写真81-66〜写真81-68)。工場の端まで歩いていくと、農業専用地区とニュータウンの境界があり、そこからニュータウン内に入った。葛が谷地域ケアプラザ(写真64-47)の裏に遊歩道があり、そこを歩いていった(写真81-69、写真81-73)。おそらく、二の丸交差点に続いていると思われる車道(写真81-70)や、川和東小学校に続いていると思われる遊歩道と交差した(写真81-72)。正面には、OKストア(写真76-60)やエステスクエアふれあいの丘(写真81-71)が見えた。大丸バス停からバスで帰ることにして、待ち時間の間に(1時間に1本しか走っていないので)、バス停の横の店でラーメンを食べた(写真81-74)。食べたあともまだ10分ほど時間があったので、富士見交差点(写真81-75)まで歩いてみた。 (参考地図[長福寺]、[東方天満宮]、参考地図[坊方、星谷]) 00/4/21 |
[この回の写真一覧] [前頁(80 北山田OKストア開店(12月8日))] [次頁(82 川向町、折本町、東方町、池辺町(杉山神社)、佐江戸町(3月21日))]
mailto: webmaster@longtail.co.jp