69 仲町台、新羽町、大熊町、折本町(7月8日)



写真69-1  私が使っている地図は、見開きが南北に2.8km、東西に4kmの大きさになっていて、私の家は港北ニュータウンというページのほぼ中央にある。27回までにこのページはほぼ歩きつくして、このページを越えてあちこちに出かけたが、南側の新羽のページは、仲町台駅(写真51-38)近辺にしか行ってなかった。佐江戸交差点(写真62-34〜写真62-36)などは、南西側のページのさらに南側にあり、歩いていても遠かったのだが、すぐ南隣のページの新羽町には行ったことがない。そういうわけで初めて新羽町に行ってみることにした。地図を見ると、新羽町には寺や神社がたくさんあるらしい。とりあえずの目標になるそれらの位置をよく頭に叩き込み、仲町台近辺から新羽町に向かうと効率よくそれらをまわれそうだったので、まずは仲町台を目指した。
写真69-6  仲町台に行くには、どこかで早渕川を渡ってどこかでせきれいのみちか新横浜東山田線に入ることになる。南山田町には早渕川に向かう道が何本も通っているが(戦後、ニュータウン以前に区画整理をしたことがあるという話をその後聞いた)、のちめ不動交差点(写真4-5)から数えて4本目の道を初めて通った(写真69-2)。この道の入口近くには、田んぼもあった(写真69-1)が、田んぼはここだけで、農地は果樹園や野菜畑が多い。農地以外に住宅や工場もある。この日通った道に沿ったところでは、ミナトエレクトロニクスという会社があった(写真69-3)。待橋(写真34-3)で早渕川を渡り、せきれいの道を素直に歩いてせせらぎ公園まで来ると、池の手前で左側に曲がる歩道があることに気付いた(写真69-4)。ここを歩いて行くと、北原橋という歩道橋(写真69-5〜写真69-7)につながっており、歩道はさらにサカタのタネ(写真51-51)の手前まで続いていた(写真69-8)。
写真69-14  北原交差点(写真51-52)で新横浜東山田線を渡っても、まだニュータウン区域である。渡ったところから上り坂になっている。市営地下鉄が地下に潜る地点(写真69-9)には、ニュータウンらしい児童公園があった(写真69-10)。その先には企業の研究所が3つ並んでいた(写真69-11〜写真69-13)。そのなかの2番目の研究所の前で道を左に曲がると、すぐにニュータウン区域から外れて田園風景になった。田園風景ではあるが、高圧線の鉄塔がやたらと目に付く(写真69-14)。それは、この先に港北変電所という大きな変電所があるからだろう。道は富士見橋(写真69-15)で第三京浜を渡ってぷつりと終る。右か左のどちらかに行かなければならないが、ここは左に曲がるべきだということは覚えていた。遠くに新横浜の横浜国際総合競技場が見える(写真69-16)。3年後にサッカーのワールドカップ決勝が行われるところである。しかし、そのすぐ先に再び分かれ道があって、どちらに行ったらよいか迷ってしまった(写真69-17)。当てずっぽうに左に曲がったが、ここから道にはからきし自信がなくなってしまった。このあたりの田園風景は信じられないほどよかったのだが、道が不安だったせいか、ほとんど撮っていない。
写真69-24  その後もいくつか分かれ道があって迷いながら右に行ったり左に行ったりしていたが、ふいに港北変電所の前に出た(写真69-18)。近くからは大きすぎてとても全体を写真に収めることはできなかったが、変電所の写真をいくつも撮ってもしょうがないので、この南にあるはずの杉山神社を探した。馬頭観音と書かれた石が建っていて、よく見ると明治期に作られたものだった(写真69-19)。そこから林のなかに入っていく細道があったので歩いてみると、まず稲荷神社があり(写真69-20)、その先に杉山神社があった。また、裏から入ってしまった。川崎市では野川(写真65-25)、梶ヶ谷(写真68-37)、有馬(写真66-26)、久末(写真25-22)とどれも神明社だが、横浜市内は新吉田(写真27-21)、境田(写真35-48)、中川(写真36-37)、勝田(写真41-18)と杉山神社が多い。新羽にはこのほかにもう1つ杉山神社がある。神明社が天津神なのに対し、杉山神社は国津神の代表とも言うべき大国主命なので、この分布の仕方はちょっと面白い感じがする。北新羽の杉山神社には大黒の大きな像まであった(写真69-21)。本殿(写真69-22)は1976年の火事のあとに再建されたものだという。正面からの入口はかなり急な階段になっていた(写真69-23〜写真69-25)。
写真69-33  杉山神社の前の道を東に向かうとすぐに地蔵堂(写真69-26)に出た。このまま東に向かうと横浜生田線に出るはずだが、南の方に行けば寺があるはずなので、南に向かった。仲町台で地下に潜った市営地下鉄が再び地上に出るポイント(写真69-27)を通り過ぎると、光明寺入口の看板が見えたので、その看板に従って右に曲がると(写真69-28)、たしかにその光明寺があったが(写真69-29)、鉄筋コンクリートの竜宮城のような寺だった。地図の記憶に従って光明寺から西に向かうと、橘樹都筑十二薬師の幟があり(写真69-30)、蓮華寺の入口になっていた(写真69-31)。参道を入って行くと、途中に小さなお堂があったが(写真69-32)、突き当たりの本堂らしき建物はあまり寺らしくなかった(写真69-33)。近隣から集まってきたと思しき人たちが何やら相談をしていたので、邪魔をしないでそのまま引き返した。
写真69-40  さて、タイトルを細かくご覧になっている方は気付かれたかもしれないが、この日は2週間ぶりの散歩だった。あまり頻繁に出かけてもこの記録を書けないし(しかし、このときはまさか6月の分を書くために4ヶ月もかかるとは思わなかった)、仕事も忙しいので、ちょっとセーブすることにしたのだ。ところが、久しぶりだったので散歩の仕方を忘れてしまったらしく、カメラのメモリカードの予備を持ってくるのを忘れてしまった。この辺で残り枚数が不安になってきたので、遠回りになるが、第三京浜港北インターチェンジ近くのコジマ電機でメモリカードを買うことにした。光明寺から蓮華寺に向かって西に歩いてきた道をさらに西に歩いて第三京浜を目指すことにした。来年の福祉保険導入に合わせて福祉施設を建設している現場があって(写真69-34)、なるほどそれが世の中の動きかなどと感心しているうちに、第三京浜の横まで出てきた。ガード下に東山田スポーツ会館(写真15-7)と同じような大熊スポーツ会館というものがあった(写真69-35)。近くには鶴見川の支流の大熊川が流れていて(写真69-36)、このあたりはちょうど谷底である。細い道だが、第三京浜と並行して南に向かう道があったので、そこを歩いた(写真69-37)。上り坂で、高架の上を走っていた第三京浜がだんだん目の高さになり、さらにそれよりも下になっていく。小山の頂上には折本貝塚橋という第三京浜を跨ぎ越す橋があった(写真69-38)。ここからはもう港北インターの一部が見える。そして、高速道路のインターの近くといえばラブホテルである。折本貝塚橋を過ぎたあたりに4軒のラブホテルが並んでいた。歩いてラブホテルの横を通ったのは初めてだったので、面白くなってついそのうちの3軒を撮ってしまった(写真69-39〜写真69-41)。洋風もあれば和風もある(ここで鈴木志郎康さんの詩、「石の風」を思い出しました。でも、洋風であれ、和風であれ、日本風ですね、ラブホテルという存在は)。懐かしい「離れ」という単語もあった。
写真69-45  ラブホテル群を抜けると、再び下り坂(写真69-42)。港北インターの向こうには鶴見川が流れているので、それも納得できるところである。坂を下りたあとも第三京浜沿いの道は続いており(写真69-43)、緑産業道路に出た。コジマ電機はこの道沿いにある。しかし、せっかくここまで歩いてきたので、周囲の写真も撮る(写真69-44〜写真69-48)。産業道路という名前が付いている道の近くだけに、工場地帯のにおいがする。そして、ようやく目的のコジマ電機に着いたが(写真69-49)、売っていたメモリカードは16Mまでで32Mがなかったので、迷った挙げ句、買うのをやめた。一体何のためにこんなに遠回りしてきたのだろう。この緑産業道路を東に向かうと新羽町に戻るので、そうすることにした(写真69-50、写真69-51)。再び大熊川を渡り(写真69-52)、大竹交差点(写真69-53)まで来ると、新羽町である。ここで少し脇道に入ると、幼稚園バスの駐車場(写真69-54)の先に善教寺(写真69-55)があった。幼稚園も経営しているのだろう。しかし、この奥にもう1つ寺があることには気付かなかった。もういい加減疲れてきて先を急いでいたからである。
写真69-62  新羽町に入ったといっても、中心部にはまだ遠い。田園風景のなかに中央会館とでかでかと書かれた建物があって(写真69-56)、中央という言葉と周囲の風景のギャップを面白く感じたりした。そのうちに、同じ方角に大きな墓地が見えて寺があることがわかった。西方寺という。少し先に入口があったので寄ってみることにする(写真69-57〜写真69-59)。室町時代に鎌倉から海路を経由し、鶴見川を上って引っ越してきたのだという。おそらく、新羽という町は、近代的な交通手段が生まれる前はもっと栄えた町だったのだろう。この近くにもう1つの杉山神社があるはずだったのだが、探しても見付からなかった(写真69-60)。どうせまた来ることになるだろうからと諦めて帰ることにした。新羽町に入ってから港北産業道路と名前の変わった道と横浜生田線の交差点である新羽十字路(写真69-61、写真69-63)から200mほど東に市営地下鉄の新羽駅(写真69-62、写真69-64〜写真69-66)がある。ここで地下鉄に乗り、センター北(写真14-15)から歩いて帰った。

参考地図[北新羽][折本町][新羽駅]

99/12/3


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