65 能満寺、影向寺、橘処理センター、梶ヶ谷駅、南野川(6月14日) |
写真65-5 前回、都筑工場を改めて裏側から見た(写真64-53)が、私の家の近所から見えるもう1つのゴミ処理工場である川崎市の橘処理センターはまだ近くからは見ていない。橘処理センターは田園都市線の梶ヶ谷駅の近くなので少々遠いが、梶ヶ谷駅からは野川台行きのバスが出ている。このバスを利用すれば、帰ってこれるのではないかと考え、散歩コースを計画した。まずは、山崎交差点(写真26-15〜写真26-17)まで中原街道を歩く。久末交差点(写真25-35)からこのあたりまで、有馬川は中原街道と並んで流れているが(写真25-30)、ここから合流点(写真42-38)までは中原街道から少し離れる。中原街道から見下ろす位置にある橋(写真65-1)がちょうど分かれ目になっていた。橋の方に下りていくと、川沿いに道がある(写真65-2)。次の橋あたりまでは中原街道も間近に見える(写真65-3)。初めて野川交差点(写真42-30〜写真42-32)まで歩いてきたときとは逆の方向から野川東住宅に近づき(写真65-4)、合流点に達した(写真65-5)。合流点のそばの五反田橋(写真42-40)を渡ると、すぐに五反田橋交差点がある(写真65-6〜写真65-8)。ここから中原街道の能満寺交差点(写真65-9〜写真65-11)まではすぐだが、初めて通る道なので何となくうれしい。 写真65-23 ここからは車ではあまり入り込みたくないような細い道を通る。さしあたりの目的地は、能満寺、野川神明社、影向寺の3つである。300mほどで能満寺に着く(写真65-12〜写真65-16)。ここには一度来たはずなのだが、全然記憶がない。もともと影向寺の末寺のような形だったということも知らなかった。能満寺からは直線距離としては近い野川神明社に先に行ってみようと思ったのだが、道がなく、ただ1つある道を上っていったら(写真65-13)、先に影向寺に出た(写真65-18〜写真65-23)。この寺は、奈良時代創建で川崎市内でもっとも古い寺だということだったが、眼病に効くという影向石(写真65-23)の力が何よりも大きかったのだろう。明治以降は聖徳太子信仰が支えになっているようである。影向寺からは第三京浜沿いの細い道を通って野川神明社に出る。道に面した鳥居(写真65-24)からの参道は途中で直角に折れ曲がり(写真65-26)、本殿(写真65-25)に続いている。2つの寺よりは寂しい感じがする。 写真65-31 影向寺の方に少し戻り、影向寺台橋で第三京浜を渡る(写真65-27、写真65-28)。第三京浜の東側には野川神明社に面した細い道があったが、西側にも細い道があって(写真65-29)、こちらは都筑インターができる前に川崎インターに向かうために使っていた抜け道である。多摩川は橋が少ないので、第三京浜は多摩川にかかる50円の橋としても意味があった。しかし、都筑インターができてからは、この道を使うことはなくなっていた。歩くのはもちろん初めてである。車で通っていたときには気付かなかった石仏があった(写真65-30)。そして、イロハ坂と勝手に呼んでいた急カーブの道に出る(写真65-31)。第三京浜の横にこのような段々の道があることなど、地元に住んでいなければ知らなかっただろう。しかし、さらに歩行者用の抜け道があることは、この日まで知らなかった(写真65-32)。イロハ坂を下ると、あとはなだらかな下り坂で(写真65-33)、千年第三下交差点(写真65-34、写真65-35)に出る。ここから市民プラザ通りに入る。 写真65-44 市民プラザ通りの市民プラザとは、橘処理センターの余熱利用施設で、要するにこの道を歩いていけば橘処理センターの前を通るのである。途中、多摩川の方向にまだ丘があるのに驚いた(写真65-36)。千年第三下交差点から第三京浜沿いに行けば、多摩川まで坂はないはずである。少しの差でまたでこぼこのなかに入ってしまったらしい。この丘の上には市営新作団地がある。途中、養福寺前という交差点があり(写真65-37)、せっかく寺の前まで来ているので、寄っていった(写真65-38、写真65-39)。養福寺前交差点からは上り坂になり、林のなかに入って行くような感じになる。200mほど歩いたところに、市民プラザの入口があった(写真65-40)。市民プラザは公園も兼ねているらしく、この入口の近くではあまりゴミ処理場の近くという感じはしなかった。久末小学校から来た観光バスの隊列がこの入口に入っていった(写真65-41)。社会科見学か遠足か。しかし、入口の右の方を見ると、しっかり橘処理センターの煙突が見えた(写真65-42)。近くで見ると、さすがに高い。林の切れ目にもう1つ市民プラザの入口があり(写真65-43)、その隣はもう橘処理センターだった(写真65-44)。ゴミ処理工場というのは、同じような形をしているものなのだろうか。都筑工場(写真44-74)とよく似ている感じがした。 写真65-54 橘処理センターを過ぎると、地名が新作から梶ヶ谷に変わる。少し高台になっているところがあって、国際プールや都筑工場の煙突が見えた(写真65-45)。程なく梶ヶ谷駅入口交差点(写真65-46〜写真65-48)に着く。ここで右に曲がり、梶ヶ谷駅に向かう。高津郵便局は大きい郵便局(写真65-49)。ここを過ぎると、すぐに梶ヶ谷駅のホームが見えた(写真65-50)。道は大きく曲がって(写真65-51)、梶ヶ谷駅ホームの上で田園都市線を跨ぎ越す(写真65-52、写真65-53)。改札口は、橋の上にある(写真65-54)。改札口のすぐ隣は東急ストア(写真65-55)である。そして、駅前のバス停にちょうど停まっていた野川台行きバスに乗る。梶ヶ谷駅入口交差点までは今歩いてきた道を通る。そのあと市民プラザ通りを横断して尻手黒川道路に入り、上野川交差点から側道に入って野川西団地入口交差点(写真50-30)に出る。その次の野川台公園でバスを下りる(写真65-56)。 写真65-57 ここは車で国道246号線方面から帰ってくるときによく通る道であり、車なら写真50-31の交差点で坂を下りて子の神交差点(写真50-33)に出るところだが、この日は初めて左側の道を歩いてみた(写真65-57)。初めて南野川を歩いたときにどちらに行こうか迷った三叉路に出てきた(写真65-58)。久しぶりに剥き出しのコンクリートが晒されているところを見る(写真65-59)。この廃屋の端に側道があったので、そちらに行ってみると、急坂になっており(写真65-60)、坂を下ると南野川小学校の下に出ていた。 (参考地図[影向寺]、[市民プラザ]、[梶ヶ谷駅]) 99/10/7 |
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