56 下田町、日吉、高田町(5月28日) |
写真56-3 この日は、昼過ぎに一仕事終えて週末だったこともあって、思い切って遠出してみることにした。鷺沼(写真48-39)、綱島(写真49-74)、たまプラーザ(写真54-39)とくれば、今度は東横線の日吉に行くのが順当なところだろう。東山田営業所(写真6-8)からも日吉駅行きのバスが出ているが、このバスが通る日吉元石川線は、車で何度も通ったことがある。山本記念病院(写真19-3)の前の高田町バス停から出ている日吉駅行きが通る道は、地図で見たところ、車で通った記憶がない。しかも、途中の下田町に神社や寺がある。ここを通ってみることにした。 写真56-7 山本記念病院(写真56-5)までは、高田町の興禅寺(写真19-21)に行ったときと同じ経路で、東山田工業団地の横を通り抜け(写真56-1)、中原街道を渡り、イーグルスゴルフクラブに向かって坂道を上っていった(写真56-2〜写真56-4)。ゴルフ場の前は工事中だった(写真56-3)。山本記念病院からは、1本久末寄りの道を通る。この道はバスも少しだけ通る(写真56-6)。興禅寺に行ったときには撮り損ねた養鶏場の写真も撮る(写真56-7)。それから、市境の道(写真42-63〜写真42-73)を通って久末大谷(写真56-8)を過ぎてもまだ市境の道を通る。日吉行きバスは、市営久末団地(写真42-73)から県営久末アパート(写真42-65)の手前まではこの道を通るが、そこから先は私が歩いた道よりも南側を通る。市境の道の川崎側には、市営久末大谷団地(写真56-9)、市営明石穂団地(写真56-10)など、市営団地がいくつも並んでいた。 写真56-19 横浜市側が下田町6丁目になってすぐ、綱島駅と武蔵新城駅を結ぶバスが通る県道を渡った、蟹ヶ谷のバス停がある(写真56-11)。渡った先には市営蟹ヶ谷住宅(写真56-12)があり、このあたりも地図を見ると寺や神社があるようだったが、いちいち寄っていると目的地にたどり着けないので、適当な道を選んで(写真56-13)南に向かって坂道を下り、高田町から日吉駅に向かうバス通りに出た(写真56-14)。下田ショッピングセンター(写真56-15)の建物などを見ると、この街も古くから開発されているように感じられる。その先に下田地蔵尊(写真56-16、写真56-17)と下田神社があった(写真56-18〜写真56-21)。どちらも杜のなかに引っ込んだところにある。下田神社を過ぎると、右手に慶応義塾の総合グラウンドがあり(写真56-23〜写真56-25)、反対側には野球部の合宿所がある(写真56-22)。綱島の青山学院のグラウンド(写真49-48〜写真49-51)も広かったが、ここもかなり広い。 写真56-35 下田町はグラウンドまでで、グラウンドを過ぎてからは日吉に入る(写真56-26、写真56-27)。そして、建設中のセブンイレブン(写真56-28)のところで右に曲がり、日吉駅に通じる浜銀通りに入る(写真56-29)。日吉駅西口の道は、5本の放射状の道とそれら5本を丸く結ぶ環状道路から構成されている。これは、田園調布駅西口と似ているが、浜銀通りは、北から2本目の放射状道路である。車で通ると渋滞するので、非常に遠い感じがしていたのだが、実際には500mほどで駅(写真56-30)に着いた。東横線は地下を走っているので、1階は鉄道を跨ぐ形で(写真56-31、写真56-32)簡単に反対側まで行ける。反対側の東口は、言うまでもなく慶応義塾大学日吉校舎に続いている(写真56-33)。駅と大学の間に綱島街道が挟まっていて、信号機付きの横断歩道と歩道橋がある。もちろん、そのようなところで歩道橋を使う人はまずいないのだが、ちょっと高いところから風景が見られる歩道橋を渡った(写真56-34、写真56-35)。 写真56-46 歩道橋を渡って元住吉側に少し歩いたところ(写真56-36)に道中坂下(写真11-9)、東山田営業所(写真6-8)行きのバス乗り場がある。今日の散歩はここで終わるはずだった。しかし、次のバスが出るまで30分ほどある。カメラを持ってただぼんやり待っているのはばかばかしい。少し綱島寄りの方に歩いてみたが(写真56-37)、日吉東急の屋上が駐車場だということを思い出し、店内に入った(写真56-38)。エレベーターで屋上(写真56-41)に上がり、西(写真56-39)から南(写真56-40)、東(写真56-42、写真56-43)、北(写真56-44、写真56-45)と回り、西に戻ってきた(写真56-46、写真56-47)。 写真56-54 バス停に戻ってみると、すでにバスは発車しており、次のバスはまた30分待たなければならない。そこで、歩いて帰ることにした。浜銀通りとはちょうど対称的な位置にある普通部通り(写真56-48)を歩く。慶応義塾普通部は見損ねてしまったが、日吉台小学校(写真56-49)の横を通り過ぎて赤門坂(写真56-50)を下り、金蔵寺(写真56-51〜写真56-55)に行く。ここは、センター南の正覚寺(写真38-20)を末寺に持つ寺で、どうやら徳川家と関係があったらしい。ここから西に向かうと日吉元石川線に合流するのだが、それでは面白くないので、少し北側の駒林小学校(写真56-56)の前を通り過ぎて、駒林神社(写真56-57〜写真56-61)を見た。この日に見た神社は、山田神社(写真2-4)と同様に名前が地名と一致しているが、これは明治期の合祀の遺物なのだろう。 写真56-69 駒林小学校の前まで戻り、そこからあまり太くない道を西に向かう。西量寺(写真56-62)の前を通ったときにはもうなかに入る気力はなくて、そのまま素通りする。西原公園(写真56-63)を通り過ぎたあたりから、急な上り坂になる。日吉東急の屋上から見た感じでも、日吉駅西口の方は、どちらに向かってもいずれ丘を上るようになっていたので、坂を上るのは避けられないのだろう。坂を上り切ったところに、日吉東急からも見えた高田東小学校(写真56-64)があった。土地勘のないところなので、どちらに行ったらよいのか迷ったが、とにかく西に向かえば何とかなるはずだと思い、道を探していたら、階段を含む急な下り坂(写真56-65)があった。その坂を下ると、綱島から武蔵新城に向かうバスが通る道(行きに蟹ヶ谷: 写真56-11で渡った道)に出た。ちょうど天満宮(写真19-7)のあたりである。久しぶりの天満宮交差点(写真56-66)を通り過ぎ、バス通りをそのまま南下して(写真56-67)、高田交差点(写真56-68〜写真56-70)に出る。ここは、日吉元石川線との交差点である。 写真56-79 ここから日吉元石川線を西に歩けば帰れるところだが、すぐに左に曲がって(写真56-71)、高田橋(写真56-72〜写真56-75)から早渕川の川岸を歩いた。高田橋から鶴見川の合流地点までは1度歩いてすべての橋を見たので(写真49-34〜写真49-57)、ここから逆に上流に向かえば、新北川橋(写真15-24)までのすべての橋を見ることができる。これらの橋は、高田橋から順に中里橋(写真56-76)、稲坂橋(写真56-78)、御霊橋(写真30-91)である。実際には、中里橋から先は、高田の興禅寺(写真19-21)に行ったときの帰りに通っている(中里橋は、写真19-9の交差点とつながっている)。新吉田第2小学校(写真56-77)は中里橋と稲坂橋の間にある。御霊橋のたもとのスーパーでは、焼き鳥を焼いていた(写真56-79)。さらに早渕川と直角に交わる道(写真56-80)を見て、第三京浜を潜り抜けて(写真56-81)、新北川橋にたどり着いた。 写真56-84 ここからは通り慣れた道(写真19-30)を通って百石橋交差点(写真15-10)に抜け、日吉元石川線の左側を歩いて城山歩道橋(写真10-3)に向かう。この道のこちら側は意外と歩いたことがなく、近所でありながら、いくつかの風景が真新しく見えた(写真56-82〜写真56-84)。もうすっかり暗くなってきたが、出かけてから4時間もたって6時近くなっている。30分待ってバスに乗っていれば、1時間は早く帰ってこられたところだったが、10kmくらい歩いたのは間違いないし、満足感が残った。 (参考地図[下田町]、[日吉駅]、[駒林神社]) 99/7/25 |
[この回の写真一覧] [前頁(55 コンフォール城山の丘、東山田公園(5月27日))] [次頁(57 早渕、新吉田町、高田町、久末、東山田町(5月31日))]
mailto: webmaster@longtail.co.jp