51 センター南、正覚寺、仲町台、勝田団地(5月17日) |
写真51-2 ゴールデンウィーク最終日に港北東急の屋上から周囲を撮ったが(写真44-1〜写真44-7)、その頃から上新電機(写真35-53)の屋上にも目を付けていた。上新電機の屋上は、村内家具、スポーツクラブNASといったビルのなかのほかのテナントと共同の駐車場になっている。ビルがあるからといって、そのビルの屋上に一般人がなかなか入り込めるものではないが、客が車を停められる駐車場なら入り込める。そこで、この日は何はともあれ上新電機の屋上で写真を撮ることを最大の目標とすることにして、途中を飛ばしてバスで上新電機に直行した。 センター南方面には、城山から1時間に1本、毎時56分にバスが出る。2時少し前に家を出ると、1年生たちが山田小学校から帰ってくる時間帯だった(写真51-1)。バス停で5分ほど待ってバスに乗る(写真51-2)。ガラガラの車内。15分ほどで境田橋(写真35-40)近くの境田バス停に着く。少し歩いて(写真51-3)、上新電機のビルに入る。何も買わずに屋上だけ行くのも気が引けたので、上新電機の店内を物色。半月前には品切状態だった32Mバイトのメモリカードが置いてあったので、少し迷うが買う。やはり、1枚のカードでたくさん撮れるというのは魅力である。そして、エレベータで屋上へ。港北東急と違って、フェンスは張られていない。腰よりも少し高いくらいの塀があるが、カメラを自由に向けられる。これはいいやと思ったが、私は高所恐怖症なので、とても恐くもある。10枚撮ったが(写真51-4〜写真51-13)、足がガクガクして逃げ出したい気分だった。 写真51-22 さて、目的を達したが、屋上で写真を撮っただけでは、散歩にはならない。どこに行こうかと考え、正覚寺(写真38-20)を思い出した。前に来たときにはPC-DEPO(写真38-35)の方に迂回したので、センター南までやけに遠く感じたが、東建の看板が見えたのだから(写真38-30)、実は近いはずである。センター南駅バスターミナル(写真35-73)の横を通って佐江戸北山田線の行き止まり(写真38-56)を通り過ぎてまっすぐ歩いていくと、バスターミナルから正覚寺までは5分だった(写真51-14〜写真51-17)。 前回の正覚寺行きでは、本堂と鐘楼を撮り損ねたが、今度はちゃんと撮れた(写真51-18〜写真51-21)。5月の中旬で菖蒲が咲いているとは思っていなかったが、山門と本堂の間の池には少し咲いていた(写真51-22)。鐘楼のまわりにも同じような感じのものが植えてあるが、そちらは咲いていなかった(ところで、以前正覚寺を取り上げたときに、市の広報で菖蒲のことを知ったというように書いたが、実際には、区のホームページで知ったようなので、ここで訂正しておく)。 写真51-34 正覚寺を出てから、せきれいの道にまだ歩いていないところが残っていたことを思い出し、前回とは逆に港北ニュータウンイオ(写真38-12)の方に向かった(写真51-23〜写真51-25)。歩いていない部分は、そこから茅ヶ崎公園までのわずかな距離だったが、この遊歩道が港北ニュータウンイオと港北ファミールハイツ(写真34-67)を囲むように作られていることがよくわかった(写真51-26〜写真51-31)。イオの方はまだ一部工事中だが、ニュータウンのなかの大型マンションと遊歩道は、全体の計画の早い段階でしっかりと連動しているのだなと思った。 美四季橋(写真34-64)までせきれいの道を歩いてきて、その横の学園歩道橋(写真41-36)から仲町台駅(写真34-53)の方に向かうとどうなるのだろうかと思った。実際に行ってみると、歩道橋を渡ったところからいきなりプロムナード仲町台(写真34-56)のなかに入っていったが、ここは住民以外が歩いてもよい道らしかった(写真51-32、写真51-33)。公団初のシニアマンションというボナージュ横浜の入口もこの道の横にあった(写真51-34: ボナージュって日本語に直訳したら“いい歳”になっちゃうな、などと思いながら歩いた)。そして、写真34-58のところでプロムナード仲町台の外に出た(写真51-35)。 写真51-70 そのまま車道を渡って仲町台駅のまわりを久しぶりに歩く(写真51-36〜写真51-39)。ここもよく考えてみれば、まだ歩いていないところがたくさんある。歩道橋で新横浜元石川線を渡って農業専用地区というのを見てみたり(写真51-40〜写真51-46)、駅の東側を見てみたりして(写真51-47〜写真51-51)、新横浜東山田線の北原交差点(写真51-52)に出た。 ほかに道を知らないので、新横浜東山田線に沿って歩き、企業の研究所群や、中銀ライフケアの正面の入口などを見ていたが(写真51-53〜写真51-62)、新栄高校入口交差点(写真51-63、写真51-64)のところで勝田団地のなかにまだ入っていないことを思い出し、横浜生田線に入った(写真51-65)。勝田団地とニュータウンの間では境界線の存在を強く感じなかったが、やはり勝田団地は1つ前の時代の雰囲気を残した街だった(写真51-66〜写真51-76)。川崎市内の団地群と似ているといえば似ている。団地育ちの私には懐かしい風景である。 写真51-83 勝田団地を抜けたあとの横浜生田線は、ちょっと田園風景が続いたが(写真51-77〜写真51-81)、勝田橋の近くに来ると店が増えてきた(写真51-82)。新羽経由と道中坂下(写真11-9)経由の2本の綱島行きの起点となっている勝田折返所(写真51-83、写真51-84)には、思い切り西日がさしていた。 (参考地図[上新電機]、[仲町台]、[勝田団地]) 99/6/28 |