 写真50-1 南野川小学校附属幼稚園前 | 野川は広い地域であり、鷺沼久末線の子の神交差点(写真40-9)から久末交差点(写真22-2)まではすべて宮前区か高津区の野川であり、久末交差点から野川交差点(写真42-30〜写真42-32)までの1kmほどもすべて野川である。そして、鷺沼からのバス(写真48-57)がある野川台というところもある。この日はあまり遠出できないので、この野川台の方に行ってみることにした。
美里橋(写真13-21)を渡って野川住宅のなかに入る。南野川小学校附属幼稚園(2003年3月追記: だと信じ込んでいた建物)の前(写真50-1)まで行ったが、ここで気が変わり、野川住宅の間を通り抜ける道を歩いた。この道は、途中で鷺沼久末線の歩道のようになりながらも、第三京浜の手前まで続いていた(写真50-2〜写真50-4)。野川南台団地までも、今までに通ったことのある道とは少しずつ異なる道を歩いた(写真50-5〜写真50-8)。おかげで、道端の小さな石仏(写真50-7)を見つけることができた。
 写真50-14 高台から野川小学校を見下ろす | 野川南台団地も、まだ歩いていない西端と北端を歩いた(写真50-9、写真50-10)。予習した地図によると、北端からは野川台の方に抜ける道があるはずだったが、どうしても見付けられず(写真50-11)、団地の東端まで来てしまった。ここからは特養老人ホームみかど荘の前を通って野川小学校に向かう道があった。実験動物中央研究所(写真42-20)の前を通って野川交差点(写真42-30)に抜けたときと同様に、この道は矢上川という谷間に向かう下り坂になっており、周囲がよく見える場所もあった(写真50-12〜写真50-14)。橘処理センターも、港北東急から見た都筑工場(写真44-7)のようによく見える(写真50-14)。ゴミ処理工場は、ある程度近付くと、エントツだけではなく工場ごと見えるものらしい。工場の建物自体が大きいせいもあるだろうが、煙が谷間にこもったりしないように高台に造っているのだろう。
 写真50-18 並木道のバス通り | 野川小学校(写真50-16)の横でバス通りに合流した(写真50-15)。この道は、車で2、3回通ったことがある。野川小入口というこの近所の交差点で尻手黒川道路から分かれて野川台の部分を通り、馬絹で国道246号線にぶつかって終わる。この終点は、国道246号線と尻手黒川道路が立体交差する馬絹交差点から非常に近いところにある。つまり、起点と終点はほぼ同じ位置なのだが、2本の道がまるで違う風景を走るというのが以前から不思議だった。南台団地下バス停(写真50-17を過ぎると、並木のために少し薄暗い道になる(写真50-18)。道の両側には、あまり大きな建物はなく、道の両脇は谷(写真50-19、写真50-21)と森(写真50-20)に囲まれている。道の左側の谷は狭いもので、すぐに野川南台団地などが建っている丘の斜面が続いている。
 写真50-23 野川西団地入口交差点 | その風景は野川第2公園交差点で大きく変わる。この交差点の右側には千代田生命の社宅があり(写真50-21)、ここから野川台が始まるという感じになるのである。野川台の中心という雰囲気のある野川西団地入口交差点はそこからすぐである(写真50-23、写真50-24)。野川台バス停もこの交差点の近くにある。ここで右に曲がった。大きな公園があり、その先に社宅が並んでいる(写真50-25)。歩いているときはここが野川西団地なのかと思っていたが、違うらしい。野川坂上バス停近くの交差点まで来ると(写真50-26)、ここが野川台の東の端だという雰囲気があったので、左に曲がった。表通りの100m裏側を歩いて結局野川西団地入口交差点まで戻ってきたが(写真50-27〜写真50-30)、野川西団地というのは、最後に公園の奥に見えた野川台バス停からは一番遠いところにある団地だということがわかった(写真50-29)。
 写真50-31 子の神の坂の上 | 野川台の中心部はあまり車でも通ったことはないが、野川台の西のはずれから馬絹にかけては国道246号線に出るための抜け道としてよく通る。子の神交差点(写真40-9、写真40-10)で右に曲がるとすぐにこの野川台の西はずれに出てくるのである。車でよく通るこの道に出てきて子の神交差点までの下り坂を歩いていった(写真50-31〜写真50-34)。そして、子の神から南野川バス停まで鷺沼久末線を歩いて(写真50-35〜写真50-38)、東山田人道橋(写真30-30)を渡って帰った。
(参考地図)
99/6/23 |