46 大棚町(5月7日) |
最乗寺(写真41-10)に行ったときと同様に、山田神社参道の裏道を通って(写真41-1〜写真41-4)、中原街道に出た。途中、写真41-2の畑の手前あたりで、弥平次谷戸という地名がなくなってしまったことを嘆く石碑(写真46-1)を見つけた。新地番では、どうしても谷戸の名前などはなくなってしまう。公園、交差点、バス停の名前のような形で辛うじて残るだけだ。
坂を上ると、左側に清林寺が見えてくる。以前、中原街道を歩いていたら、清林寺よりも勝田橋寄りという予想外のところから小学生や中学生が出てきて驚いたことがあった。たぶん、清林寺の裏を通る道があるはずだ。まずは、大棚の丘に行く道となつみかん公園に行く道と清林寺の方に向かうだろうと思われる道が交差しているところに出た(写真46-9)。一度通った道なのだが、大棚の丘に向かうためには階段を上らなければならないことがわかって驚いた。写真に撮ってないディティールは、忘れてしまうのである。この写真46-9のところで、以前は右に曲がったが、この日は左に曲がってみた。写真23-13の方である。すると、清林寺本堂(写真29-25)の向かって左側に出てきた。1月に見たときには裸だった銀杏の木にも、葉がびっしりとついている(写真46-10)。そして、脇道は中原街道の方に向かって続いていた(写真46-11〜写真46-13)。なるほど、子供たちはここを通っていたのか。
勝田橋(写真46-23、写真46-24)からは、少しだけ横浜生田線を歩いたが、すぐに脇道を見つけたので(写真46-25)、そちらの方に入っていった。この道は、すぎの森幼稚園(写真46-26)を通って中川小学校入口交差点で再び横浜生田線に戻る(写真46-27、写真46-28、写真46-30)。この交差点からは、初めて勝田橋に来たときと同じコースで中川小学校に向かう(写真46-29〜写真46-34)。
ここで、龍福寺に下りていく階段を見付けた(写真46-40)。ここはちょっと見晴らしのよいスペースで、まだ行っていない龍福寺本堂の屋根が見えるほか(写真46-37)、早渕川の対岸の風景がよく見える(写真46-38、写真46-39)。初めてここを通ったときには、ニュータウン第2地区側の建物についての知識はまったくなかったが、今はだいたいわかる。なるほどなるほどと思った。
境内の西端から細い坂道があって(写真46-46、写真46-47)、そこを下がると、写真46-25の脇道に戻ってきた(写真46-48)。今度はすぎの森幼稚園(写真46-49)の手前で右に曲がると、写真46-34の道を通って(写真46-50)、変形四叉路(写真46-33)に戻ってきた。初めて中川小学校を来たときに通った歩道を歩き(写真46-51)、小学校の東側(写真46-52)から牛久保東の畑のなかに入っていった。大棚の丘に初めて上がったときに通った道を見つけ(写真46-53、写真46-54)、それとは逆の道順で(写真46-55〜写真46-57)なつみかん公園(写真23-2)に抜け、あとはまっすぐ帰った。 (参考地図) 99/6/7 |
[この回の写真一覧] [前頁(45 東山田1丁目、県営有馬団地(5月6日))] [次頁(47 南山田2丁目、早渕3丁目(5月10日))]
mailto: webmaster@longtail.co.jp