 写真42-1 美里橋 | 最初は、以前通ったときに撮り損ねた南野川小学校の校門でも撮ろうと思い、東山田公園(写真40-1ほか参照)から美里橋(写真42-1、写真41-2)に出た。そう言えば、南野川団地の近辺でもあまり写真を撮っていないということに気付き、少し撮る(写真42-3、写真42-4)。南野川小学校附属幼稚園(2003年3月追記: だと信じ込んでいましたが、そうではないそうです)の横から南野川小学校に行けるというように誤って記憶していたが、その道は行き止まり。代わりに南野川住宅とコンフォール東山田が重なり合う風景を見つける(写真42-5)。
 写真42-7 南野川小学校 | 南野川小学校の校門は撮るには撮ったが、あまり面白くない(写真42-7)。途中(写真42-6)まで戻り、南野川公園(写真42-8)というところを通って、以前来たときとは別の経路で同じ丘の尾根道に着いた。和田八幡(写真22-22〜写真22-24)の横から来たとき、坂道の終点を撮り忘れたことを思い出して、念入りに撮るが(写真42-9〜写真42-11)、この日、尾根道に入ったところは撮り忘れていたりするのだった。
 写真42-16 鈴八マーケット | 和田八幡に向かう道を通り過ぎて、そのまま歩くと(写真42-12)、すぐに野川南台団地の西端に着いた(写真42-13、写真42-14)。野川南台団地でも、撮りたいと思いつつ、撮り損ねていた場所があったことを思い出す。団地に隣接したアーケードの商店は、団地育ちの私には懐かしい風景だが、次第に消えつつある風景でもある(写真42-15〜写真42-17)。あと、初めてここに来たとき、帰ってから見た地図で、実験動物中央研究所というものがあることを知った。それも見ておくことにする(写真42-18〜写真42-20)。実験動物とか前臨床医学とか、門外漢には何やら恐ろしげな響きのある研究所だが、外から見る限りは、普通の学校のような工場のような場所だった。
 写真42-38 矢上川と有馬川の合流点 | ここを通り過ぎると、第三京浜に沿った下り坂があり、野川交差点の方が見えた。車で行くと、渋滞してなかなかここまでたどり着けないことが多いので、何やらとても遠いところのように感じていたのだが、それほどでもないのかもしれない。坂を下りていくと(写真42-21、写真42-22)、左への曲がり道があり、そこに入ると橘処理センターのエントツが今までになく大きく見えた(写真42-23、写真42-24)。坂を下り切ると(写真42-25、写真42-26)、矢上川が流れている(写真42-27)。ほどなく矢上川を渡る中原街道にたどり着き(写真42-28、写真42-29)、そのすぐ先の野川交差点に着いた(写真42-30〜写真42-32)。地図を見た記憶から、ここまで来たら有馬川の終点も近いはずだと思い、さらに矢上川に沿って歩いていく(写真42-33〜写真42-36)。有馬川は最後まで細い川だった(写真42-37〜写真42-39)。
 写真42-50 蓮花寺石仏階段 | 有馬川を渡ると久末に入る。初めて久末に来たときに蓮花寺の上の墓地まで来たが(写真25-25)、蓮花寺自体には行かなかった。ここからの帰り道で通れるはずである。五反田橋(写真42-40〜写真42-44)で矢上川から離れ、南の方に向かった。蓮花寺は、五反田橋からまっすぐ続く道に沿ったところにあった(写真42-46〜写真42-51)。本堂の方には入れなかったが、石仏を並べた階段があって、そこがとても気に入った(写真42-49、写真42-50)。石仏は一種の人形だが、人形は剥製のようなもので、少し不気味なところがある。その不気味なものがいくつも並んでいるのだから、不気味を通り越して滑稽なような感じがする。
 写真42-69 高田町 | あとは、これを見たいというものは特になかったが、とにかく家に帰らなければならない。蓮花寺から五反田橋からの道を歩いていたが(写真42-52)、ある交差点(写真42-53、写真42-54)で、どうも右に曲がった方がよさそうだという感じがしたので、右に曲がった。高田町という山本記念病院(写真19-3)の前のバス停まで行くバスがここで曲がっていたので、ここで曲がったのは正解だった。途中、大谷団地入口というバス停もあったが、大谷団地はどこにあるのかよくわからないまま、久末と高田町の境界(すなわち、川崎と横浜の市境)の道に出てきた(写真42-55〜写真42-63)。もっとも、市境だということがわかったのは、帰って地図を見てからである。この道を歩いて、県営久末アパート(写真42-64、写真42-65)を通り、初めて久末を歩いたときの出発点(写真25-6)である市営久末団地の前まで出てきた(写真42-66〜写真42-75)。
 写真42-76 久末と東山田町の分かれ道 | ここからはしばらく久末に初めて来たときとは逆の道を歩いたが、鉄塔(写真25-3)の付近で、徳持交差点(写真25-1)の方ではなく、久末交差点の方に下りる道に入った(写真42-76)。あとで知ったのだが、ここも横浜と川崎の市境である。地図にはちゃんとした道のように書かれているが、実際には途中で舗装もなくなってしまった(写真42-80)。しかし、久末が一望できる景色のよい道でもあった(写真42-77〜写真42-79)。久末交差点(写真42-81〜写真42-83)からは市境の橋(写真22-1、写真26-20)を通って帰ったが(写真42-85〜写真42-88)、ニュータウンに入ってから県営久末アパートが見えることに気が付いた(写真42-84)。どこに何があるかを知ることによって、遠くからの風景も別の意味を持つようになるものだ。
(参考地図[野川]、[久末] )
99/5/23 |