100 南山田、東山田町、高田西、日吉本町、箕輪町(7月11日)



写真100-1  6月は忙しくてとうとう散歩らしい散歩に出かけられなかった。7月も忙しいことに変わりはなかったが、このまま7月も散歩なしになると、また長期のお休み期間に入ってしまう。天気予報を見ると、この11日を逃すと、当分晴れの日は来ないようだった。午前中にできる限り仕事を進めておいた上で、午後1時過ぎに事務所を出た。最近の散歩が北、南西、西方面だったので、今回は東を目指すことにする。日吉元石川線よりも1本南の裏道を通る。CASAの裏(写真100-1)、北山田歩道橋近く(写真100-2)、TRAD PLAZA駐車場入口(写真100-3)、城山歩道橋からの歩道と車道が交差する位置(写真100-4、写真100-5)といったところを撮っていると、ここ数回の事務所と自宅の近所を歩き回ったときの写真と大差がないが、どれも初めて撮る方向である。
写真100-8  城山歩道橋からの遊歩道を渡った写真100-6を過ぎてから、ようやく散歩に行くという気持ちになってくる。ティファニー(写真1-2)に向かう道(写真100-7)を通り過ぎると、間もなくゐの石(写真5-1)のあるふじやとの道の終点(写真100-8)で、ここからふじやとの道と反対に歩いて行くと、中原街道と交差する手前の位置に港北カレクトオート(写真100-9)という自動車工場がある。ここは、以前写真57-1、写真57-2で通ったところ。百石橋西交差点近くでは、ガソリンスタンドを間にはさんで日吉元石川線が見える(写真100-10)。百石橋交差点(写真100-11)で日吉元石川線に入った。
写真100-14  セブンイレブンの横を過ぎて(写真100-12)、東山田スポーツ会館前交差点(写真100-13)を渡り、第三京浜の下を潜ると、東山田スポーツ会館は部分解体工事ということをしていた(写真100-14)。東山田交差点(写真100-15)を通り過ぎると、港北区に入る。1年前は旧地番表示の高田町だったが、いつの間にか新地番の高田西に変わっている。ここから高田交差点(写真56-68〜写真56-70)までの日吉元石川線は、元住吉、武蔵小杉に行ったとき(71回)に通っているが、そのときは道の北側を通ったので、今回は南側を通ってみる。同じものでも、少し別の角度から見られるというわけである。
写真100-18  早渕川の方を覗くと、すぐ先に堤に上がる階段が見える(写真100-16)。反対側には、ペットショップの小川鑑賞魚(写真100-18)や、その先の長円寺に向かう脇道(写真100-17)が見える。亀屋万年堂(写真100-19)の前を通り過ぎると、久末に向かう道との交差点で(写真100-21)、ここにはBaumenというケーキ屋さんがある(写真100-20)。バス停の名前にもなっている倉田屋(写真100-23)の反対側には横浜信用金庫の高田支店がある(写真100-22)。倉田屋の先の交差点で天満宮交差点に向かう道と分かれる(写真57-32)が、その先で北側を見ると、丘の上まで家がびっしり建っている(写真100-24)。
写真100-30  バス停で倉田屋前の次に当たる大同メタル(写真100-26)の横には下水道局高田ポンプ場というのがある(写真100-25)。道の反対側の赤い看板のラーメン屋さんはちょっと目を引く(写真100-27)。去年も面白がっていた作業服店の看板は今年も健在(写真100-28)。反対側はすぐにパチンコローラン(写真100-29〜写真100-31)で、今回は新装開店祝の花まで撮ってしまった(写真100-30)。東京鋼器前のバス停で東京鋼器という会社を探すが見付からず、Formという会社の工場があるばかり(写真100-32)。
写真100-35  ここからさらに高田交差点を突き抜けて、高田東の日吉元石川線を500mほど歩いたのだが、例によってカメラがリセットされていて、没写真の山。カメラの異常に気付いて設定を直したのは、高田東と日吉本町の境界まで歩いてきたときだった。ここは、日吉元石川線が終ってしまう場所である(写真100-33〜写真100-35)。道中坂下から日吉駅に向かうバスは、ここから細い道に入り込んでいく(写真100-36、写真100-37)。セブンイレブンのある交差点(写真100-38)でもっと細い道に入っていけば、日吉駅への近道となるのだが、バスはここで南日吉団地の前を通って日吉駅から綱島寄りに1kmほど離れた綱島街道に出る道を走っていく。私もその道を歩いた。
写真100-43  バス通りには、南日吉商店会の看板が並んでいる(写真100-39)。最初の交差点(写真100-40)を過ぎると、OKストアなどもあって(写真100-41)、完全に商店街になっている。公団の南日吉団地を中心として街になったところなのだろう。ところが、この南日吉団地は、解体作業中だった(写真100-42、写真100-43、写真100-47)。建て替えるのだろうか。いずれにしても、今は人がいなくなっているわけで、街は寂しくなっているのだろう。JAや郵便局(写真100-44)、横浜銀行などが並んでいるところを過ぎると、日吉台中学校入口交差点(写真100-45、写真100-46、写真100-48)で、ここで南日吉団地からは離れる。中学校の隣には大塚製靴日吉工場(写真100-49)があって、工場の1階は、ショウルームのようになっていた。
写真100-55  バス通りはセブンイレブンのところから一直線に進んできたが、左に小さな丘が見えるようになってくると(写真100-50、写真100-51)、一度左に軽く曲がってから右に大きく曲がり(写真100-53)、東横線の踏み切りに出る。この丘が見えるようになったあたりから箕輪町である。酒屋(写真100-52)などもあるが、駅に近いのにかえって南日吉商店街よりも寂しい感じがする。踏み切りの手前で左の脇道に入る(写真100-55)。脇道に入ってすぐ、立派な屋根付きの祠に入った道祖神を見つける(写真100-54)。この道は、写真100-51で見えていた丘の端を通る形で、東横線の踏み切り(写真100-56)の横に出てきた。
写真100-60  踏み切りとは反対の方向に歩く。道の右側に保育園がある(写真100-57)。横浜市は幼稚園は運営していないが保育園は用意しているらしい。保育園の先は田んぼで、その先にこれから行こうとしている諏訪神社(写真100-58)と東横線(写真100-59)が見える。左手には、写真100-50、写真100-51で見えていた丘の反対側が見える(写真100-60)。道は大聖院(写真100-61、写真100-62)の前で90度右に曲がって諏訪神社の前を通る(写真100-63、写真100-64)が、これは丘の地形に合わせた形である。扇状に丘に囲まれたところに寺と神社があり、この丘が背後に見える風景は不思議と落ち着く。
写真100-65  箕輪諏訪神社(写真100-65)は室町時代初期に建てられたものだと案内板に書かれていた。本殿は丘に包まれたような場所にある(写真100-66)が、その手前の鳥居の横にそびえる大木(写真100-67)がいかにも神社らしい。多くの神社が合祀されているという話だが、本堂横の「疱瘡神」と書かれた石柱(写真100-68)が特に目立った。狛犬(写真100-69)は、日清戦争のときに作られたもので、出征者の名前が書いてある。本殿前の古木の根元には力石くらいの大きさの石が転がっていたが、ただ転がっていただけで、力石かどうかはわからない(写真100-70)。
写真100-75  諏訪神社から田んぼのなかの道を通って写真100-56の踏み切りを渡り、綱島街道に出てきた(写真100-71)が、途中また数枚の写真がカメラの不具合でボツになる。あちこちから見えてきた日吉ロイヤルというマンション(写真100-72)の前を通り過ぎると、先ほどまで歩いてきたバス通りと交差する南日吉団地入口交差点(写真100-73、写真100-74、写真100-78)である。少し寄り道して、踏み切りを見てみる(写真100-75)。下り線は高架の上を走るようになったので(写真100-76)、上り線が通るときだけ遮断機が下りる。この踏み切りは大渋滞ポイントだったが、鉄道が高架になったら少し変わるだろう。踏み切りの南側には日吉住宅公園という展示場がある(写真100-77)。箕輪町までは日吉という感じなのだろう(続く)。

参考地図[南日吉団地][箕輪町]

00/7/31


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