August 0482016

 ひるがほに電流かよひゐはせぬか

                           三橋鷹女

道の植え込みなどに細い蔓をからませてピンクの花を咲かせている「ひるがほ」を見るたび思い起こす句。朝顔に似ているのにそのはかなさはなく、炎天下にきりりと花を開き続ける様子は電流が通っているようでもある。鷹女の句は機転や見立てが効いている表現が多いように思うが、それだけで終わってはいない。ひるがほを見ている自分もひるがほであり、ひるがほを通う電流は鷹女の身の内をも貫いている。しばらくは「電流かよひはせぬか」と「ゐ」をすっとばして覚えていたが、「かよひ」でしばし立ち止まって「ゐはせぬか」と自問自答することで、「ひるがほ」の存在感をたかめ、読み手にも「そうかもしれない」と思わせる呼び水になっている。鷹女の「雨風の濡れては乾きねこぢやらし」からスタートして十年、増俳木曜日を担当させていただいた。このサイトの一ファンであった私に書く機会を与えてくださった清水哲男さんと、拙い私の鑑賞を読んでいただいた方々に感謝します。ありがとうございました。『三橋鷹女全集』(1989)所収。(三宅やよい)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます