June 2262016

 蟹あまたおのが穴もち夏天もつ

                           高垣憲正

般に俳句では、水蟹は「春」、海蟹は「冬」とされるという。『新歳時記・夏』では「夏の蟹は、つゆどきの渓流、磯などの小蟹をさしている」と説明されている。掲出句では「夏天」ゆえ、ここでは夏の蟹である。あまたの蟹はおのれの棲家=穴をもっている。なかには「おのが穴」をもたない、ホームレスの蟹もいるだろうか。だとしたら、せつないやら愉快なやらではないか。まさか人間世界じゃあるまいし、きちんとおのがじし穴をもっていて、ホームレスなどいないのかもしれない。水中を主たる生息地とする蟹に「穴」ばかりでなく、「夏天もつ」と詠んだところからおもしろさが増したし、俳句も大きくなった。蟹は穴掘りの名人だと言われるが、慌てると自分の穴に戻ることができなくなることもあるそうだ。小学生の頃、家の裏を流れている小川の石垣の間に手を突っこむと、たいてい藻屑蟹がひそんでいて、蟹取りに興じたことがある。「蟹はおのれの甲羅に似せて穴を掘る」と言われる。人間は良くも悪くも、そうはいかないケースが多いから始末が悪い。憲正には他に「木陰出てトロッコ浜へ突き放つ」がある。『靴の紐』(1976)所収。(八木忠栄)




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