June 0562016

 娘を盗りに来し若輩へビール注ぐ

                           加藤喜代人

をもつ日本の父は、おおかたこんな気持ちを抱くのでしょう。この父は、朝から落ち着きません。ふだんは気にもとめない家の中の細かいところや家具の配置など、妙に神経質になっています。かといって、来訪者を歓迎しているわけではありません。なにしろ「盗り」に来るのだから、敵意は十分にあります。しかも「若輩」。闘えば、腕力では分が悪いけれど、積み重ねてきた人間力は遥かに俺の方が上だ。お前は、俺から本気で奪っていく覚悟があるのか。挑まれたら応じよう。ビールは、そんな父親の愚痴になって注がれます。この時、ふと、三十年前、妻の父から注がれたビールの音を思い出しました。あの音は、義父の心の濁流音であったのか、と。句からすこし外れましたが、娘の父も若輩も、ビールの味は苦かったことでしょう。『蘖』(1991)所収。(小笠原高志)




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