May 1852016

 悲と魂でゆくきさんじや夏の原

                           葛飾北斎

出句はかの超人的絵師・北斎の辞世(90歳)の句として知られる。江戸後期に活躍した謎多い超弩級のこの絵師について、ここで改めて触れるまでもあるまい。掲出句の表記は、句を引用している多田道太郎にしたがっている。特に上五の表記は、茶目っ気の多い多田さんが工夫したオリジナルであると考えると愉快であるけれど、出典が別にあるのか詳らかにしないが、一般には「人魂で行く気散じや夏野原」と表記されている。いきなり「悲と魂(ひとだま)」と表記されると、いかにも奇人・北斎らしさを感じずにはいられない。「気散じ」ということも北斎にかかると、「人魂」とはすんなり行かず、「悲と魂」で行く夏草繁るムンムンした原っぱということになってしまう。芭蕉の「枯野を駆けめぐる」と、北斎の夏の原をゆく、両者の隔たりには興味深いものがある。「枯野」どころか、ムンムンした「夏の原」の辞世の句には畏れ入るばかりである。多田さんはこの句について、「「気散じ」のくらしはできそうもない」とコメントしている。その言葉に二人が重なってくるようだ。ちなみに北斎の法名は「南牕院奇誉北斎」である。多田道太郎『新選俳句歳時記』(1999)所載。(八木忠栄)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます