May 1552016

 水換ふる金魚をゆるく握りしめ

                           川崎展宏

う四十年くらい前。日本にまだ歌謡曲というジャンルがあり、アイドル歌手が全盛の頃。伊藤咲子が「もっと強く抱きしめてよ」と歌っていました。西城秀樹も激しい恋に声を張り上げていました。一方で、南こうせつは「あなたのやさしさがこわかった」と歌い、中村雅俊が「心の触れ合い」を弾き語り始めて、穏健派の青年たちは、「やさしさと触れ合い」を一つの信条のように、この言葉を使い始めました。げんざい、大学受験生の論文指導を生業にしている私は、医療系の学生が「患者さんと触れ合って、」と作文してくると、過剰なタッチは別の職種だと判断して、「患者さんに接して」と直します。「触れ合う」という言葉は、歌として音符がついているときは成り立つけれど、話されたり書かれたりすると、じつは形骸化された抽象語であることに気づきます。しかし、掲句の「ゆるく握りしめ」は、命に対するほんとうのやさしさです。ゆるくしっかり掌を使えることが、おだやかな心の表れになっています。『夏』(2000)所収。(小笠原高志)




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