April 2042016

 春雨のちさき輪をかく行潦(にはたづみ)

                           岡崎清一郎

清一郎の夫人行くなり秋桜」「木枯や煙突に枝はなかりけり」といった、人を食ったようで大胆不敵な俳句を詠んだ清一郎にしては、掲出句はおとなしい句であると言える。彼が本来書く詩は破格の大胆さを特徴として、読者を大いに驚嘆させた。その詩人にしては、むしろまともな句ではないだろうか。静かに降る春雨が庭の地面にいくつもつくる輪は小さい。それをしっかり観察している詩人の細やかな視線が感じられる。詩集『新世界交響楽』のような、ケタはずれにスケールの大きな詩を書くことが多かった詩人の、別の一面をここに見る思いがする。「行潦」は古くは「庭只海」と表記したという。なるほど庭にポツポツと生じた小さな海そのものである。「たづ」は夕立の「たち」であり、「み」は「水」の意。清一郎の「雨」という詩の冒頭は「もう色も本も伝統もいらない。/ぼくは赤絵の茶碗を投げ出し/春雨の日をぐツすり寝込んでしまツた。」と書き出されている。詩は平仮名で書かれていても、促音は片仮名「ツ」と書くのがクセだった。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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