April 1042016

 この瀬戸に知盛出でよ春の渦

                           林 望

戸内の海に向かって、平家のもののふを思う。夢幻と消えた残像は、琵琶法師に語り継がれて、悲劇は後世の聞き手にもとどろき及んでいる。四月の壇ノ浦の海で、「見るべきほどのことは見つ」と言って自害した知盛は、春の渦の中に消えたが、今、この最期の場所に立つと、あたかも能のシテのように春の渦の中から立ち現れてきそうである。知盛は、物語の中でも屈強の武将であるが、中でも息子知章が父の身代わりになって討ち死にしたとき、怖さのあまり逃げまどい、泣きわめく場面は、何の虚飾もないもののふの素っ裸な魂が描かれていて、平家物語の中でも最高の名場面と思う。悲劇を語りつなぎ、それを現在でも感受し続けられている僥倖を思う。掲句は、芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」に通じる鎮魂の句です。『しのびねしふ』(2015)所収。(小笠原高志)




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