March 3032016

 幸せを小脇に生きる今日の春

                           松本幸四郎

胆に、いきなり「幸せを……」とは、なかなか詠み出せるものではあるまい。歌舞伎の大御所に、芸の上でか日常生活の上でか、幸せを感じるようなうれしい出来事があったものと思われる。「小脇」だから、それほど大きな幸福感というよりは、小さいけれどもかけがえのない幸福感である。それゆえに春を殊更ありありと感じているのだろう。こんなふうに「生きる」ときっぱり詠まれると、ちょっと大袈裟な印象なきにしもあらずで、それこそ歌舞伎の舞台上の動きを思わせるわけだが、「小脇」によってそのことが中和されている。だから嫌味は残らない。いかにも春にふさわしい句姿である。同じころに詠まれたと思われる句に「ひと摑みほどの幸あり今日の春」がある。『仙翁花』(2009)所収。(八木忠栄)




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