March 2532016

 雀の子拾ひ温さを持て余す

                           勝井良雄

に孵化する子雀は巣立ちしても暫くは親雀の世話を受けながら育ってゆく。生存競争に負けない様に精一杯首を出して親の餌を奪い合う宿命を負っている。身を乗り出し過ぎて巣からこぼれる事もしばしばである。ここで休話閑題。遠い記憶で会社が終身雇用・護送船団で成立していた頃の話し。工場の雨どいにあった巣から子雀が落ちた。拾ったはいいがどうしよう、こちらの手からパンくずなど食べては呉れない。これを経理の女子事務員が見事に解決育ててしまった。彼女は様々な難関を乗り越えていった。ピンセットを親の嘴に仕立てて見事に捕食させたし、右手で算盤や帳簿を扱い左手の掌で子雀を温め続けた。やがて机から机へ飛び跳ねる頃庭の繁みに返すといつしか親子軍団に打ち解けて見分けがつかなくなった。あの時母性本能は凄いなとつくづく思った。来客時の給仕の時など一時的に預かる事があったが、やはり生物のほんのりした温みが感じられたのを覚えている。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣)所載。(藤嶋 務)




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