January 2612016

 狐火や顔を隠さぬ殺人鬼

                           大澤鷹雪

夜に青白い焔がゆらめく現象を狐が口から吐く火といわれた狐火。実際には灯火の異常屈折や発光虫の仕業といわれるが、明かりの少ない時代にはさぞおそろしげに感じられたことだろう。まだ始まったばかりの今年だが、相変わらずおそろしい事件が続く。掲句の「顔を隠さぬ」にあるものは底知れぬ不気味さである。残忍な事件は昔からあったが、犯人たちは一様に顔を隠して捕らえらるのを常としていた。顔を隠すという行為は「世間に顔向けできない」という心理から出るものだ。それを見ることによって、罪を罪として意識している者に対して、同じ人間として憤りや侮蔑を感じるのである。顔を隠すことさえしない殺人鬼には、悪事という概念もないように思われ、そこには人としての心のかけらも見つけられない。不可解な季語と組み合わせることで、薄気味悪さを最大限に引き出すことに成功した。作者はテレビのコメンテーターとしても活躍する弁護士大澤孝征氏。集中には〈風呂敷に決め手の証拠春の風〉〈尋問の罠を工夫の夜なべかな〉など、職業に特化した作品も。『夏木立』(2015)所収。(土肥あき子)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます