December 09122015

 笹鳴の日かげをくぐる庭の隅

                           萩原朔太郎

の地鳴きのことを「笹鳴」という。手もとの歳時記には「幼鳥も成鳥も、また雄も雌も、冬にはチャッ、チャッという地鳴きである」と説明されている。また『栞草』には「〈ささ〉は少しの義、鶯の子の鳴き習ひをいふなるべし」とある。まだ日かげが寒々としている冬の日に、庭の隅から出てきた鶯が、まだ鶯らしくもなく小さな声で鳴きながら庭を歩いている光景なのであろう。それでも声は鶯の声なのである。朔太郎にしては特別な発見もない月並句だけれど、日頃から心が沈むことの多かった朔太郎が、ふと笹鳴に気づいて足を止め、しばし静かに聞き惚れていたのかもしれない。あの深刻な表情で。ある時のおのれの姿をそこに投影していたのかもしれない。鶯が美声をあたりに振りまく時季は、まだまだ先のことである。朔太郎の他の句には「冬さるる畠に乾ける靴の泥」があるけれど、この句もどこかしらせつなさが感じられてしまう。『萩原朔太郎全集』第3巻(1986)所収。(八木忠栄)




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