October 26102015

 大部分宇宙暗黒石蕗の花

                           矢島渚男

蕗の花は、よく日本旅館の庭の片隅などに咲いている。黄色い花だが、春の花々の黄色とは違って、沸き立つような色ではない。ひっそりとしたたたずまいで、見方によっては陰気な印象を覚える花だ。それでも旅館に植えられているのは、冬に咲くからだろう。この季節には他にこれというめぼしい花もないので、せめてもの「にぎやかし」にといった配慮が感じられる。そんな花だけれど、それは地球上のほんの欠片のような日本の、そのまた小さな庭などという狭い場所で眺めるからなのであって、大部分が暗黒世界である宇宙的視座からすれば、おのずから石蕗の花の評価も変わってくるはずだ。この句は、そういうことを言っているのだと思う。大暗黒の片隅の片隅に、ほのかに見えるか見えないかくらいの微小で地味な黄色い花も、とてもけなげに咲いているという印象に変化してくるだろう。宇宙の闇がどういうものかは想像するしかないし、想像の根拠には私たちが見慣れた闇を置き、それを延長拡大してみるしかない。ただそうするとき、現在の日本の闇はもはや想像の根拠にはなりえないと言ってよいかもしれない。とくに東京などの都会では、もう「鼻をつままれてもわからない」闇などは存在しないから、私たちの想像力は物理的にも貧弱になってしまっている。この句を少しでも理解するためには、人里離れた山奥にでも出かけてみるしか方法はなさそうである。『延年』所収。(清水哲男)




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