October 22102015

 秋うらら他人が見てゐて樹が抱けぬ

                           小池康生

阪と違い東京の公園は大きな樹が多い。新宿御苑、浜離宮、新江戸川公園など昔の武家屋敷がそのまま公園として保存されているからだろう。この頃はグリーンアドベンチャーとか言って、木肌や葉を見て札で隠された樹木の名を当てながらオリエンテーリングできるようになっている。クスノキやケヤキの大木は見ているだけでほれぼれするけれど時には太い幹に腕を回して、木肌に身体をあてて生気をもらいたくなる。ひとところに動かぬまま根を張り何百年も生き続ける樹木はそれだけで偉大だ。かぎりなく透明に晴れ渡った秋空にそびえる太い幹を抱いてみたいが「他人が見てゐて」樹が抱けぬと。まるで恋人を抱くのを他人に見られる恥じらいを感じさせるのがおかしい。抱けばいいのに。でもやっぱり恥ずかしくてできないだろうな、私も『旧の渚』(2011)所収。(三宅やよい)




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