October 19 2015
無造作に通草盛られる山の市
梶川比呂子
都会に出た田舎の子にとって、驚くことは多かった。「山の市」とあるが、そんなに山奥の市のことではないだろう。どこかの観光地かもしれない。でなければ、通草(あけび)などお飾り程度にせよ、売っているはずがない。大阪の店だったか、中学生のころに、通草が売られているのをみかけたときには、心底おどろいたっけ。こんなものまで売り物になるのか。いま思えば、郷愁を誘われた人が買っていたのだろうが、味はお世辞にも美味とは言えない。第一、食べるのが面倒だ。飢えた吾ら悪童どもだって、仕方なく口にしていたくらいだったから……。食べることだけがたのしみだったのに、それでも通草は苦手だったのだ。最近は子供のころのことをよく思い出す。人生が一巡したからかなと思う。もう新しい物事にも、あまり関心が持てなくなってきたような気がする。かつては好奇心の魔を自認していたのに、このテイタラクとも思うが、これから何を吸収したところで、身に付くものはほんのちょっぴりだろう。この状態はもはや「精神の引きこもり症」とでも呼ぶべきか。六十余年ぶりに、通草でも食べてみようかな。『現代俳句歳時記・秋』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)
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