September 1692015

 秋虫の声に灯ともすおしゃれ町

                           伊藤信吉

虫にもいろいろあるけれど、この場合はコオロギなのかマツムシなのかカネタタキを指しているのか、それははっきりしない。限定する必要はないし、いや,それら何種類もの虫がきっといっせいに鳴いているのだろう。おそらくそうなのだ。秋は灯ともし頃ともなれば、さまざまな虫の声であちこちの闇がにぎやかにふくらむ。おしゃれな町が、一段とおしゃれに感じられるということ。添書に「東京原宿、その通りにわが好むヒレカツの店あり」とある。1977年の作だから、原宿がいわゆる若者の町になって、おしゃれになってきた時代が舞台である。信吉は当時77歳。老年にして原宿へお気に入りのヒレカツを食べに行っていたのだから、町のみならず信吉もおしゃれではないか。老いてなお茶目っ気を失わなかった詩人の句として頷ける。夕刻、虫の声に押されるようにして、お気に入りのトンカツ屋さんの暖簾をうれしそうにくぐる様子が見えてくるようだ。他に「九月はやさびさびとして木枯しや」がある。『たそがれのうた』(2004)所収。(八木忠栄)




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