September 1392015

 あやまちはくりかへします秋の暮

                           三橋敏雄

りは、謝れば許してくれます。しかし、過ちは、そうはいきません。昭和59年(1984)の作です。前年末に第二次中曽根内閣が組閣された時代です。この内閣は、8月15日に全閣僚が靖国神社を参拝し、また、第三次中曽根内閣では防衛費1%枠を撤廃しました。作者は、このような右傾化の時代状況を深く憂慮していたものと思われます。それは、句集で掲句の直前に「戦前の一本道が現るる」があるからです。作者は戦後しばらく、戦没遺骨を収集しそれを輸送する任務を遂行しました。察するに、戦前の悲惨を骨身にしみ込ませているはずです。「永遠に兄貴は戦死おとうとも」。これらを踏まえて掲句を読むと、作者の意志は、対句である「戦前の一本道が現るる」とともに逆説にあります。そして、これらの句は、現内閣に対しても突きつけられうる警句といえるでしょう。他に「冬の芽の先先国家秘密法」。『畳の上』(1988)所収。(小笠原高志)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます