August 1882015

 この山の奥に星月夜はあるわ

                           矢野玲奈

月夜とは星が月夜のごとく照り輝く夜。しかし、掲句には存在しない星空である。それは山の向こうにあるという。見に行こうとする者を誘うような、拒むような妖しい口調に底知れない魅力がある。山の奥の夜空には満天に貼り付くような星が競い輝いているのだろう。この世のものとは思えないほどの美しさは、決して見てはいけないものだと匂わせる。まるで「開けてはいけない」と言われた扉を必ず開いてしまう昔話のように。句集には会社員として働く姿を骨法正しく詠む〈百歩ほど移る辞令や花の雨〉がある一方で、掲句や〈また同じ夢を見たのよ青葉木菟〉のような幻想的な口語調も見られる。時折ふっと夢見心地に招かれるような加減が絶妙で心地よい。『森を離れて』(2015)初収。(土肥あき子)




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