July 052015
チングルマ一岳霧に現れず
友岡子郷
年に一度、チングルマを見られる人は幸せです。高山植物の代表格であるチングルマは、本州なら3000m級、北海道なら2000m級の山に、夏の短い期間にしか咲かない花です。登山者は、年に一度の逢瀬のために重荷を背負って山を登ります。なぜ、山に登るのか。そこに山があるから。いや、むしろ、チングルマに会いに行くためです。掲句の登山者は、高度を上げて登ってきて、ようやくチングルマの見える地点に到達しました。チングルマは、森林限界よりも高い標高の稜線や、尾根のお花畑に自生して います。頂上もテント場も間近です。しかし、霧に隠れて「あの山」が見えない。岳人の心には、造形美への希求があって、思い描いてきた山稜の形態が霧に隠れているとき、白い霧に拒絶されながらも、眼前のチングルマには、いとおしい視線を注ぎます。夏、チングルマは裏切らない。遠景の無情と、近景の有情。私事ですが、釧路の高校の三年間、山岳部員として毎夏、五泊六日で十勝岳、トムラウシを経て大雪山旭岳まで縦走していました。25kgのキスリングは肩に食い込み、毎日十数kmの行程をのっしり脚を踏ん張って登り下りました。大雪山の雪渓を削って粉末ジュースをふりかけると、かき氷ができます。そこを越えるとチングルマの群生が迎えてくれました。旭岳は間近で、白い花弁の黄色い小さな花 が咲いています。『風日』(1994)所収。(小笠原高志)
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