June 152015
百姓の朝のたばこや蓮開く
上野 泰
昔の農村育ちだから、この情景はお馴染だ。蓮が開きはじめるのは今頃くらいからだから、初夏の朝である。田植えも終わって、早朝から植田を見回って一服つけているところだろう。世の中が動きだす前の平和で静かな時間。良い香りの紫煙が流れてゆく。子供心にも、この煙草は実に美味そうに思えた、いや、実際にも美味かったのだろう。こうした情景は当然、子供の好奇心にも火をつけた。遊び仲間とかたらって、何度か煙草を吸おうとチャレンジしようとしたが、本物の煙草が手に入らない、仕方がないので藁しべに火をつけて吸ってはみたものの、ただいがらっぽくて「朝のたばこ」どころてはなかった。たいていの人は映画の影響などで煙草に目覚めるようだけれど、私(たち)の場合には、フィクションではなくて現実に根ざしていたわけだ。最近は嫌煙の波が都会といわず農村にも押し寄せているけれど、健康第一のかわりに人間が失うものも大きいよ、などと思ったりしている。『花神コレクション・上裡泰』(1994)所収。(清水哲男)
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