May 17 2015
箸置きを据ゑて箸置く薄暑かな
岩淵喜代子
膳の美学です。主は、箸置きと箸を膳という平面に据え置いて、会食の起点を設置しています。それは、客のお手元です。今のところ他には何もない。料理はまだ運ばれていません。何もない空間だからこそ、料理はつぎつぎに運ばれる余地があり、客も主も箸を使い箸を置き、自由にふるまえます。演出家のピーター・ブルックに『何もない空間』という著作があります。舞台上で俳優が演技の自由を獲得するためには、大道具・小道具・舞台美術を最小限にすべきだという演出論です。たしかに、彼の舞台でよく使われる小道具は一本の長い棒で、それは時に空間の仕切りとなり、時に槍になります。一本の棒があれば、俳優と観客との想像力によって舞台空間は可動的になります。むしろ、豪奢な大道具はそれが足かせとなって、舞台を固定的にすることがあり、ピーター・ブルックは、著書の中でそれに警鐘を鳴らしています。そんなことを思い返しながら掲句を読むと、一膳の箸は、一本の棒のごとくシンプルゆえに自在です。挟み、運び、切り、刺す。客と主の所作には、もてなされもてなす遊びの心がありましょう。その舞台が膳であり、箸は巧みに動きつくして箸置きに置かれます。さあ、紗袷せに身を包んだ粋客がいらっしゃいました。やや汗ばんだ肌を扇子であおぎながら、正座して膳につきました。『白雁』(2012)所収。(小笠原高志)
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