April 0642015

 黒鍵を打つ調律師春の猫

                           嵩 文彦

語「春の猫」は、発情期にある猫、恋猫のことである。狂ったように鳴きわめく様子は、まことにうるさくもあり哀れでもあり…。この猫と調律師を結びつけるキーが「黒鍵」だ。誰がいつごろ作ったのかは定かではないけれど、誰もが知っている曲に「猫ふんじゃった」がある。この曲は♯や♭が六つもつくので楽譜を見ると目がまわりそうになるが、ほとんど黒鍵だけを使って演奏することができる。したがって、いま調律師が打っている黒鍵の音をたどっていくと、なんとなく「猫ふんじゃった」に聞こえるというわけだ。ただしあくまでも調律師が冷静に辛抱強く何度でも黒鍵を叩いている一方で、春の猫のほうはそうはいかない。猫の身にしてみれば、冷静でも辛抱強くしてもいられないから、とにかく相手を求めてやみくもに走り出すしかないのだ。この黒鍵をはさんでの対比の妙というか、滑稽さと可笑しさと哀れさ。なかなかに面白い視点だと思う。『ダリの釘』(2015)所収。(清水哲男)




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