March 0232015

 泛子投げて目をとどかする春夕べ

                           矢島渚男

か流れのゆるやかな川での釣りを詠んだ句だろう。夕暮れが近く、水面がだんだんと薄暗くなってきている。そろそろ引き上げどきだと思いながらも、あともう少しねばってみるかと、竿を振った図だ。当たり前だが、目は自然に泛子(うき)の飛んだほうに行き、小さな飛沫を上げて着水したあたりを見ることになる。釣りをしていなければ、決して目をやることなどはない場所を眺めることになる。とは言っても、そこに何か特別なものが見えるわけではない。泛子がぽつねんと浮いているだけだ。しかし見えてはいないけれど、そこにはたしかに他の季節にはない何かが存在している。目には見えないが、目でしか感じられない何かがあるのだ。それが「目をとどかする」という措辞に込められた「春夕べ」に対する、作者の静かなオマージュとなっている。『翼の上に』(1999)所収。(清水哲男)




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